PHOTOGRAPHS BY TAMEKI OSHIRO, STYLED BY TAKAHISA IGARASHI, HAIR & MAKEUP BY YOKO MATSUDA, TEXT BY JUNKO HORIE
さまざまな役柄で俳優・柿澤勇人を観てきているせいか、初めて目の前にした素の彼が想像以上に若々しくて驚いたと伝えると、「いえいえ。10代の頃は逆に30代に見られることもありましたよ。ってことはあまり変わってないのかな?」と笑う彼は現在36歳。三谷幸喜脚本作品、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では源実朝を演じ、直近では今春、宮藤官九郎脚本、阿部サダヲ主演のドラマ『不適切にもほどがある!』で仲里依紗演じるTV局員の夫役で話題に。ミュージカルシーンでは本領発揮の歌声とダンスで視聴者を驚かせた。
またこの1 月からは三谷作・演出作品の舞台『オデッサ』で宮澤エマ、迫田孝也との3 人芝居で主演も務め、当日券も確保至難、連日満席の人気作に。名作家、名演出家たちがこぞって仕事をしたくなる人だ。
「『オデッサ』の稽古は本当にしんどかったですけど、三谷さんの"僕には見えている" の言葉を信じて(笑)。三谷さんの醸し出すやさしい雰囲気で、僕も追い込まれることなく、楽しい作品になりましたね。三谷さんの口から珍しく、地方公演に行く前に"再演したい" と。僕もまたやりたいと強く思いました」
アメリカ、テキサス州オデッサ。一人の日本人旅行客(迫田)がある殺人事件の容疑で勾留され、捜査にあたる警察官(宮澤)は日本語が話せず、語学留学中の日本人青年(柿澤)が通訳として派遣され取り調べが始まる。登場人物は三人。言語は二つの会話バトル。
「英語よりも大変だったのが鹿児島弁。鹿児島出身の迫田さんと同郷という設定で。迫田さんにいろいろお聞きしたんですけど、"決まりはない。感覚だ"って。それがいちばんわからない(笑)、っていう苦労がありました」
英語、日本語、さらに鹿児島弁、三色の音でのバトルに客席は大爆笑の渦。
「三谷さんとの仕事はそういう困難も含めて楽しいですよ。やっぱり天才です。基本的に当て書きのスタイルなので、役者はより一層、期待に応えるべく頑張りたくなります。ただ『鎌倉殿~』も全力を尽くしましたが、三谷さんの期待に応えられたのか、そんな不安はいつもありますね」。
『鎌倉殿~』は大河ファンの記憶に残る名作ドラマに。そんな評判や『オデッサ』の劇場で感じた客席の熱気と笑いがその不安を解消するのでは?
「確かにそうですね。『オデッサ』初日に感じました。コメディだから、お客さんの笑い声は何よりうれしいですね」
’24年の柿澤は、三谷幸喜、宮藤官九郎と、天才たちとのセッションが続く。
「クドカンさんは実際にはお会いしたことがなくて、『不適切~』の台本も出演に関わる2 話までしか読めていないんですが、本からして面白い。一気に読んでしまいました。これどうやって撮るの!?って想像してワクワクしましたね。阿部サダヲさんとも初共演でしたが、底知れぬ方! すごく刺激を受けましたね。阿部さんの頭の中がどうなっているのか、もっとたくさんお話したかったです」
天才と向き合うことへの勇気について聞けば、「勇気なんてないですよ。怖いです。常にこれで終わりかもしれないと思っています」と語る。
「ひとつひとつの現場がオーディションだと捉えています。よければはねる、ダメなら朽ちる……。とはいえ現場で"怖い、怖い" とも言っていられないので、もうハッタリです(笑)。吉田鋼太郎さん(次回作の演出)にも"やってやるよ!" って言ったりしています。でも、実は心の中ではそんなこと、思っていなくて(笑)。言ってから、"やばい!""やり遂げなくちゃ" って焦る。自分にできることはすべてやったうえで、あとはどうにでもなれ、と」
天才とのセッションは、うれしくもまだまだ続く。次回作は、彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』。蜷川幸雄のバトンを受け継いで、吉田鋼太郎が芸術監督を務めるプロジェクトにおいて、主役のハムレットを演じる。柿澤は自ら「俺にハムレットをやらせてくれ」と申し出たとか。「今、心の底から後悔しています(笑)」と言うが、これが、柿澤のハッタリからの成功劇へつながる始まりか。
「なんでそんなことを言ったのか……。『オデッサ』本番期間中から怖くなっていました(笑)。なぜハムレットを、と思ったかと言うと、僕の性格上、入り込みやすい役であるかなと。もちろん現段階で彼のすべてを理解できているわけではないんですけどね。彼の横暴さ、傲慢さはどこまでが本当で、どこからが装っているのか。どれが本気で、どれが噓なのか。その解釈は演出家によっても、演じる役者によっても違うと思います。特に、鋼太郎さんは僕には思いつかない突飛なアイディアを出されたりもするので(笑)。今回の『ハムレット』には、予想がつかない怖さと面白さがあると思っています。鋼太郎さんご自身も過去にハムレットを演じられたと思いますが、"あれはやったことがないとわからないつらさがある" とおっしゃっていました。食べないと体が持たないのに、精神が疲弊して食べられなかった、と。人生をかけてやる役だと。あんなに長い台詞や独白がある役もなかなかないですからね。だからつい、"やらせてくれ" って言っちゃった(笑)。ギリギリ、倒れる寸前まで、いや倒れるまでやれたらいいかなと思っています」
出演歴を見れば、異彩を放つ演出家、共演者に恵まれ、夢は広がるばかりかと思いきや、本人は常に自らの職業の怖さを意識のうちにまとっていて着実だ。
「何年先にこれをやっていたいとか、ホントにないんです。計画しても思ったとおりになんてならないから。目の前のこと、一日一日を全うするだけ。毎日がしんどくてカラッポになる感覚がある。だけどありがたいことに、また新しい面白いことに出会える。その繰り返しです」
この慎重さ、真面目さが役を通して、大きく爆発する人なのだとわかった。そんな彼は人知れぬ日常で、銭湯やサウナで汗を流し、自らを癒やしているそうだ。
彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』
作:ウィリアム・シェイクスピア 演出・上演台本:吉田鋼太郎
出演:柿澤勇人、北香那、白洲迅、渡部豪太、豊田裕大、正名僕蔵、高橋ひとみ、吉田鋼太郎 ほか
期間: 5月7日(火)~26日(日)
会場:彩の国さいたま芸術劇場 その後、宮城、愛知、福岡、大阪にてツアー公演あり
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