発見、感動、思索……知的好奇心を刺激する、映画好きな大人のための今月の新作を厳選!

BY REIKO KUBO

掃除機の幽霊となった妻がタイの社会問題に迫りカンヌを沸かせた『ユースフル・ゴースト』

画像1: © 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.

© 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.

 死んだはずの妻が、愛する夫のもとへ帰ってきた。しかも、真っ赤な掃除機に憑依して――!? 舞台は深刻な粉塵公害に見舞われるタイ・バンコク。呼吸器疾患で命を落としたナットは、悲嘆に暮れる夫マーチの前に“掃除機の幽霊”として現れる。義母や親族は電気ショックによってマーチからナットの記憶を消し去ろうとするが、「命は尽きても、愛は終わらない」と語る彼女は、なおも夫のそばに留まることを選ぶ。そこで義母は、操業停止に追い込まれた家業の工場を立て直すため、ナットに“役立つ幽霊(ユースフル・ゴースト)”となることを命じるのだが……。

 掃除機に取り憑いた幽霊という奇想天外な発想から幕を開ける本作は、ラブストーリー、コメディ、ホラー、SF、社会派ドラマといったジャンルを自在に行き来しながら観る者の予想を鮮やかに裏切り続ける。マジックリアリズムを操り、生と死、記憶と喪失、労働と環境汚染、政治的弾圧、家父長制、さらには民族や性的マイノリティへの差別といった現代タイ社会の問題を織り込み、切ない愛の物語と怒涛の復讐劇をアクロバティックに合体させる。

画像2: © 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.

© 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.

 タイに伝わる悲恋の怪談「メー・ナーク」を現代的にアレンジした本作は、第78回カンヌ国際映画祭〈批評家週間〉グランプリを受賞。監督は1987年生まれの新鋭、ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク。アピチャッポン・ウィーラセタクン以降の現代タイ映画を担う新たな才能として注目される彼は、幽霊を忘れ去られた人々や抑圧された声の象徴ととらえ、夫の病院へと急ぐ赤い掃除機の姿をはじめシュールな映像にユーモアとアイロニーを散りばめ、魅惑のゴースト・ストーリーを紡ぎだす。

画像: 映画『ユースフル・ゴースト』本予告|7.10 fri Roadshow www.youtube.com

映画『ユースフル・ゴースト』本予告|7.10 fri Roadshow

www.youtube.com

『ユースフル・ゴースト』
7月10日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、ユーロスペース、アップリンク吉祥寺ほか全国ロードショー
公式サイトはこちら

名匠ギヨーム・ブラックが描く若者たちの旅立ち『また会えるよね』

画像1: © bathysphere productions – 2024

© bathysphere productions – 2024

『女っ気なし』『やさしい人』『みんなのヴァカンス』などで人気を集めるギヨーム・ブラックは、その土地の自然や季節の移ろいを瑞々しく映し出し、 ほろ苦くも愛おしい映画を生み出すフランス人監督だ。彼の最新ドキュメンタリー『また会えるよね』の舞台は、フランス南東部ドローム県の町ディー。アルプスとプロヴァンスの文化が交わる自然豊かなこの町は、古くから寄宿学校が多く、周辺の山村から集まった高校生たちが共同生活を送っている。本作に登場する若者たちは単なるクラスメートではなく、多感な日々に寝食をともにした家族のような関係を築いている。だからこそ、彼らが卒業を語るとき、身を切るような別れの切なさが胸に迫る。

画像2: © bathysphere productions – 2024

© bathysphere productions – 2024

 穏やかな初夏の日差しのもと、川辺で語り合い、水遊びに興じる。またある日はリュックを背負ってヒッチハイクで環境保護運動に参加し、そしてバカロレア試験に備える。都会とは異なる時間の流れの中で、友人との絆や将来への期待と不安を分かち合い、それぞれが人生の新たな門出に立つ。彼らの言葉に耳を傾け続けたブラックの映像からは、かけがえのない青春のきらめきと痛み、ヒッピー文化が息づく土地で育まれた高校生たちの自由な精神と世界へのまなざしが溢れている。

 本作は、フランス北部エナン=ボーモンの少女たちのひと夏を見つめた短編『リンダとイリナ』と併映される。また一部映画館では、『7月の物語』『宝島』など夏にぴったりの旧作も特集上映される。ギヨーム・ブラック映画の魅力を浴びる絶好の機会となるはずだ。

『また会えるよね』
7月18日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開

『ジャンヌ・ディエルマン』の名女優デルフィーヌ・セリッグが記録した女性たちの声『美しく、黙りなさい』

画像1: © Archives Atalante and Roussopoulos Family Archives / Centre audiovisuel Simone de Beauvoir

© Archives Atalante and Roussopoulos Family Archives / Centre audiovisuel Simone de Beauvoir

 アラン・レネ監督作『去年、マリエンバートで』で魅惑のヒロインを演じ、一躍世界を魅了したデルフィーヌ・セリッグ。その後もフランソワ・トリュフォーの『夜霧の恋人たち』、ジャック・ドゥミの『ロバと女王』、ルイス・ブニュエルの『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』などに出演し、1960〜70年代のフレンチ・エレガンスを象徴する女優となった。一方で、外交官の父と貴族出身のルソー研究者の母のもと、レバノン・ベイルートで生まれ、アメリカやフランスで育った彼女は国際感覚に恵まれ、ウィリアム・クライン監督の社会風刺コメディ『ミスター・フリーダム』では従来のイメージを覆す弾けた演技を披露。映画界のジェンダー差別にも早くから声を上げ、1975年にはシャンタル・アケルマン監督『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』に主演し、フェミニズム映画を象徴する存在となった。

画像2: © Archives Atalante and Roussopoulos Family Archives / Centre audiovisuel Simone de Beauvoir

© Archives Atalante and Roussopoulos Family Archives / Centre audiovisuel Simone de Beauvoir

 そんなセリッグが自ら監督を務め、23人の女優たちにマイクを向けたドキュメンタリーが『美しく、黙りなさい』である。「もし男性だったとしても俳優という職業を選びましたか?」「他の女優と友好的な関係を演じたことがありますか?」ーー二つの問いを軸に、シャーリー・マクレーン、ジェーン・フォンダ、ジュリエット・ベルト、アンヌ・ヴィアゼムスキー、マリア・シュナイダーらが、容姿への圧力、幼稚で退屈な女性像への辟易、性的搾取など、女優たちが置かれてきた現実を率直に語る。監督やプロデューサーから「美しく、黙りなさい」と求められてきた女性たちの切実な声を通して、本作は映画界に根深く残るジェンダー差別の構造を浮き彫りにするとともに、彼女たちが切り開いてきた変革の歩みと、今もなお残された課題を鮮やかに映し出している。

画像: 2026/7/24(金)公開『美しく、黙りなさい』予告編 www.youtube.com

2026/7/24(金)公開『美しく、黙りなさい』予告編

www.youtube.com

『美しく、黙りなさい』
7⽉24⽇(⾦)よりBunkamuraル・シネマ 渋⾕宮下 ほかロードショー
公式サイトはこちら

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