BY NORIO TAKAGI
ごくありふれた物質が、自然界で偶発的に規則正しい結晶構造を成すと、しばしば稀少な宝石となる。木炭や石炭としては黒い炭素が、立方体に結晶化すると透明なダイヤモンドになるように。そしてアルミナ(酸化アルミニウム:Al2O3)が正三角形で結晶化した鉱石が、ルビーとサファイアである。色が異なるのは、含まれる不純物(金属イオン)が違うから。クロムが混入すると赤いルビーに、鉄とチタンが混ざると青いサファイアになる。20世紀初頭にアルミナの微粉末を酸水素ガスによる炎で融解して再結晶化する人工のルビーやサファイアの量産技術が確立され、工業用としても広く使われるようになってゆく。時計にとっても人工ルビーは、歯車などの軸受けとして不可欠な存在。
そして純粋なアルミナだけを結晶化した無色透明のサファイアクリスタルは、ダイヤルを覆う風防ガラスとして重宝されている。ダイヤモンドに次ぐ硬度を持ち傷付きにくく、また丈夫で割れにくい。ダイヤルを保護する上で極めて優れたサファイアクリスタルの特性は、一方で加工を困難とし、複雑な形状を得ることができなかった。しかし近年、工作機械やバイト(刃)の進化により、硬いサファイアクリスタルの三次元的な切削加工が可能となってきた。これをまず時計ケースに応用したのは、リシャール・ミル。2012年に誕生した透明な腕時計は、時計業界を震撼させた。以降、他のブランドもサファイアクリスタル製ケースに挑み、今年はひとつのトレンドを形成する勢いなほどに、透明な新作がいくつも発表されている。
数ある時計ブランドの中で、サファイアクリスタルケースに最も力を注いできたのが、ウブロである。レイヤード構造で豊かな立体感をかなえた「ビッグ・バン」の複雑なフォルムを、2016年にサファイアクリスタルで実現。その後も腕に沿うようにカーブするトノー型の「スピリット オブ ビッグ・バン」もサファイアクリスタルで設えてみせ、ブラック、レッド、ブルー、イエローなどさまざまなカラーサファイヤを開発してきた。
そんなウブロは今年、今までになかった色を人工サファイアでかなえた。アルミナにクロニウムとチタニウムを添加して生まれた、世界初のオレンジサファイアだ。夕日を浴びたガラスのような透明なオレンジ色のケースには、新開発した自社製初の自動巻きトゥールビヨン・ムーブメントを搭載。その機械も、各パーツを三分割した透明なサファイアクリスタルで表と裏からは挟み込むように支える構造で、透明に仕立て上げている。ダイヤルの上下で自動巻きのマイクロローターとトゥールビヨンのキャリッジとが宙に浮かんでいるかのように並んで回転する様子がユニークで、ウブロらしい。
さらに同じ自動巻きトゥールビヨン・ムーブメント搭載モデルには、別のコレクションからもサファイアクリスタルの新作が登場している。ブレスレット統合型の「ビッグ・バン インテグラル」である。ケースのみならずブレスレットまでサファイアクリスタル製としたのは、ウブロとしては初。ケースの設計も既存のビッグ・バンとは異なり、レイヤード構造をつなげるビスを減らすことで透明感は一層高まった。ダイヤルのインデックスは、ミニマルなバータイプに。色を無くし、装飾を極力排した清冷で静謐な外観は、トゥールビヨンが時を刻む様子を視覚的に純化して、メカニズムの魅力を際立たせる。