TEXT BY RYO YAMAGUCHI, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO
20世紀の初めころ、西欧、とくにフランスやベルギーを中心として起きた美術の中に、アール・ヌーヴォーがあります。日本や中国などの美術に大きく影響を受け、流れるような曲線、左右非対称、動植物などの奇抜な具象のデザインを特徴とし、美術の様々な分野で広まりましたが、中でもジュエリーでは多くの名作が残されています。こうしたジュエリーは、その後の戦争やら過度の大衆化、工業化が進む中で消滅しますが、今また日本から、日本人ならではの素材、技術、デザインを生かした新しいジャポニスムともいうべきジュエリーが生まれようとしています。その多くは、大きな宝石店やメーカーのものではなく、一人ひとりの作家がコツコツと作っているもので、量産などとは程遠いものです。そうした作家たち4人を選び、ここにその作品と共にご紹介します。どうか隠れた名作家たちを応援してください。
秋場けい子さんーーソフトワックスによる繊細さを追い求める
秋場さんは、黄綬褒章を受けた名工である夫君の秋場邦彦さんと一緒にミキモト装身具で長く務められた後に、他の会社のワックス原型を制作すると共に「atelier lala」を設立して、自身のジュエリーを作り始めた女性です。その作品の特徴は、比較的低温で自在に加工できるソフトワックスを、へらを用いて積み上げ、ふんわりとした柔らかみのある、自然のモチーフを生かした型作りにあります。このワックス型を鋳型にして、金銀を流し込み、ジュエリーが完成します。日本の女性に合う小ぶりなジュエリーがほとんどで、大柄な物は少なく、日本女性の体格に合うものです。すべて自作で細部にまでこだわるために「非常に数が少ない」というお客様からの声があります。
西欧のアール・ヌーヴォーの作品は、日本や中国からの影響もあって動植物を利用した具象のデザインが多いのですが、大きくてグロテスクに近い物もあり、繊細な日本女性に向いたものとはいえないものがあります。
秋場さんのジュエリーは、すべて同じように動植物のデザインですが、いかにも華奢、ソフトワックスを使ったふんわり感が何とも言えません。細い線を生かした草の間のキリギリス、今年の干支である兎の指輪は、その毛並みのテクスチュアが表面の加工でうまく出ていますし、葉の残ったドングリの実は、白蝶貝真珠を上手く利用して、金のテクスチュアと相まって可愛らしさがにじみ出ています。西欧のデザイナーなら、まずは絶対に使わないデザインと作りですよね。
問い合わせ先
「五人の会 ファイブヴァーチュオーシ 」
Office YT
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大倉 仁さんーー多様な素材で、新しいジャポニスムを追求する
大倉さんは、神田にあって日本屈指のジュエリー工房、その精密なつくりで知られるマイエドール社の二代目です。彼は親から工房を引き継ぐと、宝石店のためにジュエリーを作り続ける一方で、自分のブランドとなる新しいジュエリーの創造を思い立ち、2009年にOKURADOを立ち上げます。彼が目指したのは、文字通りネオ・ジャポニスムともいうべき、日本固有のデザインと技術を活かしたジュエリーでした。今回ご紹介する四人のなかで最もストレートに、日本の香りが立ちのぼる作品が中心です。自分の工房だけではなく、日本の各地で活躍する伝統工芸のクラフトマンたちにも頭を下げて制作を頼むという、おおらかさも特徴です。
椿という花は日本原産で、海外でも人気の高い花です。OKURADOの椿は紅白ありますが、赤い方は鮮明な赤の漆を使い、白の方はなんと白サンゴを使っています。このぬめりのある白や赤の色は、ダイヤモンドやルビーを使ったのでは絶対に出ない日本ならではの色使い、さすがです。
飾りのついた窓枠を通して見たモノトーンの花のネックレスも、洗練された作品です。白と黒という、このうえないシンプルな色使いと、全てが曲線というデザインで、これだけの表情をだせる。それこそがネオ・ジャポニスムといえるでしょう。
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ジュエリーコンシェルジュ大倉
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吹田眞輝江さんーー古い伝統を継ぎながら大胆不敵なデザインを
漆黒の四角と白い金属に線を加えた格子を七つ並べただけのシンプルなデザイン。格子模様の中にさらに小さな格子をつけたデザインを、翁格子と呼びます。古い、ほとんどの人が知らない和のデザインを応用して、これほどモダンでありながら、日本人ならではの作品を作る。それが京都のいとはんというのも面白くないですか。
吹田さんは、京都にあって古くから宝石の加工に携わってきた名門の末裔です。古くは甲府にも、石の加工技術を伝えたと言われる家柄で、その16 代目のひとり娘。大学卒業後、神戸の真珠企業に勤めたのちに独立し、両親の指導を受けながら、今では清水寺の近くにアトリエを構えています。京都に生まれ京都で育った女性らしく、日舞は幼少の頃から四世 井上八千代師に、お茶は表千家に直門で学ぶなど、ジュエリー作り以外の勉強も怠らない。その成果が作品に反映したジュエリー作家だと思います。
プラチナの板の上に、ダイヤモンドと鋭い直線を配して、割れ始めた氷の表面を描いたブローチ。応挙の作品にもこれと似た屏風があったような気がしますが、そうした瞬間とも言える様な一瞬の姿を捉え、それを硬い金属とダイヤモンドで表現するところに、日本人ならではの感性が息づいています。この真四角の鋭い外形は、古い曲線を中心としたジャポニスムとは異なります。それでいて、これは日本人しか思いつかないデザインなのです。
「折り紙」ではなく、世界には通用するORIGAMIとしたところが、なんとも面白い。平面の紙を折り曲げることによって様々な立体を作り出す日本の折り紙細工は、世界の人々を驚かせていますが、それを金属で表現しようとした、全くに新しいジュエリーの発想です。いかにも折り紙らしく三角や四角の平面をならべ、軽く盛り上がった立体を描く。すべてが平面と鋭角だけの構成、全体としてはどこから見ても日本、面白いですね。
このブローチのデザイン、ぱっと見て思い浮かぶのは、百人一首の札か花札が重なった所でしょうか。中央の四角の部分は空洞で、ブローチの下の衣服の色が見える仕掛け。四角の鋭い角の部分にはダイヤモンドをL字型に並べ、中央には大小の真珠を、彼女にして珍しく曲線状に埋め込んであります。それも真珠を半分に切るのでは無く、丸のまま埋め込んでいますから、裏面にも球体の半分が見えている。名付けて「天と地」、おそらく天地が重なると空間が生まれるという暗喩でしょうか、実物はすごく綺麗ですが、なんとも大胆不敵ではないですか。
吹田さんの作るジュエリーは、日本固有のデザインを多用しながら、実に大胆不敵というか、独創的というか、まったく新しいジャポニスムともいえる面白いものです。日本固有の曲がりくねった左右非対称の曲線ではなく、鋭い直線、鋭角、角のある図形、どれをとっても、西欧に渡ってジャポニスムとなったものとも全く別の造形です。しかし、そのデザインの源となっているのは、格子であり、氷であり、折紙細工です。その意表をつく組み合わせが、吹田さんのジュエリーの面白さであり楽しさです。
問い合わせ先
山清堂(S.MAKIE)
TEL. 075-525-1470
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永坂景子さんーー古い技術と新しいデザインの融合を目指す
永坂さんの履歴は、ジュエリーの道一直線です。美術の教師であったお母様の影響もあって都立工芸高校の金属工芸科に進み、その後ジュエリーの専門学校でデザインを学んだ後、有名な化粧品会社が営むジュエリー部門に入社。やがて独立して、自分の工房と店舗を品川の旧東海道に沿った場所に開き、今日に至っています。彼女の面白さは、当時あまり日の目を見ていなかった螺鈿(らでん)と蒔絵(まきえ)をジュエリーに取り入れたことです。それぞれ日本屈指の専門家について学び、特に蒔絵に関しては人間国宝の先生に押しかけ同然に入門して研鑚を積み、螺鈿という繊細な技法を金属のジュエリーに取り入れることに成功しました。
彼女のジュエリーの特徴は、昆虫、植物、天体など、アール・ヌーヴォーに多く使われたデザインにて、蒔絵そして螺鈿を貴金属の台座に貼り付ける事にあります。
おそらくアワビ貝の小片の中でも特別に赤みを帯びた、赤紫色に近い部分だけを選り抜いて、鼈甲を切り抜いて作った蝶々の上に、精密に張り込んでいったブローチです。中央の胴体部分には、カラフルなサファイアをセットしています。このブローチでとくに面白いのは、小さな貝の小片同士を完全に密着するのではなく、小さな隙間をあえて作り出し、その隙間に蒔絵と同じように金粉を撒いていること。それにより表面を覆う螺鈿の表情が一段と複雑になって輝くのです。まあ、気の遠くなるような作業で、作り手の執念にも似たこだわりが見てとれます。
螺鈿は、非常に薄く剥いだ貝殻(その多くは夜光貝或いはアワビですが)の小片を根気よく貼り付ける技術ですが、木材への貼り付けは多く見られますが、金属への応用は少ない。蒔絵は日本独特のもので、粉末に近い純金を漆で固定して絵を描く技法です。彼女のジュエリーには、この双方をいっしょに使ったものも多い。どちらも気が遠くなる様な作業ですから、どうしても作品は数少なくなります。出来上がったものは、絢爛という言葉がぴったりな、複雑な色合いを持ったジュエリーとなります。
こちらは彼女の作品として珍しくシンプルな作りのピアス、名付けて「天女の羽衣」というもわかりやすい。柔らかい布が風になびくように、ふんわりとした形を18で作りだし、耳に近い方にはブルーとグリーンの色あいの強いアワビ貝の小片を、先端には赤と紫色とが強い部分の小片を切り抜いて、美しいコントラストを追求しています。こんな色あいはふつうの宝石には無いもの。強い光があたると、きらめきが揺れて素晴らしく映えると思いますよ。
問合せ先
品川宿ギャラリー連
TEL.090-8230-3512
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山口遼(やまぐちりょう)
宝石・宝飾史研究家。1938年北海道生まれ。同志社大学卒業後,ミキモトに入社。真珠および宝飾品史の専門家として、新聞や雑誌に数多く寄稿。『ジュエリイの世界史』(新潮文庫)、『宝飾品市場』(日本経済新聞社)、『世界の宝石博物館』(徳間書店)、『アンティーク・ジュエリー世界の逸品』(婦人画報社)、『ダイヤモンドの謎』(講談社アルファ新書)、『すぐわかるヨーロッパの宝飾芸術』(東京美術)『日本のトップジュエラー』など、著書・訳書多数。
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