反骨精神に満ちたリック・オウエンスは、モード界で最も敬われ、愛されているデザイナーだ。だが既成概念を破壊するクリエーションがメインストリームに押し上げられた今、彼はどこへ向かうのか。自宅兼アトリエを訪ね、話を聞いた

BY NICK HARAMIS, PHOTOGRAPHS BY OLA RINDAL, STYLED BY DOGUKAN NESANIR, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

画像: デザイナー、リック・オウエンス。パリの自宅で愛猫ピクシーと。2023年12月7日撮影。

デザイナー、リック・オウエンス。パリの自宅で愛猫ピクシーと。2023年12月7日撮影。

 陰鬱な雲に覆われた11月のパリ。アメリカ人ファッション・デザイナー、リック・オウエンスの自宅兼アトリエはセーヌ川南岸の7区にある。18世紀築のこの大邸宅に一歩足を踏み入れると、ふんわりとやわらかな朝の光が差し込んでいた。オウエンスは、妻でありビジネスパートナーでもあるフランス人のミシェル・ラミー(80歳)とこの家に20年ほど前から暮らしている。メジャーブランドにおいては珍しく、真の意味で独立したチーフデザイナーである彼は、グラマラスでグロテスクなコレクションを展開しながら、類を見ない独自の帝国を築いてきた。キャリアをスタートして約30年、オウエンスはいま人生の分岐点にいる。ちょうど数日前に62歳になった彼は、メキシコ太平洋岸にあるハリスコ州へのバースデイトリップから戻ったところだ。メキシコでは、彼のミューズでデザインアシスタントでもある、長身で30代のオーストラリア人男性モデル、タイロン・ディラン・サスマンと乗馬をしてきたらしい。ふたりはよく一緒に旅をしているので、サスマンのインスタグラムにはギリシャの古代遺跡やドバイの砂漠、世界各地のビーチで撮った彼らの写真がいくつも載っている(なかでも有名なのは、揃いのキャップをかぶったツーショットだろう。それぞれのキャップには互いの名前も入っていた)。パリに戻ってきたオウエンスは、ラミーとともに新しい試みに向けた準備をしている(身長158㎝、エレクトリックブルーの瞳を囲むアイラインとゴールドのグリルズ〔註:歯に装着するアクセサリー〕が印象的なラミーは孫がふたりいる〈クリエイティブ・カオス〉――驚くような創造力の塊――だ)。その試みとは、ショー会場を新しい場所に変えること。これまでは、石の列柱とリフレクティング・プール、ふたつの美術館を擁した「パレ・ド・トーキョー」の巨大な中庭を会場にしてきたが、次のショーは彼らの自宅のリビングルームで披露することにしたのだ。

 オウエンスは、壁や床がひどく損傷した自宅の1階を見渡しながら、これまでにパレ・ド・トーキョーで披露してきたショーは「派手になりすぎていたかも」とつぶやいた(彼らの家は5階建てのタウンハウスで、かつて社会党の党本部として使われていたが、ふたりが2004年に越してくるまで約20年間は空き家になっていた。1階の壁や床は粉を吹いていて、改装工事中の家か不法占拠地のようにも見える)。「自分でも気づかないうちに、壮大なパレ・ド・トーキョーに合わせたショーの演出をしていたのかもしれない」。これまでは数百人もの「フリーク」や「奇人」「ド派手なドラァグクィーン」(オウエンスは愛情を込めて、彼の忠実な信奉者たちをこんなふうに呼んでいる)たちのために、会場で木製の巨大なフレームを燃やしたり、色とりどりの発煙弾を噴射したりしながら、迫力満点のショーを披露してきた。ステップダンサー(2014年春夏コレクション)やペニス丸出しの服(2015-’16年秋冬メンズ・コレクション)が現れたり、モデルがモデルを背負い、二人をハーネスで留めて一体化させるという度肝を抜くような演出もあった(2016年春夏コレクション)。次の会場となる彼らの家は、パレ・ド・トーキョーの中庭よりぐっと狭くなるが、オウエンスらしい独自の世界観は伝わってくる。ここが社会党の党本部だった頃、元仏大統領フランソワ・ミッテランのデスクがあった場所には、セルビア人アーティスト、ゾラン・トドロヴィッチの、ヒトの髪でできたフェルトを層状に重ねた大型作品が置かれている。シカの枝角がついた合板製のブラックチェア2脚は、「リック・オウエンス」のファニチャーラインのひとつだ。プレキシガラス・ケース内の台座に載っているのは、エストニアのラッパー、トミー・キャッシュの精子が入った1.3ガロンのアルミタンク。「でも今は中身が空っぽ」。「リック・オウエンス」のオフショルダードレスをまとったラミーが言った。インクに浸して真っ黒に染めたその指先と同色のドレスがよくマッチしている。「トミー・キャッシュが精子を加えに来てくれるのを待っているところだから」

 オウエンスはこの日、ブラックのルーズなコットンショートパンツをはき、同色のスカルキャップと、白の分厚いラバーソールが目を引くブラックレザーのスニーカーを合わせていた。すべて自らデザインしたアイテムだ。身長は178㎝だが、プラットフォームシューズを愛用しているので実際よりずっと高く見える。ショー会場を準備するにあたり、オウエンスとラミーは、フランス人の建築家ダヴィッド・ルクレールに、白いエナメル塗装のラジエーターをステンレス製に代えられるかどうか尋ねている。難しそうだと言われたオウエンスは、「それならステンレスと同じくらい〈デリシャス〉なものにしてほしい」と答えた(彼は自宅近くにある国防省の夜間警備員たちの足音も〈デリシャス〉だと言っていた。警備員たちのことは〈ダディ〉と呼んでいる)。さらにオウエンスは、壁一面を鏡張りにして、岩石や植物を配した庭園のようにしたいと頼んだが、ルクレールは眉をひそめて「1月のメンズファッション・ウィークには間に合いそうもない」と首を横に振った(ふたりの会話は、1966年放映のテレビドラマ版『アダムス・ファミリー』のあるエピソードを思わせた。アダムス家の母親モーティシアは隣人宅の装飾を任せてほしいとしゃしゃり出て、壁を「サーモン」にしたいと言い出す。周りの人が「サーモンピンクってこと?」と期待を込めて尋ねると、モーティシアは「サーモンのウロコ模様よ」と答えた)。仮にこの装飾工事を進めて、それが間に合わず〈工事中〉の状態でショーを開いていたとしたら、ふたりはその光景に自分たちの過去を重ねていたかもしれない。オウエンスが来仏して間もない頃、彼らはトルコ式のトイレだけがついたバスティーユ地区の「汚い物置小屋みたいなところ」で仕事をしていたからだ。

「あの家では何もかもがコンクリートの白い粉にまみれていた。ねえハン、あの場所を覚えてる?」。オウエンスがラミーに尋ねる(彼はラミーをハンと呼ぶ〔ハニーと、フン族[※匈奴の一派といわれる]のダブルミーニング〕。オウエンスいわく、彼女は「原始的なパワーをもつ自然児で、斧を振り回して欲しいものを手に入れたら火をつけて駆け去る」伝説の遊牧民のごとくエネルギッシュな人なのだそうだ)。「あの家は最高だったわ」。ラミーが明るく言い放った。

 オウエンスとラミーには多くの共通点と、大きな相違点がある。メンターであるオウエンスに多くを学んだイギリス人ファッション・デザイナーのガレス・ピューによると「ミシェルは遊牧民のように動き回るタイプ、リックは黙々と仕事をするタイプ」だという。オウエンスは、歪曲するスリルを味わうためとはいえ〈クラシカルな美〉を好み、ラミーはステレオタイプな美のいっさいを嫌う。オウエンスのドレッシングルームにはミモザの香りのキャンドルに、新鮮なアジサイの切り花、クッションなどが並んでいるが、ラミーのほうには、湿ったタオルが床に山積みにされているだけだ。彼らがパリのほかに所有している二軒の家(「リック・オウエンス」の服を生産しているイタリアの工場に近い、コンコルディア・スッラ・セッキアにあるミニマルなアパートメントと、ベネチアのリド島にある同じようにシンプルなビーチハウス)は、ラミーにとってブルジョア的すぎるそうだ。オウエンスが補足する。「ミシェルは『二軒の家はいったい誰のためのもの? 自分のこと、誰だと思っているの?』と僕を責める。自分たちのストーリーにそぐわない家だと言って、顔をしかめるんだ」

 オウエンスとラミーの今の暮らしと、1990年代にふたりがロサンゼルスで出会った頃の生活には天地の差がある。今はもう、オウエンスが「ボロ小屋」と呼ぶハリウッド大通りの裏通りにあったディスカウントショップ跡地に住む必要も、彼が独身時代からしていたように、ゴキブリ駆除のために粉末漂白剤をふたりのベッドの周りに撒く必要もない。40歳のとき、オウエンスはアルコールとハードドラッグから手を引いた。自滅的だった頃のことを彼は「一時的な自死状態」と表現するが、そんな日々を過ごしたことを悔やんではいない。彼のクリエーションを見てもわかるとおり、美は往々にして暗闇の中から湧き出すものだからだ。オウエンスは2002年にCFDA(アメリカ・ファッション・デザイナー協議会)アワードの新人賞であるペリーエリス賞を獲得する。翌年、数世紀の歴史を誇るフランスの毛皮ブランド「レヴィヨン・フレール」のアーティスティック・ディレクターに指名され、ラミーとともに活動の拠点をパリへ移した。2006年には「レヴィヨン・フレール」を離れ、パレ・ロワイヤルのアーケードに自らのブティックをオープンした。今、その店内のレジの後ろには、精巧につくられたオウエンスの等身大フィギュアが鎮座している。

画像: ドレス「ジャンボ・ダブル・ドーナツ」(参考商品)・下に着たドレス¥233,200・靴¥603,900/リック・オウエンス イーストランド TEL.03-6231-2970 MODELS: CELESTE FIZPATRICK AT ELITE PARIS AND JIASHAN LIU AT MODELS 1. CASTING: ROXANE DIA. HAIR: RUDI LEWIS AT LGA MANAGEMENT. MAKEUP: KARIN WESTERLUND AT STREETERS. PHOTO ASSISTANT: TOKIO OKADA. DIGITAL TECH: JULIUS BOHLIN. STYLIST’S ASSISTANTS: JANNIS JELTO WITZEL, YAKIV KOTLIK

ドレス「ジャンボ・ダブル・ドーナツ」(参考商品)・下に着たドレス¥233,200・靴¥603,900/リック・オウエンス

イーストランド
TEL.03-6231-2970

MODELS: CELESTE FIZPATRICK AT ELITE PARIS AND JIASHAN LIU AT MODELS 1. CASTING: ROXANE DIA. HAIR: RUDI LEWIS AT LGA MANAGEMENT. MAKEUP: KARIN WESTERLUND AT STREETERS. PHOTO ASSISTANT: TOKIO OKADA. DIGITAL TECH: JULIUS BOHLIN. STYLIST’S ASSISTANTS: JANNIS JELTO WITZEL, YAKIV KOTLIK

 強烈な個性派たちの集団であるファッション界においても、オウエンスはきわめて異色の存在だ。相反する要素を巧みに共存させる彼の中には、真の反逆精神が潜んでいる。敏腕実業家でありながら反骨精神を掲げ、カリフォルニア出身のアメリカ人らしさを保ちながらパリに不可欠な存在となり、レザーフェチだが少年のように繊細で、大御所デザイナーとして若い才能を育てながら、彼らの競争心を煽(あお)ってもいる。パリで活躍するアメリカ人デザイナー、ダニエル・ローズベリー(38歳)は、自身が2019年に「スキャパレリ」のアーティスティック・ディレクターに就任したとき、いち早く祝辞を送ってくれた人のひとりがオウエンスだったと言う。「デザイナー同士のつき合いはそもそも堅苦しいことが多く、相手と世代が違えばいっそう距離を感じるもの。でもリックには独特の温かさがある。彼とミシェルが築いた世界を俯瞰(ふかん)すると、その偉大さに気圧(けお)されてしまうけれど、ひとたび彼のやさしさに触れるとぐっと近しさを感じるんだ」

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