反骨精神に満ちたリック・オウエンスは、モード界で最も敬われ、愛されているデザイナーだ。だが既成概念を破壊するクリエーションがメインストリームに押し上げられた今、彼はどこへ向かうのか。鬼才の魂に肉薄し、その軌跡をたどる

BY NICK HARAMIS, PHOTOGRAPH BY OLA RINDAL, STYLED BY DOGUKAN NESANIR, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

画像: ジャケット(参考商品)・パンツ¥192,500/リック・オウエンス イーストランド

ジャケット(参考商品)・パンツ¥192,500/リック・オウエンス

イーストランド

 オウエンスと一緒にロダン美術館の敷地内を散歩していると雨が降ってきた。彼は人体を理想化してつくった、ブロンズ彫刻の習作を見るのが好きらしい。グレイヘアを黒く染め、クセ毛をストレートにしている彼は、最近、年を重ねることに不安を感じると言う。50代のときは自分の能力のピークにいると思っていたが、70代が目前に迫ってきたことに気づいてから「どうやってこの世のルールを壊していけばよいのか」わからなくなったそうだ。「ステレオタイプを打ち壊しながら、エレガントで説得力があり、でも滑稽にならないようにするにはどうすべきか。ある時点で〈受け入れるか、抵抗するか〉〈控えめにするか、さらに過激にするか〉を選ぶべきときが来たらどうするか。最近はこんなことを考えながら、自分自身を客観視するようにしている。デザイナーのなかにはいつまでも調子をゆるめずにただ走り続けてしまう人もいるから。彼らはいつまでも頂点に居座り続けようとするうちに、滑稽な姿になってしまうんだ」

 オウエンスの話によると、彼が崇拝していたフランスのクチュリエ、ティエリー・ミュグレーは2022年に他界するまで、スーパーヒーローの容姿に憧れて何度も整形手術を受けていたそうだ。また、ステージで花火を上げただけでなく、ニワトリを生殺しにしたという噂もあるアリス・クーパーの音楽に、オウエンスは1970年代半ば頃夢中だったらしいが、今やこのロックスターの姿は奇妙で古臭いだけだ。「当時はクーパーの不気味さに惹かれていたけれど、今の彼はただコミカルなだけ」。だがマレーネ・ディートリッヒは彼らとは違う道をたどった。「彼女はもともとグラマラスなだけのオブジェとして見られていたけれど、戦後に社会貢献活動をするようになり、最終的には洗練されたエンターテイナーへと変貌を遂げた。彼女のキャバレーでの演技には、アメリカ人アーティスト、ドナルド・ジャッドのインスタレーションのように、計算しつくされ、抑制された美しさがある」

 何度もアップデートされてきたアシンメトリーのウォッシュド・レザージャケットに、最近の定番である肩に悪魔の角のような突起がついた、ブラックのカシミヤ・クロップトップ─ブランド設立から約30年、オウエンスのクリエーションはつねに〈記号〉であり〈着る人の立ち位置を示すシンボル〉だ。一面スパンコールで覆ったドーナツ形チューブトップ(2023-’24年秋冬コレクション)やレザーのニーハイ・ストッキングブーツ(2024年春夏コレクション)を身につけることは、限られた人にしかわからない言語で自分を表現することだからだ。彼は〈オウエンス族〉の首長として、つまり単にカルト的に崇められたデザイナーとしてだけでなく、生き方や信条にまで影響を与えるカルト的リーダーとして現代のモード界で誰より圧倒的な存在感を放っている。その世界に心酔する顧客やファンには、ツイッターの元CEOジャック・ドーシーやミュージシャンのリル・ウージー・ヴァート、「アントロモーフ」の名で知られたポストヒューマン・アーティスト、コンスタンティン・カルータスなどがいる。サルエルパンツを身につけた神・オウエンスは〈大げさなくらい、ありのままの自分を表現すべき〉だと人々に伝授している。ダニエル・ローズベリーはこんなことも言っていた。「デザイナーにはふたつのタイプがいる。一方は朝起きると、身近な世界で起きていることを受動的に取り込み、それに共振しようとするタイプ。もう一方は少数派だが、リックのように朝目覚めてすぐに『自分の信条はこうだ』と言いきれるタイプ」。ローズベリーによると、オウエンスと同じように神格化された「コム デ ギャルソン」の川久保玲も後者に属すそうだ。「彼らは、どんなときものるか反るかの態度で臨んでいるんだ」

 つねに伝統や慣習に逆らってきたにもかかわらず――あるいはその自由さゆえに――オウエンスはほかのデザイナーより安定したメンタルを保ち、自信に満ちあふれているように見える。彼の友人で、米ストリートウェアブランド「フッドバイエアー」の共同創設者シェーン・オリバーはこう語る。「リックの服を着ると、想像上の〈反体制グループ〉の一員になれる。彼の服は〈黒い囲い壁〉を象徴するんだ」(註:〈白い囲い壁〉は、大きな家と家族をもつ穏やかな生活や、アメリカンドリームの実現を意味する。黒い……はこれとは反対の内容を示す造語)。「ラルフ・ローレンがスノッブなカントリークラブ(註:ゴルフ場だけでなくテニスコートやポロの競技場などを備えた会員制クラブ)風スタイルを流は行やらせたなら、リックは彼独自のアメリカンドリームを語った。リックが人種も体型も異なるあらゆる人々に寄り添っているからこそ、人々は彼に夢中になる。多くのブランドでは、コレクションのテーマとなる人物が主人公を務めるけれど、リックの世界では誰もがみんな主人公なんだ」

 もしオウエンスがパリに拠点を移していなかったら、今のアヴァンギャルド・ファッションは違う方向を向いていたかもしれない。彼のクリエーションはさまざまな事象や人や思想の影響を受けて形成されているからだ。たとえばグランジスタイルのクールな無造作さ、アメリカ人アーティストのマイケル・ハイザーやリチャード・セラの厳格な抑制の美。1920~30年代に一世を風靡したフランス人デザイナー、マドレーヌ・ヴィオネやマダム・グレのロマンティックなドレープ。1970年代にグレイス・ジョーンズやキッスといったミュージシャンのためにラリー・レガスピが手がけた華美で奇抜な衣装など。また直接的ではないかもしれないが、オウエンスはディラーラ・フィンディコグルー、デュラン・ランティンク、ディオン・リーといった新世代の実験主義的なデザイナーだけでなく、ハイダー・アッカーマン、「フィア・オブ・ゴッド」のジェリー・ロレンゾといった著名デザイナーにもインスピレーションを与えてきた。さらにオウエンスは、それまでなかったようなインクルーシブで大胆なスタイルと、新時代のユニフォームを確立した。彼のユニフォームは奇抜だが自由な着方が楽しめる。シュレッダー加工したデニム、ナイロン素材の、布団を思わせるキルティングダウン、ウールのブランケットといった思いがけない素材を採り入れ、ボディに沿った、彫刻的で物憂げなグレートーンの服はどれも驚くほど実用性が高く、長く愛用できる。エキセントリックな外見だが、その仕立ては隅々まで完璧なのだ。シェーン・オリバーが言う。「リックの服を暗がりで見たら、仕立ての緻密さで有名なクリストバル・バレンシアガの作品かと思うかもしれない。明かりを点けたらすぐリックの服だってわかるだろうけど」

 リチャード・サトゥルニーノ・オウエンスは、カリフォルニア州のポータービルで生まれた。ロサンゼルスから北へ160マイル(約260㎞)、シエラネバダ山脈の南端にある保守的な街だ。父親のジョンは家にテレビを置くのを許さず、子ども時代のオウエンスにアリストテレスの哲学とリヒャルト・ワーグナーの音楽を学ばせ、恐怖と屈辱感を植えつけた。「カルマのせいとしか思えないくらい、僕は父が向かわせたかった方向と正反対の道を歩んできた」。カトリックスクールでは、聖人たちの物語や衣服にそそられた。母親が見ていたランジェリーカタログ『フレデリックス・オブ・ハリウッド』以外、彼の未知への好奇心を満たしてくれるものはほかになかったからだ。「あとは、十字架にかけられた裸のホットガイもいたっけ」。彼はそう言って微笑んだ。

 オウエンスは私を自宅近くにある聖クロチルド教会に連れていってくれた。このネオゴシック様式の聖堂には、亡き母コンセプシオン・オウエンス(元教員助手で愛称はコニー)と一緒に来て話をした思い出があるそうだ。コニーはここで息子の幸せを願って祈りを捧げていたという。ソーシャルワーカーだった父ジョンは、2015年にこの世を去った。当時ジョンとは絶縁状態だったが、オウエンスは別れの挨拶をしたくて電話をかけた。だが「今さら何を」と怒鳴られ、電話をプツンと切られたと言う。実はその4年ほど前、あるインタビューで息子に「偏狭な父親」呼ばわりされたことに腹を立てたジョンが、オウエンスとの連絡を絶っていたのだ(だがその後、父親から電話が入り、父子にとっての〈和やかな最終章〉を迎えられたそうだ)。彼は父親について聞かれるたび、いつもこう答えている。「不倶戴天の敵だった。でも、もしかしたら親友になれたかもしれない人だった」

「両親が亡くなると、本能的に次は自分の番だと感じてしまう」。そう話すオウエンスは、母親のがんの症状が悪化すると、彼女をイタリアのコンコルディア・スッラ・セッキアにある別宅に招いた。「病院から抜け出せなくなってしまう前に、ヨーロッパに来てもらいたいと思って。それにコンコルディアのあの家は、家族全員にとって最も安全な場所だから」。そう言うと彼は教会の椅子に腰を下ろした。2022年、母親コニーが亡くなる1週間前、ひとり息子であるオウエンスは彼女からベネチアに連れていってほしいと頼まれた。「水の中に入ってみたくて」という母親に、オウエンスは「ママは水が怖いでしょ」と答えたが、それでも彼女は意見を変えなかったらしい。「水に浮くタイヤがついた車椅子に座った途端、母はわあっと歓声を上げて。とても可愛らしかった。でもそれからすぐ容態が悪化してしまったんだ」。しばらく沈黙が続き、オウエンスが私のほうを向くと彼の目が潤んでいるように見えた。彼は私に、19世紀末のフランスの作家、ジョリス=カルル・ユイスマンスの作品を読んだことがあるかと尋ねてきた。ユイスマンスはデカダン派の作家だったが、のちにカトリックに改宗している。オウエンスはつぶやいた。「自分もユイスマンスと同じ道をたどるのだろうか。いつの日かスピリチュアリティを見いだせるのだろうか」

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