1755年創業の名門ウォッチメゾン「ヴァシュロン・コンスタンタン」が、気鋭のオートクチュールデザイナー、熟練調香師とコラボレーション。誰もが目を見はった新作レディスウォッチは、甘く優しい香りを放っていた──

BY KEIKO HOMMA

画像: 「エジェリー・ザ・プリーツ・オブ・タイム(コンセプトウォッチ)」〈機械式自動巻き、37mm径、PG、ダイヤモンド、マザーオブパール、ムーンストーン、マザーオブパールの小片と刺繍入りストラップ〉非売品/ヴァシュロン・コンスタンタン

「エジェリー・ザ・プリーツ・オブ・タイム(コンセプトウォッチ)」〈機械式自動巻き、37mm径、PG、ダイヤモンド、マザーオブパール、ムーンストーン、マザーオブパールの小片と刺繍入りストラップ〉非売品/ヴァシュロン・コンスタンタン

気鋭のクチュリエールが選んだ甘美なライラック色

 スイスが誇る老舗ウォッチメゾン、ヴァシュロン・コンスタンタン。男性たちにとっては垂涎の雲上ブランドだが、ラグジュアリーなレディスウォッチの洗練された美しさでも知られる。2024年の新作は、オートクチュールデザイナーのイーキン・インとのコラボレーションで実現した。ニュアンスのあるライラック色を基調としたデザインには、すみずみにまでこだわりが生きている。

「私はときどき白昼夢を見ます。夜、眠っているときに見る夢とは違って、目が覚めているのに現実ではないところにいるような、どこか別の世界に移ってしまったような、そんな状態。その白昼夢はパステルカラーで、虹のようにさまざまな淡い色が変化していったりするんです」と語るイーキン。そんな彼女が新作のために慎重に選んだ色が、ライラックだ。

画像: パリ・クチュール組合に正式加盟する北京生まれのデザイナー、イーキン・イン。2009年にファッションクリエーショングランプリを受賞し、仏アパレルブランドのクリエイティブディレクターをへて、現在は自らのメゾンを率いてコレクションを発表する

パリ・クチュール組合に正式加盟する北京生まれのデザイナー、イーキン・イン。2009年にファッションクリエーショングランプリを受賞し、仏アパレルブランドのクリエイティブディレクターをへて、現在は自らのメゾンを率いてコレクションを発表する

 新作は2本ある。まず「エジェリー・ザ・プリーツ・オブ・タイム」は、ライラック色のマザーオブパール(真珠母貝)を文字盤にあしらった美しいタイムピース。マザーオブパールにほどこされた放射状の彫りは、クチュールドレスのプリーツをイメージしている。時刻を表す数字すらないシンプルなデザインだが、手に取ってみると、角度によって淡い虹色をうっすら浮かべるマザーオブパールがさまざまに表情を変える。

「スイスの高級時計製造とは、少しの誤差も許されない、とても厳格なものですよね。私はそこに夢のようにあいまいな美しさや、直感的にひらめく情動的な感覚を加えたいと思いました。時計が香るというアイデアも、感情をかき立てるためのものです」

香りを閉じ込めた特別なストラップ

 そう、この時計は“香る”のだ。「エジェリー・ザ・プリーツ・オブ・タイム」は、身につけるとフレグランスがふわりと匂い立つ。極小のナノカプセルに香りを封じ込め、ストラップに組み込んでいるため、時計を着用すると少しずつナノカプセルが壊れてドミニク・ロピオンがこのタイムピースのために特別に調香したさわやかな柑橘系の香りが解き放たれるのだという。

画像: 芸術文化勲章シュヴァリエを受勲し、香水界のレジェンドとも呼ばれる熟練調香師、ドミニク・ロピオンがこの時計のためにオリジナルの香りを調香した

芸術文化勲章シュヴァリエを受勲し、香水界のレジェンドとも呼ばれる熟練調香師、ドミニク・ロピオンがこの時計のためにオリジナルの香りを調香した

 目に見えないほど小さいナノカプセルは、医療や製薬の分野で発達したハイテクノロジー。この技術が時計に用いられるのはおそらく今回が世界初だろう。

 メゾンのためにオリジナルの香りを調香したのは、数々の名香を手がけたドミニク・ロピオン。イーキンとドミニクは過去にナノカプセルの技術を使った“香るドレス”を発表したことがあり、今回はふたりで数十種類の香料を試しながら、過ぎゆく時間を象徴する香りを模索したのだそうだ。

「ナノカプセルを付着させるストラップは、私がデザインしました。マザーオブパールの小さなかけらをあしらい、絹糸と銀糸で刺繍をほどこして、小川の水がさらさらと流れる様子を表現しています。6本の糸を撚り合わせた刺繍糸をほぐして、とても細い1本の糸にしてから縫っていますが、これはオートクチュールの技術でもあります」

文字盤に夜空、リュウズに宝石

 そして、もうひとつのタイムピースは「エジェリー・ムーンフェイズ」で、流麗な書体の数字が文字盤を飾る。プリーツをイメージした放射状の意匠は、スイスの伝統的な時計装飾であるギヨシェ彫りの工房で、「タペストリー」と呼ばれる歴史的技法を駆使して彫られたもの。この時計は香りはしないが、イーキンが選んだライラックのアリゲーターレザー、パウダーピンクのグレイン仕上げカーフレザー、ミッドナイトブルーのサテンストラップの3本が付属する。

画像: 「エジェリー・ムーンフェイズ」〈機械式自動巻き、37mm径、PG、ダイヤモンド、マザーオブパール、ムーンストーン、ストラップが3本付属、限定100本〉¥6,424,000/ヴァシュロン・コンスタンタン

「エジェリー・ムーンフェイズ」〈機械式自動巻き、37mm径、PG、ダイヤモンド、マザーオブパール、ムーンストーン、ストラップが3本付属、限定100本〉¥6,424,000/ヴァシュロン・コンスタンタン

「新作はどちらも月の満ち欠けを表示するムーンフェイズの機構を搭載しています。私は月をながめるのがとても好きです。月の光を浴びていると直感が研ぎ澄まされて、心の奥にしまわれた扉が開くような気がします。娘にもルナ(月)という名前をつけたくらいなんです」

 文字盤の小窓には夜空の星々が描かれている。マザーオブパールの雲の向こうを金色の月がめぐり、新月から満月までの移り変わりを教えてくれる。リュウズにセットされているのは、おぼろな光を放つムーンストーンという宝石。ほっそりとした秒針はオートクチュールの刺繍針を表しているという。ため息が出るほどロマンティックな時計だ。

画像: 文字盤の下に組み込まれたムーンフェイズ機構。夜空を描いた小さなディスクが59日かけて一周し、月の満ち欠けを表示する

文字盤の下に組み込まれたムーンフェイズ機構。夜空を描いた小さなディスクが59日かけて一周し、月の満ち欠けを表示する

「ヴァシュロン・コンスタンタンとの出会いによって、私は時計というものを深く知ることができました。この出会いはまた、時間と私の個人的な関係について考えるきっかけにもなったのです。私たちはいつも時間に振り回され、ルーティンに追われ、ときに窒息しそうになるまで追い込まれることがありますよね」

 そして彼女は気づいたのだ。時間を敵だと思い、時間に押しつぶされてはいけない。時間に支配されるのではなく、味方につけなければ、と。

「ほんの少し意識をポジティブに変えれば、時間は友人に変わってくれます。毎日の暮らしに上質な時間を取り入れること。それは時間の束縛から解放されることにつながるはずなのです」

画像: 左:「エジェリー・ザ・プリーツ・オブ・タイム(コンセプトウォッチ)」、右:「エジェリー・ムーンフェイズ」。ともに世界最大の時計見本市、ウォッチズ&ワンダーズ・ジュネーブ2024で発表された。/ヴァシュロン・コンスタンタン PHOTOGRAPHS: COURTESY OF VACHERON CONSTANTIN

左:「エジェリー・ザ・プリーツ・オブ・タイム(コンセプトウォッチ)」、右:「エジェリー・ムーンフェイズ」。ともに世界最大の時計見本市、ウォッチズ&ワンダーズ・ジュネーブ2024で発表された。/ヴァシュロン・コンスタンタン

PHOTOGRAPHS: COURTESY OF VACHERON CONSTANTIN

世界最古のマニュファクチュールが継承する美意識

 ヴァシュロン・コンスタンタンは創業から270年近くもの間、一度も途絶えることなく高級時計を製作し続ける稀有なマニュファクチュール。世界で最も複雑な機械式時計を手がけるなど、高級時計製造を進化させてきたが、一方では、懐中時計の時代から女性たちのための美しいタイムピースも作り続けている。

 正しく時を刻むために、一分の隙もなく完璧に組み上げられた精密機械。そこにイーキン・インは夢見るように甘やかな官能を注ぎ込んだ。これもまた、ひとつの進化なのだ。

お問い合わせ先
ヴァシュロン・コンスタンタン
TEL. 0120-63-1755

公式サイトはこちら

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