BY YUKINO HIROSAWA
地平線から昇る太陽のように神々しい色、蜂蜜のような甘さを秘めるエキゾチックな香りとほろ苦い風味———。古代エジプトのクレオパトラも愛したという記述がある乾燥サフランは、たった1gを得るために約250もの花が必要。稀少ゆえに最も高価なスパイスで“レッドゴールド”とも呼ばれている。イランやインドが主な生産地であるが、じつは九州の一部の地域で栽培されていることをご存知だろうか?
日本におけるサフランの歴史を遡ると、江戸時代の鎖国(1612年)以前にオランダから九州へ生薬として伝わり、今も大分県と佐賀県のごく一部の地域で栽培されている。穏やかな気候で土壌も豊か、恵まれた環境で栽培されているため、球根は一般的なサイズの2倍以上で、香りも味も一級品。にもかかわらず、知名度の低さやその価値が広く共有されていないないことから、買取先が少なかったそう。さらに生産者の高齢化も相まって、125軒あった農家はコロナ禍前には4軒まで減少していた。
そんな中、「日本のサフラン業界を活性化したい」思いから2017年にスタートしたのが「Akaito」。牽引するのは、工学博士・経営学修士の顔も持つマーク・リー・フォード氏だ。
サフランのポテンシャルの高さにいち早く着目した人物がいる。2022年の「TOP ITALIAN RESTAUTAN AWARD」で3フォークにも選ばれ、その前年には世界でたった1名のみに贈られる「The chef of the year」に選出された「アルマーニ / リストランテ ギンザ」の若きエグゼクティブ・シェフ、カルミネ・アマランテ氏だ。「イタリア、スペイン、アメリカ、スイス……たくさんの国で料理を作っているけれど、全体を通して日本の食材はナンバーワン。僕自身、美味しさとともに、食材の背景にあるストーリーを理解して届けられるシェフでありたいから、時間を見つけては地方を巡って生産者に会いに行っているんだ。『Akaito』のサフランもそのひとつ」と語る氏に、その魅力や料理法を尋ねた。
「『なんて素晴らしいんだ!』と感動したほど、鮮やかな発色で、香りは非常にエレガント。ハイクオリティ&スペシャルな存在です。他国産のサフランをたとえ2倍、3倍量使ったとしても、この色と香りは決して出せません。特にヨーロッパではデコレーションやサポート役としてサフランはポピュラーだけど、日本ではまだ浸透していないのも事実。だからこそ、パスタやソースなど“サフランを主役にした料理”で、唯一無二の魅力をダイレクトに伝えます」。
コース料理の一部として提供される「リングイネ サフラン シマエビ」は、ブランドのフィロソフィである“華美すぎない、無駄を省いた美しさ”を表現した一皿。口に含むと、豊かさが伝わり、とてつもない手間と時間がかけられていることが想像できる。
カルミネ氏のほか、「ロオジエ」のエグゼクティブシェフのオリヴィエ・シェニョン氏など、国内外のトップシェフたちも「Akaito」に魅せられている。市場が発展すれば、“どぶろく”や“柚子こしょう”のように海外で脚光を浴びる食材になり得るし、様々な意味において、未来を照らす存在になる可能性が十分にある。
サフランの栽培サイクルは、冬の間に田んぼに球根を植えて養分や水分を吸収させ、丸々と太った状態のそれを5月に掘り起こす。1つずつ容器に詰めたら小屋の中で管理し、11月に花が咲いたタイミングで雌しべを摘み取り、Akaito独自の技術により乾燥させ、出荷する。
サフランは、一毛作はもちろん、稲作との二毛作が可能である。また、球根1個あたりの重さが玉ねぎ1/4個分と非常に軽く、小屋の中では水やりも要らないので、高齢者でも負担なく作業できる。さらには、保管する小屋には空き家を利用しているので、生産物を大気汚染や埃から守ることができるとともに、家屋自体の劣化スピードをも緩めることにもつながる。つまりいいことずくめ、なのである。
「Akaito」が目指すのは、パートナーを組む農家と生産量を増やし、日本のサフラン産業を拡大すること。そのためには、「国産のサフランは売れない」という従来のイメージを払拭し、高齢者が活躍する場をつくり、さらには若い世代と交流できる場を設けること。高齢の技能者が持つノウハウやスキルをリスペクトしながら、情報や化学技術に長けた若者のパワーでそれを拡げていく————。世代間で分断されるのではなく、境界を超えることで生まれる化学反応を活かして、地域の未来予想図を希望とともに描き出す。
「Akaito」のブランドネームには、東京と地方、高齢者と若者、海外と日本……それらを赤い糸のように結ぶという願いが込められている。廃れてしまうかもしれないものに“本当によいもの”を再発見して、その価値に新しい光を当てる。それを皆で手を携えて共創し、形にしていく。この道はサフランだけでなく、すべてに通じると信じたい。
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