誰もが知っているポップスターの、誰も知らないアーティストの横顔

BY MICHINO OGURA, PHOTOGRAPHS BY TAKEMI YABUKI(W), HAIR & MAKEUP BY JUNKO KANEDA

画像: 香取のアトリエには所狭しと自分の作品が並べられている。伸びやかな筆致と目に鮮やかな色彩感覚に驚かされる。写真中央のイーゼルに飾ってあるのが、彼の永遠のモチーフである“黒うさぎ”。10年前に描かれたこの作品が大切に飾られていた

香取のアトリエには所狭しと自分の作品が並べられている。伸びやかな筆致と目に鮮やかな色彩感覚に驚かされる。写真中央のイーゼルに飾ってあるのが、彼の永遠のモチーフである“黒うさぎ”。10年前に描かれたこの作品が大切に飾られていた

 アトリエの床にはキャンバス、ダンボール、ウッドパネルなどがびっしりと立てかけられ、壁一面には香取慎吾が描いた作品が飾られている。鮮やかな色彩のペインティングで埋め尽くされた空間はその部屋自体がコラージュ作品のようでもあり、圧倒される。「絵を描くときの作業机や場所などは決めていません。下描きもしない。そこにキャンバスがあるから、描き始めるんです」と香取は話しながら、小さな作業机に真っ白なキャンバスを立てかけ、普段の制作の様子を私たちに披露する。

そこに描かれたのは白抜きの「T」の文字。『T JAPAN』のロゴを描き始めたのだ。最初は縦、次に横向きを組み合わせて、パズルのピースをはめていくように、どんどん「T」の文字が増殖していく。パレットに絵の具を置き、筆に移して使うのはまどろっこしい。「すぐに描きたい!」という衝動から、絵の具をチューブから出しながら描くという方法にたどりついたと語った。
「アクリル絵の具は乾きやすいのですが、絵の具をそのままおいていく方法だと乾燥に時間がかかるので、普段は3枚のキャンバスを用意し、順番に描いていきます。そうすると、一巡したら最初の絵が乾いている。計ったことはないんですが、気がつくと一枚描くのに2時間しかかかってないこともありました」

画像: 『T JAPAN』のロゴをおもむろに描き始める香取。そんなサービス精神旺盛なところもポップスター!

『T JAPAN』のロゴをおもむろに描き始める香取。そんなサービス精神旺盛なところもポップスター!

 アトリエにはコラージュ作品も多く見られる。作業机の上に、うずたかく積まれた写真集や雑誌はこれからコラージュに使うストックだという。その横には、ファンからのプレゼントの小さな人体模型を解体して、箱に詰め込み、ボンドと絵の具を流し込んで固めたカラフルなオブジェも見受けられた。香取がロッカーから出してきたのは、過去に切った自分の毛髪を袋に入れて保存したもの。
「これもいつか、作品に使いたいなと思って」といたずらっ子のように笑う。人間ドックの内視鏡写真のコラージュやX線写真をコピーし、作品の中に使ってしまうなど、自分自身の身体の一部を増殖させて、作品として仕上げるアプローチも興味深い。

画像: コラージュのためにストックしている雑誌や写真集の山。小さな作品もきちんと保管されている

コラージュのためにストックしている雑誌や写真集の山。小さな作品もきちんと保管されている

画像: 色数をそぎ落とした作品は、実はX線写真のコピーが使われている © SHINGO KATORI

色数をそぎ落とした作品は、実はX線写真のコピーが使われている
© SHINGO KATORI

 今日の取材相手は“国民的”という形容詞以外にどう表現すればいのか困惑するほどのポップスター、香取慎吾だ。香取はかつて、言わずと知れたSMAPの一員であり、2016年12月31日に解散したのち、その一挙手一投足がメディアで取りざたされている。そんな彼が、私たちを自宅に併設するアトリエに招待してくれるという。

 私はこれまでに二度、香取に取材する機会を得ていた。初めて会ったのは2013年4月に日本を代表する前衛芸術家・草間彌生との対談だった。その際、香取の作品を見た草間が「こんなに自由自在に絵を描ける人がいるなんて。あなたが絵描きになったら、世界的に有名になるかもしれない。続けて描くといいと思う」と語りかけた。その言葉をテレビでは見たことのないような高揚した表情で受け止めていた香取が印象に残っている。草間の言葉はまさに香取のアーティストとしての本質を捉えており、彼の表現には“自由”がカギとなっているのだと、私は確信する。

画像: 過去の作品でよく出てくるピエロは自画像のようなイメージだと香取は言う © SHINGO KATORI

過去の作品でよく出てくるピエロは自画像のようなイメージだと香取は言う
© SHINGO KATORI

その後も取材とメディアを通じて、彼は絵を描くことが好きで、しかもかなりの枚数を描いているということは耳にしていた。ただ、公に発表されているのは1998年に出版された画集『しんごのいたずら』(ワニブックス)、2011年のシルク・ドゥ・ソレイユの公演『ダイハツ クーザ』のために描かれた絵画《宝箱》と2014年の『ダイハツ オーヴォ』公演のためのオブジェ《空想たまご》、日本財団パラリンピックサポートセンターの共同オフィス内に描かれた壁画、テレビ番組の中で時折発表される作品と数少ない。誰も目にしたことがない、彼の私的な作品をこの目で見られる機会に、私は少し緊張していた。

 アトリエでの撮影を終え、その場でインタビューを進めようとすると、香取からリビングで話をしませんかという提案があった。これまでの取材でも感じたが、香取のさりげない思いやりは生来的なものだ。対談相手やインタビュアーの目をみて、ゆっくりと誠実に、自分の言葉を探して、発してくる。絵を描くというパーソナルな事柄について話すときだからこそ、いつもより少しだけ自分に近い空間に招き入れようと思ってくれたのかもしれない。張り詰めていたスタッフたちの緊張がほぐれた瞬間だった。

画像: ときどき部屋に現れる目に見えない存在を絵に描いてみることもある。“黒うさぎ”同様、不思議な存在を感じ、描いた作品 © SHINGO KATORI

ときどき部屋に現れる目に見えない存在を絵に描いてみることもある。“黒うさぎ”同様、不思議な存在を感じ、描いた作品
© SHINGO KATORI

 場所を移したリビングはそんな彼のあたたかさを随所に感じる心地よい“あかり”に照らされた空間で、そこにも自身の絵が何枚も飾られている。
「最初に描いた絵の記憶は小学生だったかな。校舎の絵を描いたんだけど、美術の先生が僕の色使いを褒めてくれました。それがきっかけで、絵を描くのって楽しいんだという記憶が残っている。落書きのような感覚で始めて、なぜ今でも描き続けられているのかわからない。仕事のように“ああ、描かなきゃ”って追われていると感じることさえあるんです。描いているときって、何も考えてないんですが、描き終わった作品をこうやって飾って眺めていると、本当の自分を知る材料になっているときもある。色を塗っているときはカムフラージュ柄のようだなと思っていたのに、描き終えてみると、もしかして、これは涙のかたちなのかな、僕は泣いているのか? どういう意味があるのか? と不思議に思ったり。誰かの絵を見るときと一緒で、絵の中に何があるのだろうと想像するのも楽しい時間なんです」

画像: 『TANK 100』ギャラリーに向けて制作中の香取

『TANK 100』ギャラリーに向けて制作中の香取

 実はアーティスト・香取慎吾の作品を私たちが目にする機会は意外とすぐそこに迫っている。それは10月28日(土)から約1ヶ月間開催されるカルティエ ブティック 六本木ヒルズ店での『TANK 100』ギャラリーだ。そこで彼はペインティングとオブジェの2作品を発表する。

※イベントは終了いたしました。
<EVENT>
『TANK 100』
カルティエのアイコンウォッチ “タンク”の誕生100年を記念したギャラリーが期間限定でオープン。香取慎吾が、このイベントのために制作した作品が展示される。

会期:2017年10月28日(土)~11月26日(日)
営業時間:11:00~21:00
住所:東京都港区六本木6-10-1
六本木ヒルズ ウェストウォーク 2F
電話:0120-301-757(フリーダイヤル)
公式サイト

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