メアリー・マッティングリーが創造するのは、社会と積極的に関わり、変革をもたらすアートだ。それは絵空事のようなプロジェクトにも見えるが、現在進行形で街を住みよい方向に変えていく起爆力があり、気候災害の危機に瀕しているニューヨークの天候を好転させるかもしれない

BY ZOС LESCAZE, PHOTOGRAPH BY EMILIANO GRANADO, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 2009年の夏、アーティストのメアリー・マッティングリーはニューヨークの彼女のアパートメントから、はしけの上に引っ越した。都会のど真ん中で、電気やガス、水道などの公共サービスに頼らずに、5カ月間生活できるか実験するためだ。はしけの上には、廃材で作った小屋と多面体のジオデシック・ドーム(球体を模した正十二面体のドーム)がある。レタス、かぼちゃ、ベリー、とうもろこしが育っている庭もあり、雨水を濾過(ろか)する設備もある。ごく短い時間だけ温水シャワーを浴びるのに十分な電力(とりあえず最低限、晴れた日には)を発電するためのソーラーパネルも設置されていた。《ウォーターポッド》と名付けられたこのはしけは、水上に浮かぶ彫刻であると同時に、ほぼ持続可能なコミュニティでもあった。このはしけの上で自身の31回目の誕生日を祝ったマッティングリー。彼女は5カ月の間、このはしけから地上に降りることは、ほとんどなかった。4羽の鶏と交代でやってくる友人たちとともに、この平底の荷船の上で共同生活をしていたのだ。長さ30m、幅9mの大きさのはしけは、ニューヨークの川や水路に浮かび、同市の5つある行政区の公共の埠頭に、それぞれ2週間ずつ停泊した。はしけを移動させるときにはタグボートで牽引したが、それ以外の電力は、太陽光発電と、必要に応じて人力でフィットネスバイクを漕いでまかなった。

画像: アーティストのメアリー・マッティングリー。ニューヨーク市のガバナーズ・アイランドにある彼女のプロジェクトのひとつの展示場所で2022年7月11日に撮影

アーティストのメアリー・マッティングリー。ニューヨーク市のガバナーズ・アイランドにある彼女のプロジェクトのひとつの展示場所で2022年7月11日に撮影

 マッティングリーは、豊かな水に囲まれた世界を移動しながら生活するというビジョンに触発され、この共同体を実現させるべく、資金集めと、市や州や連邦政府の所轄部署から許可を取りつける交渉に3年を費やした。ニューヨークを取りまく海水の水位はひたひたと上昇しつつあり、街は無防備な状態に置かれているのに、政府当局は市の脆(もろ)いインフラを海水から守るための防御策をほとんど何も講じていないと彼女は感じていた。気候変動によって、ノマド的生活やレジリエンス(註:度重なる困難に遭遇しても挫折しない、しなやかな対応力)や、人々が力を合わせて資源を生み出す方法などがますます求められるであろう世の中にあって、マッティングリーはそれらを実際に自分で試してみたかったのだ。その3年後、ハリケーン・サンディがニューヨークを襲い、市全体の面積の5分の1近くにも及ぶ地域が洪水の被害を受けた。つまり大都会では、大規模豪雨に対しての準備がまったくなされていないことが露呈してしまったのだ。科学者らが今後、大規模豪雨がさらに頻発すると予測しているにもかかわらず。

画像: マッティングリーの作品、水上の森林《Swale(スウェル)》(2016年~’19年)が2018年にブロンクスに停泊している様子 MARY MATTINGLY, “SWALE,” 2016-19, AT CONCRETE PLANT PARK, THE BRONX, IN 2018, COURTESY OF THE ARTIST, PHOTO: SUBHRAM REDDY

マッティングリーの作品、水上の森林《Swale(スウェル)》(2016年~’19年)が2018年にブロンクスに停泊している様子
MARY MATTINGLY, “SWALE,” 2016-19, AT CONCRETE PLANT PARK, THE BRONX, IN 2018, COURTESY OF THE ARTIST, PHOTO: SUBHRAM REDDY

 これまでの自身のキャリアを通して、マッティングリーは、今起きている危機と、さらにこれから起きるであろう大惨事を世に訴えるという予告的なプロジェクトを創作してきた。不安定なサプライ・チェーンに依存している都市が、もし、自給自足の状態にもっと近づいたなら、どんな形でよりよい生活が実現できるのだろうか? 公共の公園が都会の飢えを解消するのに役立つのか? 彼女の作品はこの世の終わりを表現しているようだと言われてきた。だが、彼女が、起こりうる壊滅的な危機と素手で格闘しようとしている様子は、そんなありきたりの単純なレッテルでは表現しきれない。彼女の公共プロジェクトは、都市生活者たちが現在すでに支援しているもっと幅広い運動の数々をも反映している。それはたとえば、使われていない野外の土地を有効活用したり、地元の自然環境と密接な関係を築くという動きだ。「今、人々は、土地から恩恵を受けているのはいったい誰で、誰がその恩恵から締め出されているのか、そして、それはなぜなのかを見極めようとしている」と語るのは、米国農務省の森林局で研究を行う社会科学者のリンジー・キャンプベルだ。彼女はマッティングリーと協業した経験がある。キャンプベルいわく、マッティングリーは「ここではない世界や、ここにはない存在の仕方を想像するために」都会生活の可能性を新たに生み出しているのだという。

PHOTO ASSISTANT: TAYLOR SCHANTZ

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