メアリー・マッティングリーが創造するのは、社会と積極的に関わり、変革をもたらすアートだ。それは絵空事のようなプロジェクトにも見えるが、現在進行形で街を住みよい方向に変えていく起爆力があり、気候災害の危機に瀕しているニューヨークの天候を好転させるかもしれない

BY ZOС LESCAZE, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

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 社会と密接に関わるアートが同時に公共事業を兼ねるというアイデアは、1970年代に花開いた。当時は、インフレ、環境破壊、政治的リーダーシップへの失望などによって、虚無主義や社会への不満が蔓延した時代だ。マッティングリーが手がける分野の芸術の先駆者の中には、アグネス・デネスがいる。デネスは1982年に発表した作品《Wheatfield ─ a Confrontation(小麦畑─ひとつの異議申し立て)》で、食料品へのアクセスの問題や環境破壊、自由主義経済がもたらす懐疑的な優先順位などをえぐり出した。ワールド・トレード・センターの建設に伴い、ウォール街近くに造られた面積約8,100㎡のゴミ捨て場に、デネスが小麦の種を撒き、育った小麦を収穫するというパフォーマンスだ。社会的プロジェクトを通し、地域コミュニティ全体と関わり合うマッティングリーの手法は、もうひとりの先駆者であるリック・ロウと彼の協業者たちの共同作品《Project Row Houses(長屋ハウス・プロジェクト)》においてすでに実践されていた。ロウは、テキサス州ヒューストンの中でも伝統的に黒人の人口が多い第3区に放置されていた22軒の荒れた家屋を1993年に購入した。そして、それらを住居兼アート・コミュニティ開発の拠点として造り替えた。だがやはり、マッティングリーの作風に最も近いのはミエルレ・ラダーマン・ウケレスかもしれない。ウケレスは無名の人々や、組織内部の様子が外からは見えにくい地方行政のシステムを、外から、またその環境に自ら飛び込んで、アート作品として表現した。1977年にウケレスはニューヨーク市清掃局の史上初のアーティスト・イン・レジデンス(註:アーティストが組織や団体の施設に滞在し、作品の制作やリサーチを行うこと)となった。1979年には完成までに1年かかるパフォーマンス作品《Touch Sanitation(清掃局員にさわる)》の制作を開始した。市の清掃局で働く8,500人の職員全員とひとりずつ実際に握手するというプロジェクトだ。

 現在44歳のマッティングリーは、この種の系譜の作品に、皮肉の効いたユーモアを注入することで、作品を親しみやすいものにしている。「人々は官僚的な社会システムの中で皮肉を毎日味わっている」と彼女は言う。「何度も何度も何度もバカげたやりとりをしなければならず、相手と闘うだけで一日が終わってしまう──。私の場合、そんなプロセスが新しい作品を作る動機のひとつになっている。くだらなさの迷路に入り込んでしまい、何とかしなくちゃともがいている感じ」

画像: 《Holding Not Having(After Robin Messing)(手にしているが、持っていない―ロビン・メッシングの詩集によせて)》(2018年)。風景を撮影した写真と対極的な静物コレクションのシリーズの一部 MARY MATTINGLY, “HOLDING NOT HAVING (AFTER ROBIN MESSING),” 2018, C-PRINT, COURTESY OF THE ARTIST

《Holding Not Having(After Robin Messing)(手にしているが、持っていない―ロビン・メッシングの詩集によせて)》(2018年)。風景を撮影した写真と対極的な静物コレクションのシリーズの一部
MARY MATTINGLY, “HOLDING NOT HAVING (AFTER ROBIN MESSING),” 2018, C-PRINT, COURTESY OF THE ARTIST

 複雑な交渉と手続きを延々と繰り返し、プロジェクトを遂行するマッティングリーのようなアーティストは、情熱と激情に満ちているイメージがあるが、彼女は人あたりが柔らかい。私と彼女は今年5月に、ニューヨーク・ハーバーにある、かつて合衆国の軍事施設のひとつだったガバナーズ・アイランドの古い空き家の崩れかけたポーチの上で会って話をした。現在このガバナーズ・アイランドには、公園やアーティストたちの住居やさまざまな非営利団体の施設がある。その中にはマッティングリーと彼女の仲間たちが管理している《スウェル(湿地)・ラボ》という展示スペースがあり、そこで彼女たちはワークショップを行っている。彼女の穏やかな態度は、これまでいろんな場面で役立ってきた。たとえば、あらゆる理由をつけて彼女の申請を却下しそうな公務員たちと交渉して、とてつもなく奇抜なプロジェクトの実行許可を取りつけるときがそうだ。環境問題を主題とする現代アートに興味を示さなそうな人々に対しても、彼女の穏やかなアプローチは効果的だ。「彼女は人々が慣れ親しんでいる習慣を糾弾して恥をかかせたりしないから」と言うのは、ニューヨークのナショナル・アカデミー・オブ・デザインのチーフ・キュレーターであるサラ・レイスマンだ。「メアリーの作品には、観る人に可能性を感じさせるようなやさしさがある」。リスクを冒しつつ、予期せぬ強い抵抗や障害があってもそのたびに対処しながら自分のアイデアを試していくことで、彼女は危険だらけの時代を生き抜くということの本質を表現してきた。突き詰めれば、彼女のアートの主題はレジリエンスだ。つまり、生き残る道を探すことを決して諦めないという態度そのものだ。

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