私たちの身体組成を占める水。その身体を満たすものは食であり、包みこむものは衣服である。「人生のうちで最も敬愛し、大切に想う1冊」という書に端を発する展覧会──現在、ISSEY MIYAKE GINZA│CUBEとISSEY MIYAKE KYOTO|KURAで開催中の特別展示「水を味わう 水を纏う“Savor water, Embracing water”を、フードジャーナリストの北村美香が訪れた

BY MIKA KITAMURA

画像: 横山夫紀子が拵え、秋元茂が撮影した蕗 ©︎ ISSEY MIYAKE INC.

横山夫紀子が拵え、秋元茂が撮影した蕗

©︎ ISSEY MIYAKE INC.

「百味菜々」という料理本をご存知だろうか。
 1983年から1994年にかけて、東京・青山の料理店「百味存(ひゃくみぞん)」には三宅一生をはじめ、本物を知る知識人やクリエイターたちが、店主の横山夫紀子の手による料理を目当てに通ったと言われている。
 横山が料理を拵え、写真家・秋元茂が撮影し、グラフィックデザイナーの田中一光の装丁によってできた美しい料理写真集が「百味菜々」だ。1990年初版、1999年に再版発行となった。再版本が筆者の手元にある。

 本を開けば、下拵えされた食材と、器に盛り付けられた料理の写真に漲る生命力に圧倒される。だしに浸っている干瓢や蕗、生姜、オクラ。だしにたゆたう食材は、「人の命を育む食の源」であり、人の手で食材の持つ味を最大限に引き出された「美味しさ」に繋がる。しかも、食材が器に盛られるまでに出合った自然──育った土のやわらかさや風の匂い、空の色、降り注ぐ雨音、山から流れてくる水の冷たさまでが、読み手の五感に訴えかけてくる。

画像: 会場内には、この展覧会の着想の源、「百味菜々」のなかの写真が展示されている ©︎ ISSEY MIYAKE INC.

会場内には、この展覧会の着想の源、「百味菜々」のなかの写真が展示されている

©︎ ISSEY MIYAKE INC.

 青山「百味存」は紹介制のお店で、当時、筆者のような若輩者には敷居が高かったが、横山が京都に移って出したお店には伺ったことがある。白木のカウンターの店内には、凛とした空気が漂っていた。野菜のすり流しに始まり、何種類もの野菜をそれぞれに調理してのせたどんぶりをいただいた。野菜の種類などは覚えていないのだが、それぞれに適した方法で調理された野菜の味わいはすっきりしてキレがあり、ピュアだったことを鮮烈に覚えている。
「野菜の甘さや苦さを素直に生かし、独特の風味を余韻に残したい。野菜の勢いを味わいとして際立たせたい」と考えた横山は、野菜を引き立てるだしをひく。「だしはあくまで味の引き立て役だが、だしがないと味にふくらみがなく、水っぽい料理になってしまう」と本書に書いている。このだしさえあれば、塩と薄口しょうゆで加減するだけで味が調うとも。この微妙な塩梅を計りながら、野菜の味の深みを引き出すのは、日本料理の料理人が目指すところだが、とても難しい。

画像: 命の根源である水について、思いを馳せる──。京都の展示より ©︎ ISSEY MIYAKE INC.

命の根源である水について、思いを馳せる──。京都の展示より

©︎ ISSEY MIYAKE INC.

「イッセイミヤケ」が、「水」に関する展示を銀座「ISSEY MIYAKE GINZA / 445」と京都「ISSEY MIYAKE KYOTO KURA」で開催している。これは、名著「百味菜々」にインスピレーションを得て、生命の源である「水」を大切にしている「イッセイミヤケ」というブランドが生み出した展示だ。

 三宅一生は本書に寄せた文の中で、「着る、たべる、生きる。料理もデザインも衣服も、人間の営みを介してこそ生命の輝きにみちています」という言葉を記している。人々の暮らしを見つめながら衣服を創り上げてきた三宅にとって、「衣服」も「食」も同一線上の営みなのだろう。

 1970年代初頭から「イッセイ ミヤケ」で三宅と共に素材の開発を手がけ続けてきたテキスタイルデザイナーの皆川魔鬼子は、本誌のインタビューで、天然素材の発色をよりよくするために、きれいな湧き水の重要さを語っている。「湧き水を見るとホッとします。織りや染色など、繊維は水を通さないとできない(後略)。」

 この展示を企画した「ISSEY MIYAKE」ウィメンズ コレクション企画の遠山夏未は、「水はすべての生命の源でもあり、『イッセイ ミヤケ』のクリエイションの源の一つでもあります。水に対して独自の視点でアプローチされている横山さんの『百味菜々』に着想を得て、この展示を企画しました」と語る。

画像: 「百味菜々」からインスピレーションを受けて制作したテキスタイル。こちらは京都にて展示されている「ほぐし絣」の途中過程 ©︎ ISSEY MIYAKE INC.

「百味菜々」からインスピレーションを受けて制作したテキスタイル。こちらは京都にて展示されている「ほぐし絣」の途中過程

©︎ ISSEY MIYAKE INC.

 会場に足を踏み入れれば、「ほぐし絣」によるインスタレーションが迎えてくれる。だしを想起させる昆布に見立てた「ほぐし絣」。これは仮織りした縦糸に柄を捺染し、横糸を抜き、縦糸をほぐしながら折り上げる技法。織るときにわずかに糸がずれることで、柄が滲んだような表情が生まれる。東京では昆布と蕗、京都では昆布と茗荷をそれぞれ蒸留して抽出した「香りの水」がカラフェに用意され、来場者はだしに浸された野菜を嗅覚で味わう。さらに、その「香りの水」に周波数を当て、最も美しい波紋をつくった音を抽出したBGMがデザインされ、聴覚にも訴えかけてくる。
 五感をフルに使って、食材の味と布の手触りや美しさに浸る幸せ感満載の企画。ファッションも食も、生きるための必需品でありながら、その質こそが満ち足りた暮らしを支えてくれると教えてくれているようだ。

画像: ©︎ ISSEY MIYAKE INC.

©︎ ISSEY MIYAKE INC.

『水を味わう 水を纏う “Savor water, Embracing water”』

ISSEY MIYAKE GINZA│CUBE
住所:東京都中央区銀座4-4-5
会期:開催中〜2025年6月27日(金)

ISSEY MIYAKE KYOTO│KURA
住所:京都府京都市中京区柳馬場通三条下ル槌屋町89
会期:開催中〜2025年6月25日(水)

公式サイトはこちら

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