ファッション界からホテル経営者に転身したウィルバート・ダス。彼がトランコーゾに建てた別荘はジャングルが見渡せ、ブラジルのモダニズムへのオマージュにあふれている

BY MICHAEL SNYDER, PHOTOGRAPHS BY FILIPE REDONDO, TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO

 オランダ生まれのデザイナー、ウィルバート・ダス(55歳)は1988年、24歳でイタリアのヴィチェンツァに渡った。当時はまだ歴史の浅いデニムブランド「ディーゼル」で働き始め、のちにクリエイティブ・ディレクターとなる。ダスが友人から聞いたブラジルのトランコーゾという海辺の町を初めて訪れたのは2004年。友人は青く輝く大西洋に面した17世紀のオフホワイトのチャペルや、草に覆われた中央広場「クアドラード」に立ち並ぶイースターエッグのようにカラフルな漁師の家といった、トランコーゾの素朴な魅力を熱く語っていた。

ダスが訪れた6月はオフシーズンの中でも最も観光客の少ない時期だったが、「こんな素晴らしい場所があるなんて知らなかった」と、彼はトランコーゾにすっかり魅せられてしまった。軍事政権から逃れたヒッピーたちがサンパウロから約1,400km南にあるトランコーゾへ移り住むようになっても、人口11,000人の村には1980年代初めまで電気も水道もなかった。現在でもトランコーゾでは時間が止まっているというより、近代化には無関心であるといった趣だ。

画像: トランコーゾの町を見下ろす高台にあるキッチンとプール

トランコーゾの町を見下ろす高台にあるキッチンとプール

 ダスと、ディーゼルでニューメディア関連の責任者を務めていたボブ・シェヴリン(51歳)は、2006年まで何度もトランコーゾを訪れていたのだが、ついにクアドラード広場にあるバナナの木やヘリコニアが生い茂る庭つきの家を買うことを決めた。その数年後にふたりは「ウーシュー・カーサ・ホテル」をオープン。全12室のゲストハウスには、地元の工芸品や伝統的な家屋への愛とダスの大胆な折衷主義が共存する「トランコーゾスタイル」――のちにこれはダスの代名詞となる――の内装が施されている。館内のあちこちに、廃業したカカオ農園や牧場から集めてきたアンティーク家具が置かれ、地元の職人が編んだ籐のランプが木漏れ日のようなやさしい光を投げかけている。

蚊帳がかけられた四柱式ベッドの上には、先住民パタソ族の手描きの複雑な幾何学模様をあしらった小さなクッションが、モグラ塚のようにこんもりと置かれている。「私はかつてファッションの世界でいろいろなものを大量生産してしまった。トランコーゾのプロジェクトは過去の過ちへの罪滅ぼしです」とダスは言う。開業からほどなくして、ダスが手がける「ゆったりとした時間が流れるトランコーゾ」に魅了された宿泊客から、別荘の設計を依頼されるようになった。

 2015年にホテルの常連であるベルギーメディア界の大物が、ジャングルに面した歴史地区の近くにベッドルームが6つある別荘の設計を依頼してきた。すべてダスの思いどおりにしてよいという。その別荘は約2.4ヘクタールの敷地の真ん中に生えているカジュエイロ(=カシューナッツの木)にちなんで「カーサ・カジュエイロ」と名づけられた。ダスはまず現場に足を運び敷地に生育するマンゴーやスターフルーツ、シナモン、ジャックフルーツ、アルメスカルなど14種の成木を残せるような大まかな平面図を作成。それに基づいて約1,115m²の家の設計図を仕上げていった。カシューナッツの木を囲む共有スペースを中心に、放射状に広がるように漆しっ喰くいのスイートルーム5棟と古材を使った1棟を、独立した離れとして配置した。各棟からはどこまでも続く青い海が一望できる。

 オランダの田舎町出身のダスは、従業員50人のディーゼルを5,000人の世界的ブランドに押し上げた立役者だ。「昔から素材を生かすことが得意だった」というダスは、大量生産されたデニムにディストレスト加工(色落ちさせたり、傷つけたりして着古したヴィンテージ感を出す)を施すことで、「古いものほど価値がある」という幻想を作りあげた。トランコーゾのプロジェクト(自分自身の別荘、ウーシュー・カーサ・ホテル、ニュースキャスターであるアンダーソン・クーパーの4棟のコテージからなる別荘など)では、アンティークな家具やオブジェが部屋を彩っている。

クーパーの別荘には漁村の漁師から$100で譲ってもらったクジラの骨で作ったコーヒーテーブルや、古いキャッサバ芋圧搾機の巨大な木ネジを使ったベッドが置かれ、蛇口や照明器具には近所の金物屋で買った銅管が使われている。「今ではこうしたディテールがトランコーゾの町で進行中のほかのデザイナーのプロジェクトでも見られるようになった」と誇らしげに語るダス。クーパー邸の仕事を終えたダスは、地元産の木材を中心に使った家具ブランド「ウーシュー(Uxua)」を立ち上げた。

画像: ブラジル原産の木材で作った「ウーシュー」のダイニングテーブルとチェア。フランス人アーティスト、ジャック・ドゥーシェの1984年制作のウールのタペストリー

ブラジル原産の木材で作った「ウーシュー」のダイニングテーブルとチェア。フランス人アーティスト、ジャック・ドゥーシェの1984年制作のウールのタペストリー

画像: ゲスト用バスルーム。「ウーシュー」の再生材で作った鏡。地元のアーティストがペキー(フルーツ)の木で作った3本脚のシンク

ゲスト用バスルーム。「ウーシュー」の再生材で作った鏡。地元のアーティストがペキー(フルーツ)の木で作った3本脚のシンク

「カーサ・カジュエイロ」の設計にあたって、ダスはブラジル・モダニズムの伝統に光をあてることにした。20世紀を通じてブラジルのモダニズムは国内外のデザイナーによって洗練度を高めてきた。ブラジルにたどり着いた外国のデザイナーたちはダス同様、この国にとどまることを選んだ。ダスはこう自問した。「もしモダニズムがトランコーゾで生まれていたら、どんなふうになっていただろう?」。独立したベッドルームのある各スイートルームの屋根は、赤褐色のマニルカラ材を葺ふいたものだ。その勾配屋根は地元の漁師小屋を彷彿とさせる。

一方で、建物の中央部分は、コンクリートの平屋根と床から天井まである窓が、サンパウロのクラシックなミッドセンチュリーモダンの家を思わせる。内装にはモダニズムのマシンエイジ(第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の機械を新時代の象徴として賛美していた時期)への関心が見られるものの、ダスが最もこだわったのは、職人の手仕事の技が光る工芸品だった。たとえばキッチンの壁の一面にはグレー、ブルー、グリーンとランダムに貼られた30枚のプレスト・コンクリートのタイル。微妙な色調の違いは手作業で調合した顔料を使っているためだ。室内を照らすラベンダー色やセージ色の陶器のペンダントライトは、20世紀の名作と言われるデンマークの「ルイス・ポールセン」の鉄のつり棒にシェードを数珠つなぎに重ねたデザインを彷彿とさせる。顔料はヴィチェンツァからさほど遠くない、テラコッタの町として知られるイタリアのノーヴェから輸入。「実に素晴らしい異文化の融合だ」とダスは自賛する。

 

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