ファッション界からホテル経営者に転身したウィルバート・ダス。彼がトランコーゾに建てた別荘はジャングルが見渡せ、ブラジルのモダニズムへのオマージュにあふれている

BY MICHAEL SNYDER, PHOTOGRAPHS BY FILIPE REDONDO, TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO

 約45m²のメインリビングに置かれた家具は、ブラジル・モダニズムの歴史を物語っているかのようだ。スタイリッシュなスリングチェア(座面や背もたれにカンバスなどを張った椅子)2脚は1960年代のサンパウロの無名デザイナーの作品。その隣に置かれたペキーとジャックフルーツの木で作られたコーヒーテーブルに描かれた幾何学模様は、ウーシュー・カーサ・ホテルと同じパタソ族のアーティストの作品。リビングに続くダイニングの巨大な一枚板のテーブルは、地元の大工に依頼したもの。ジャックフルーツの木の厚い板をつなぐことで、年輪を重ねた一本の木の断面のように見せている。

テーブルのまわりに並んだ、背もたれがほうきの柄のように細い3本脚の椅子は、イタリア生まれのブラジルの建築家リナ・ボ・バルディが1980年代に発表したアイコニックな名作《キリンの椅子》へのオマージュとしてダスが再現したもので、クマルやフレイジョ、ブラウナなどのブラジル産の木材で作られている。サンパウロ美術館や廃業した工場の一部をコミュニティセンターに改装したSESCポンペイア文化センターなど、リナ・ボ・バルディが手がけた建築は、ブラジル最大の都市サンパウロの景観を形づくるうえで基礎となる重要な役割を果たした。

画像: プールに続くリビング。コンクリートと漆喰で作った暖炉、セメントの床、ペローバ材にマイカ塗装を施した天井、イギリスのファブリックブランド「ロモ」のリネンを張った1960年代のソファ

プールに続くリビング。コンクリートと漆喰で作った暖炉、セメントの床、ペローバ材にマイカ塗装を施した天井、イギリスのファブリックブランド「ロモ」のリネンを張った1960年代のソファ

 ウィルバート・ダスのヒーロー、リナ・ボ・バルディは、第二次世界大戦の戦禍を逃れてブラジルにたどり着いたアーティストや建築家、職人たちのひとりだった。楽観的で開放的なブラジルは、ヨーロッパの偏狭主義から逃れて移住するには最適な場所だった。ブラジルにやってきたデザイナーたちは、〈インターナショナル・スタイル〉(1920年代から50年代にかけて提唱された世界共通の建築様式)の「装飾や色彩を排除して建物のヴォリュームを強調する」という独断的主張から解放され、真に地域に根ざしたモダニズムを作りあげた。

画像: ゲスト用スイートのバスルーム。窓を開けるとプライベートガーデンが見える。淡い緑色のセメントのバスタブ。「ウーシュー」のヴィンテージのオパールガラスのシェードが天井からぶら下がっている。グリーンオニキスのモザイクタイルを敷きつめた床

ゲスト用スイートのバスルーム。窓を開けるとプライベートガーデンが見える。淡い緑色のセメントのバスタブ。「ウーシュー」のヴィンテージのオパールガラスのシェードが天井からぶら下がっている。グリーンオニキスのモザイクタイルを敷きつめた床

画像: 別のバスルーム。ブラジルのブランド「Dalla Piagge」のセメントタイル。「ウーシュー」のハンドメイドの銅製蛇口。枠にペローバ材を使った窓は屋内庭園に面している

別のバスルーム。ブラジルのブランド「Dalla Piagge」のセメントタイル。「ウーシュー」のハンドメイドの銅製蛇口。枠にペローバ材を使った窓は屋内庭園に面している

「カーサ・カジュエイロ」には、ブラジルに移住してきたその世代のアーティストたちの作品が幽霊のように棲みついている。子ども用スイートルームに続く屋根つきの通路には1950年代初頭にイタリアのデザイナー、カルロ・ハウナーがメタルチューブと細長い木の板で作った四角い椅子2脚が置かれ、ハンギングベッドが船のロープで吊り下げられている。マスタースイートにはチリのアーティスト、ケネディ・バイアが1970年代に制作した、クチバシの大きな鳥と植物が織り込まれたカラフルなタペストリーが飾られている。

そのそばにはルーマニア出身の家具デザイナー、ジャン・ジロンの1960年代のイカダチェア(木製フレームにハンモックのようなネットを結び、その上に厚みのあるレザークッションを置いた椅子)が、ひさしのあるベランダに面して置かれている。ここに来ると急に視界が開け、海が遠くに感じられる。東には木々の生い茂る熱帯雨林が広がっている。高いビルもリゾート施設も、太陽の光を浴びて輝く崖の上の豪邸もない。たとえ「カーサ・カジュエイロ」に飾られた往年のアーティストたちの作品がジャングルの中に消えてしまったとしても、新たなアーティストや職人がやってきて、ブラジルを「我が家」としながら、ブラジルらしい家具や工芸品でここを飾ることだろう。

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