TEXT AND PHOTOGRAPHS BY NOBUYUKI HAYASHI
毎年イタリア・ミラノで開催される世界最大級の家具とインテリアの見本市である「ミラノサローネ国際家具見本市」。こちらが開催される1週間にミラノ市内でもフオーリサローネ(見本市の外という意味)と呼ばれる各団体や企業・個人による自由展示も同時開催される。この1週間がミラノデザインウィークと呼ばれている。
最近、日本の中堅や若手のデザイナーを起用して急成長してきた会社がある。2012年に小関隆一さんがデザインしたボトル型のポータブルLED照明、Bottledを発売して以降、ポータブル照明の開発販売を中心に業態転換し世界的に成功しているAmbientecだ。田村奈穂さんがデザインしたTURNやTURN+も含め海外からも大きな注目を集め、たくさんの模倣品が出回るほどの人気商品となった。日本でも多くのレストランやホテルが採用しているため見たことがある人も多いだろう。その後も吉添裕人さん、松山祥樹さんなど注目の若手デザイナーの手によるポータブル照明を次々と開発し注目を集め続けていた。
そのAmbientecが今年、初めてミラノサローネの隔年開催見本市である国際照明見本市、Euroluce(エウロルーチェ)に出展。同社ブースに歴代デザイナーを勢揃いさせ、さらには大城健作さんとElisa Ossino(エリザ・オッシノ)さんというミラノを拠点に活躍する2人のデザイナーによる新作を発表。大城さんの新作は循環型素材であるアルミ素材を原材料として極めてシンプルな二次加工(切削加工)によって照明を生み出した。オッシノさんの「madco」は、幾何学形態の支えに360度好きな方向を向けられる球形の光源を設置した照明だった。日本のまだ若い会社が、日本の若いデザイナーの力を借りて海外でも大きな脚光を浴びている様子は日本のものづくりを勇気づけてくれそうだ。
ミラノデザインウィークに出展しているのはこうした企業ばかりではない。個人や企業所属のデザイナーが自らの考えや表現能力を示すために行っている展示も多いのだ。
若手デザイナーの登竜門と呼ばれ、厳しい審査を経た35歳未満のデザイナーに優待で出展を促している「SaloneSatellite」展もそうしたプロトタイプ製品が中心の展示会だ。今では世界的に有名な佐藤オオキさん率いるnendoも2003年の同展出展を大きな足掛かりの一つとしている。このミラノサローネが主催し同時開催するプロトタイプ展「SaloneSatellite」では、2010年から優秀な展示を表彰する「SaloneSatellite Award」を開始したが、今年、550人の参加デザイナーの中で最も優秀なデザインとして選ばれたのが、それぞれ別の会社または個人で活動する有志のデザイナー6名が結成したHONOKAというチームが出展した「TATAMI ReFAB PROJECT」だった。
廃棄される畳の原料であるイグサと生分解性樹脂である酢酸セルロースを混ぜて、イグサの魅力を残しつつも環境にもやさしい材料を生み出した。それを使って照明や椅子、テーブル、洗面台など8種の美しいインテリア製品にまとめている。日本の伝統的な造形や模様、自然美のニュアンスなどをうまく取り入れていたことも高く評価されていた。
すぐに製品化をする予定がなくても、こうしたプロトタイプ製品を形にすることで、デザイナーによる革新的なアイディアが世の中にどのように受け入れられるかを知ることができるし、普段は請負仕事も多いデザイナーのクリエイティビティやモチベーションをくすぶらせず開花させることもできる。そう考えて、ミラノサローネ開催中、ミラノ市内で同時開催されるフオーリサローネに積極的に出展しているメーカーの1つが楽器メーカーのヤマハだ。今年はミラノにあるアートギャラリーを使って「You Are Here」という展覧会を開催した。ミラノデザインウィークの中核となるミラノサローネは国際的な家具の見本市で、会期中の発表も家具のデザインが圧倒的に多い。そんな中、ヤマハのデザイナーが、フオーリサローネで楽器好きな人たちの視点から発想した11の家具を披露したユニークな展覧会で、多くの来場者を楽しませていた。
例えばSwing with meはギターケースにもたれながら立っていることが多いギタリストのためのギターケース型の寄りかかるための家具。他にもピアニカをまるで絵画のように壁に飾っておくための額縁型のスタンドや、フルートを最も美しく見える角度で置くことが出来るスタンド、コントラバスがまるで頬杖をついて寝ているような形で立てかけられる台、サックススタンドにも演奏者のイスにもなる台もあれば、交換した使わなくなったギター弦を生花のように挿しておく壁掛け花瓶のような作品などユーモアたっぷりの家具も多く会場には良い笑顔があふれていた。展覧会を企画したヤマハ デザイン研究所の川田学所長は「不確実性が高く変化の激しい時代だからこそ、大切な存在をリアルに感じられることがよりいっそう重要になっていると私たちは考えます」と語っている。
世界的な環境意識の高まりを受け、ここ数年、デザインイベントではどのような素材を使ってものを作るか、どのように作るかの議論は欠かせなくなっている。最近、世界各地のデザインイベントで話題を呼び続けている中堅の独立系デザイナーたちも共同展示「The Thinking Piece」で、こうした問いに対しての提案をいくつか示し注目を集めていた。
「The Thinking Piece」は、ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけにデザインジャーナリストの土田貴宏さんとデザインスタジオ「we+」の安藤北斗さん、林登志也さんが始めた多様な社会課題についてデザイナーが発信するための場。2022年4月に東京で行われた展示会に続く2回目の展示として、大規模な再開発が進行中のミラノ中央駅高架下エリアの「DROPCITY」というフオーリサローネの新しいエリアにて、we+、TAKT PROJECT、本多沙映さん、簑島さとみさん、太田琢人さんの5組による展示”Obscure Solutions”を開催した。
かつて通信に使われ廃棄された使用済み銅線でさまざまなオブジェを作る「Haze」というシリーズで世界的にも注目を集めたwe+は、同シリーズを含む不適切かつ複雑になりすぎてしまった人間と素材の関係の再構築を試みるリサーチプロジェクト「Urban Origin」の作品群を展示。ごみの集積所に足を運びリサイクルができず埋め立ててきたガラスやコンクリート破片を粉砕、これを現代社会の土に見立てて陶器を作成したり、使用済み発泡スチロールから家具を作成した試みを展示していた。アーティストとしての顔も持つ本多沙映さんは、動物愛護の観点から使われることが増えた一方で石油由来という側面を持つ素材、フェイクファーの工場を訪れ、その端材を集め、縫製不要のフェルティング手法でくっつけてラグほどの大きさの新しい毛皮に仕立てた「Cryptid」という作品を展示。展示会のタイトル通りの、これからの社会について考えさせられる展示の説明に多くの来場者たちが耳を傾けていた。
ミラノデザインウィーク期間中は、今回紹介した展示以外にもミラノの街の至る所で若手から大御所まで数多くの日本人デザイナーが新たな製品やプロトタイプなどの展示を行っていた。日本のブランド、日本のデザイナーというだけで注目を集めていることも少なくなかった。振り返ってみれば、日本の産業を世界に知らしめた初代トヨタカローラやソニーのウォークマンも製造技術、品質もさることながら、それ以前のデザインが素晴らしかったから世界に受け入れられた。
ものづくりの国、日本は実はデザインの国、日本なのかも知れない。それにも関わらず日本の企業経営者には相変わらずデザインの重要性に疎いところが少なくない。10月にはミラノデザインウィークをモデルにした日本最大のデザインイベント、DESIGNARTTOKYO 2023も開催される。これを機会に、もっと多くの日本の人々が、日本人デザイナーの発する声に耳を傾けてくれることを期待したい。
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