京都・祇園にこの春開業した帝国ホテル 京都。内装デザインを手がけた新素材研究所の榊田倫之に話を聞きながら、歴史的建造物の再生と記憶を引き継ぐ意義を読み解く

BY MARI MATSUBARA, PHOTOGRAPHS BY MAKOTO ITO

画像: 帝国ホテル 京都の外観

帝国ホテル 京都の外観

 京都の花街のひとつ、祇園。そのメインストリートである花見小路にはお茶屋や飲食店が軒を連ね、夕暮れ時にはお座敷からお座敷へと急ぐ芸妓・舞妓が艶やかな着物姿で往来する。その花見小路に面して、花街文化を象徴する「弥栄(やさか)会館」があった。芸妓・舞妓たちの修練の場である「祇園甲部歌舞練場」の敷地内に1936(昭和11)年に竣工したこの建物は、大小のホールを有する劇場建築だった。芸事のおさらい会などのほか、コンサートホールとして京都市民に親しまれ、国の登録有形文化財となったが、老朽化が進み、ここ十数年はあまり利用されなくなっていた。そんななか、この貴重な建築遺産を一部保存しながら再生・活用するというプロジェクトに手を挙げたのが「帝国ホテル」だったのだ。

 東京・日比谷、上高地、大阪にすでに開業している「帝国ホテル」は拠点を増やすことに慎重な姿勢を示しながらも、もし新規開業するなら京都でとの思いがあり、15年ほど前からリサーチが始まっていたと、帝国ホテル 東京 広報課長の山田純平は語る。
「『弥栄会館』のお話を受けたときにはこれ以上のロケーションはないと感じ、建物の保存・改修・増築を『弥栄会館』の建設に携わった大林組に依頼し、内装デザインを『新素材研究所』にお願いしました。歴史ある文化財としての価値と、非日常空間である劇場としての記憶をもつこの建物を未来に継承すること。日本文化の中核である京都の美意識や精神性を表現しながら、ホテルとしての落ち着きとくつろぎを提供すること。我々が望んでいたこの二つの点を最も深く理解し、デザインとしてくみ取っていただけたのが『新素材研究所』の榊田倫之さんだったからです」(山田)

画像: 榊田倫之(さかきだ・ともゆき) ●1976年滋賀県生まれ。2001年京都工芸繊維大学大学院建築学専攻博士前期課程修了。2008年に現代美術作家の杉本博司とともに新素材研究所を設立。代表作に「江之浦測候所」「MOA美術館」(改修)、「ヴィラ・クゥクゥ」(改修)など。 (※榊=木へんに神)

榊田倫之(さかきだ・ともゆき)
●1976年滋賀県生まれ。2001年京都工芸繊維大学大学院建築学専攻博士前期課程修了。2008年に現代美術作家の杉本博司とともに新素材研究所を設立。代表作に「江之浦測候所」「MOA美術館」(改修)、「ヴィラ・クゥクゥ」(改修)など。
(※榊=木へんに神)

既存の建物がもつ秩序の中に
ホテルとしての機能と快適性を確保する

画像: 宿泊者ラウンジのコンシェルジュデスク。杉本博司が土佐派の絵画から松と竹を引用しデザインした襖絵。照明や家具はすべて「新素材研究所」が今回のためにデザインした

宿泊者ラウンジのコンシェルジュデスク。杉本博司が土佐派の絵画から松と竹を引用しデザインした襖絵。照明や家具はすべて「新素材研究所」が今回のためにデザインした

 玄関のある南面の壁および一部躯体と花見小路側の西面の壁のみを保存し、それ以外はすべて解体して増改築するという大工事。それだけに難題が多かったと榊田は振り返る。

「ファサードを残すということは、窓の位置も階高も決まっている中で空間づくりをしなければなりません。天井高が十分に取れないので吹き抜けのような大空間はつくれませんが、それをデメリットと捉えるのではなく、水平方向に広がっていく空間づくりを目指しました。ヨーロッパのマナーハウスがホテルに改築されているのと同様の、小さくても上質な空間に仕上がったと思います。また上階に行くにつれてフロア面積も狭まるので、単純に同じ形の客室を並べるというわけにはいかず、ひとつひとつの客室をオーダーメイドのように設計しました」(榊田・以下同)
 正面玄関を入ると、宿泊者だけが通れる自動ドアの先にラウンジが広がっている。コンシェルジュデスクの背景には松竹図の襖絵が。これは「新素材研究所」を榊田とともに率いる現代美術作家の杉本博司が、室町時代の土佐派の作品から引用したモチーフを使ってデザインし、和紙にプリントしたものだ。これだけでなく、館内のいたるところに点在するアートのセレクションにも、杉本の審美眼が貫かれている。

 宿泊者は到着するとまずラウンジに通され、チェックイン手続きを行う。館内のすべての家具は榊田がこのホテルのためにデザインしたオリジナルだが、ラウンジのソファもそのひとつで、座面があえて低くなっている。座ったときの視線は、ホテル空間には珍しい和風の掛け込み天井に導かれて、窓の外の庭に向かうよう計算されている。掛け込み天井のなだらかな傾斜は窓の外の庇(ひさし)へと続き、内外の空間をつないで境を紛らかす。これが榊田の言う「空間の水平方向の広がり」であり、数寄屋建築によく見られる手法なのだ。しっとりと濡れた敷瓦や石積みの庭を眺めながら、宿泊者は到着後の疲れを癒やすひとときを過ごす。

画像: 宿泊者ラウンジ。傾斜のある掛け込み天井が視線を窓の外の景色へといざなう

宿泊者ラウンジ。傾斜のある掛け込み天井が視線を窓の外の景色へといざなう

 見渡すと、館内のいたるところに国産の木材や石材が多く使われていることも特徴的だ。
「『新素材研究所』は針葉樹系の木材をよく用いるのですが、今回はホテルでの使用に耐えられるよう、丈夫な広葉樹であるケヤキを多く使っています。ソファやテーブルなどの家具のフレームもケヤキです。客室の水回りも含め、できるだけ突つき板いた(化粧合板)ではなく無垢材を使いました。手ざわりが圧倒的に違いますし、この先何十年も存在しつづける名門ホテルにふさわしい重厚感があり、経年による変化が味わいとなっていく天然素材を使うべきだと考えたからです。また木も石も、可能な限り国産のものを使っています。そこには、需要が減り、縮小の一途をたどりつつある国内の木材・石材産業やそこに関わる職人技の継承の一助になればとの思いもあります」

 ラウンジの床や壁には、沖永良部島(おきのえらぶじま)産の田皆石(たみないし)を使っている。柔らかいクリームベージュ色の石灰岩は、よく見ると巻貝の化石が交じっていることもあるとか。
「田皆石を使ったのには理由があります。解体直前の『弥栄会館』を見学させていただいたとき、貴賓室に芭蕉の葉のエッチングレリーフのパネルがあり、それを田皆石の台座が支えていました。僕の想像ですが、寒い京都で南方の植物や石に思いを馳せたのかもしれませんね。これを壊すのはあまりにももったいないので、エッチングレリーフはオールデイダイニング『弥栄』の入り口に再利用し、田皆石の記憶を引き継ぐように、ラウンジの床材と壁材にこの石を使うことにしたのです」

画像: 1936年竣工当時の「弥栄会館」を写したもの。1枚目の写真の現在のファサードと比べると窓の数が変わっているが、それ以外は元のままであることがよくわかる。旧来の外壁タイルの一部を再利用し、銅板瓦葺屋根はすべて葺き替えて竣工時の外観を再現した 写真提供/帝国ホテル

1936年竣工当時の「弥栄会館」を写したもの。1枚目の写真の現在のファサードと比べると窓の数が変わっているが、それ以外は元のままであることがよくわかる。旧来の外壁タイルの一部を再利用し、銅板瓦葺屋根はすべて葺き替えて竣工時の外観を再現した

写真提供/帝国ホテル

画像: 当時の貴賓室。オールデイダイニング「弥栄」の入り口に再利用された芭蕉の葉のレリーフが右端に見える 写真提供/帝国ホテル

当時の貴賓室。オールデイダイニング「弥栄」の入り口に再利用された芭蕉の葉のレリーフが右端に見える

写真提供/帝国ホテル

画像: ヘリテージジュニアスイートキング。窓枠デザインは当時のものを踏襲している

ヘリテージジュニアスイートキング。窓枠デザインは当時のものを踏襲している

画像: 地下のプール。巨大な北木石の壁面が洞窟のようなイメージ

地下のプール。巨大な北木石の壁面が洞窟のようなイメージ

画像: 帝国ホテル初のカウンターフレンチレストラン「練」。背景には左官職人・久住誠による、風の揺らぎを表現した研ぎ出しの壁が

帝国ホテル初のカウンターフレンチレストラン「練」。背景には左官職人・久住誠による、風の揺らぎを表現した研ぎ出しの壁が

画像: 7 階のオールドインペリアルバーは宿泊者以外も利用可能

7 階のオールドインペリアルバーは宿泊者以外も利用可能

シグネチャーカクテルの「マウント比叡」。東京のオールドインペリアルバーの代表的カクテル「マウント フジ」に抹茶や水尾の柚子など京都の素材を加え再構築した。イエローのチェリーで月を表現

弥栄会館の記憶と帝国ホテル2代目本館の
F・L・ライトの意匠を引き継ぐ

1階エレベーターホールの壁面は田皆石をカーヴィング加工してドレープのような仕上げに

 今回のプロジェクトは国の登録有形文化財の保存・再生という点で、途方もない知恵と労力が注ぎ込まれている。たとえば既存の外壁タイルは、大林組の職人がすべて一枚一枚はがしてモルタルを取り除いた結果、全タイルの約10%にあたる1万6000枚余りは、耐久性が確認できたため再利用し、足りないぶんは現物と変わらぬ色形のタイルを新たに製作した。緑青(ろくしょう)が吹いていた銅板瓦葺屋根はすべて葺き替え、軒先の丸瓦の「歌」という文字のレリーフも再現した。こうした遺産を引き継ぐ精神は、内装デザインにも貫かれている。「ひとつは『弥栄会館』の記憶の継承です。先ほどお話しした芭蕉葉レリーフと田皆石の例のほかに、竣工時から外壁に使われている北木石(きたぎいし)という瀬戸内海で採れる石を、洞窟をイメージしたプールサイドの壁に使いました。外壁の石は研磨されており、プールサイドに使ったほうは荒々しい岩肌ですが、同じ石種なのです。また『弥栄会館』の食堂の壁にあった千鳥のモザイクを生け捕りして額装し、いくつかの客室に飾りました」

 もうひとつの継承、それは帝国ホテル2代目本館を設計したフランク・ロイド・ライトのデザインを引き継いだことだという。
「建築がお好きな方なら、1923(大正12)年に建てられ、現在は愛知県犬山市の『博物館明治村』に中央玄関部分が保存されている『ライト館』を思い出されるでしょう。大谷石をふんだんに使い、幾何学的な意匠がちりばめられたあの建物へのオマージュを、今回の内装デザインに込めています。『弥栄会館』は『ライト館』より13年遅れて竣工していますが、ともに後期アール・デコの趣が感じられる建物です。その雰囲気を引き継ぐように、家具や照明のデザインに多角形を多く用いています。また1 階と2 階をつなぐ階段脇の壁や、オールドインペリアルバーの壁に大谷石を使っていますが、それもライトの時代に採掘された大谷石と同じ層の、白っぽい色の石を選んでいます。こうしたディテールの部分で、『帝国』というホテルブランドが紡いできた100年以上の歴史を表現することができたのではないかと思っています」

階段脇の大谷石は、F・L・ライトが帝国ホテル2 代目本館に使ったものと同時代のものを選んだ

ライトの時代のテラコッタの意匠を鋳物にして壁にはめ込んだ

 全55室という、これまでの帝国ホテルの規模に比べるとこぢんまりとしたサイズながら、そこに惜しみなく良材が使われ、日本の職人技術の粋が注ぎ込まれ、隅々まで質の高いラグジュアリーな空間が生まれた。
「ホテルを手がけるのは初めてでしたが、これまでに丹波篠山の『小田垣商店』や、東京・銀座の『和光本店地階』などの文化財建造物の改修を通して得られた経験が、大きな実を結んだと感じています。古い建物を再生し、未来へつなぐという今回のプロジェクトに、我々が創設以来掲げる『Old Is New 古いは新しい』というフィロソフィーがまさに適合しました。海外からの方も含めてここにいらっしゃるお客さまが期待する京都らしい和風のイメージと、『帝国ホテル』というブランドがもつ歴史、そして花街の象徴としての『弥栄会館』の記憶を複層的に重ね合わせた、唯一無二のホテルになったのではないかと思っています」

一部客室のバルコニーからは、再現された外壁タイルやテラコッタのレリーフが間近に見える

「弥栄会館」の食堂の壁にあった千鳥のモザイクの部分をカットして額装し、いくつかの客室に

「弥栄会館」の貴賓室にあった、銅箔貼りしたガラスに芭蕉の葉のエッチングを施したパネル。オールデイダイニング「弥栄」の入り口に再利用されている

「帝国ホテル 京都」は2026年3月5日にグランドオープンした。その後すぐに桜の季節が到来、そして隣接する「祇園甲部歌舞練場」では4 月いっぱい「都をどり」が開催されるなど、しばらくは開業を寿ことほぐにぎやかさに包まれることだろう。しかし、これは単に新スポット誕生という話題だけにとどまらない。これからの日本のホテルに求められる和風のおもてなしのあり方と、文化財を再生し活用していく好例を示している点で稀有であり、見守っていきたいホテルなのだ。

帝国ホテル 京都
住所:京都市東山区祇園町南側570の289
TEL:075-531-0111
1 室2名利用の場合の室料1泊¥164,500〜(サービス料込、宿泊税別)
https://www.imperialhotel.co.jp/kyoto

▼あわせて読みたいおすすめ記事

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.