BY AIMEE FARRELL, PHOTOGRAPHS BY INGER MARIE GRINI, TRANSLATED BY MAKIKO HARAGA

イーダ・エークブラッドがオスロに新しく構えたアトリエ兼プロジェクトスペースはブルータリズム様式で、設計者はヤン・インゲ・ホーヴィグ。このリビングにはヴィンテージ家具、小上がりには彼女の作品が並ぶ。左から2番目の絵はレースがモチーフで、床の上の彫刻と呼応している。
ノルウェー人アーティストのイーダ・エークブラッドは子どもの頃、彼女たちが一家で暮らすオスロ北東部にあるアパートメントのキッチンで、何時間もテーブルに向かい、ひとりで物語を口ずさみながらスケッチをしていた。こうして描いた絵をいろいろなものやファブリックと組み合わせると、彼女独自の小さな世界ができあがった。そしてこれらの物語の場面を写真に収め、永久保存した。
45歳になった今も、エークブラッドは複数の表現方法を用いて制作している。とりわけ、生き生きとしたジェスチュアル絵画(註:画家の身体的な動きや感情をカンバスにぶつける抽象的な技法)で知られている。作品に惜しげもなく投じられる素材は、油絵の具(ひとつの作品につき5~80回ほど塗り重ねる)、水彩絵の具、銀箔、プラスティゾル(ポリ塩化ビニルを主成分とするインク)、溶融ガラス、エナメル、パフインクなど、実に多種多様だ。パフインクは発泡剤を含むインクで、エークブラッドが初めてこれを使ったのは1990年代のこと。10代だった当時、彼女はこれでTシャツに装飾的なプリントを施していた。近年は、グラフィティを匂わせるような文字を刻む表現をするときに使っている。
エークブラッドの作品には、アニメキャラクターのタッチをまねて描いたようなイルカや、ダブルアーチ(マクドナルドの看板を彼女自身がこっそりと持ち帰ってインクと漂白剤に浸し、それをもとに描画したものをスタンプとして使う)も登場する。彼女のアートは哲学的メッセージの発信というよりも、純粋に作家としての表現だ。
絵画以外にも、エークブラッドはブロンズ彫刻、コンクリートや廃品置き場で拾ったものなどを寄せ集めてつくるアッサンブラージュも制作するほか、映画、家具、テキスタイル、陶器、パフォーマンスなどにも挑戦している。最近の取り組みは、オスロのフログネル地区にある自身の新しいアトリエ兼プロジェクトスペースだ。そこはブルータリズム様式の2階建ての建物(1966年竣工)で、地元の実業家だった施主のハンス・ヘンリック・ヘガードにちなんで「ヴィラ・ヘガード」と呼ばれていた。設計者はノルウェー北部のトロムソの北極教会を手がけた建築家、ヤン・インゲ・ホーヴィグだ。

ダイニングルーム。テーブルはミッドセンチュリー(アルヴァ・アアルト)、ペンダントライトは1970年製(アンジェロ・ブロット)。エークブラッド作の絵画は厚塗りの油彩、鳥かごのような彫刻はスチールとラッカー。
ベトン・ブリュ(コンクリート打ち放し)を用いたファサードは、四角いブロック状のコンクリートをキャンティレバー(註:一方の端は壁や柱に固定し、もう片方は張り出させて宙に浮くような建築様式)にして、その上に、ドミノのようにコンクリートのグリルを垂直に並べているのが特徴的だ。広さは約480㎡で、かつては住宅として使われていたが、この地区に立ち並ぶ新古典主義様式の集合住宅や山小屋風の邸宅とは一線を画す。
「こうしたモダン建築はノルウェーでは珍しいのです。ブルータリズム建築なんて醜悪だと、誰もが思っていたに違いありません」とエークブラッドは話す。彼女はここから約1.6㎞離れたところで、アーティストで作家の夫、マティアス・ファルバッケンと、10代の娘リーリヤと暮らしている。その自宅もコンクリート造りのヴィラで、1932年に建築家のオッドムンド・アインドリーデ・シュロットの設計によって建てられた。「自分のアートがとてもカラフルで、ごちゃごちゃしていて、みずみずしいからかもしれませんが、私は直線を多用した家が好きなのです」とエークブラッドは言う。
ヴィラ・ヘガードの存在は彼女もかなり前から知っていたが、ようやく2021年に初めて、建物の中に入った。その当時、彼女はオスロの南西に位置するスナロヤ半島で、格納庫のような広々としたスペースを使って制作していたのだが、「これまでとは違う何か」を渇望していた。ひとつのプロジェクトにおいて、考える時間と実際に作品を生み出す段階を区別したかったし、自分の作品がいつどのように鑑賞されるかを自分でコントロールできるようにもしたかったのだ。一方で、エークブラッド自身が2016年に共同出資者としてプロデュースした「Schloss」(オスロ市内にあったポルシェの修理工場を改装してつくった展示スペースだが、現存していない)をつくったときのDIY精神が懐かしくなったというのもある。「昔みたいに自分から人を招きたくなった」とエークブラッドは言う。
ある友人のつてで、クリスティン・ムスタッド・ベヴレンを紹介された。「ヴィラ・ヘガード」を買い取り、その修復工事を監督していた建築家だ。エークブラッドは2024年の秋からこの建物を借りている。「ここでなら何か面白いことができるんじゃないか。そんな予感がしたんです」

2階のアトリエ。玉虫色の吹きガラスのペンダントランプはブラックライト照明で、エークブラッドの作品。壁に立てかけた2点も。右はショッピングカートの車輪に溝を彫って絵の具を塗り、カートをカンバス上で動かして制作。
エークブラッドのアトリエは、ヴィラ・ヘガードの2階にある。天井が低く、両端が窓で仕切られている部屋だ。その一角に、明るいオレンジ色のラッカー塗装が施された木製の机が置かれている。これはエーロ・アールニオによるデザインだ。そのすぐ横に二つ並べて置かれているメタル製の業務用テーブルは、どちらもアートの本や絵筆やパレット、彫刻作品の縮小モデルなどで埋め尽くされている(彼女はオスロの中心部に別のアトリエを持つ。そこでは大型の作品を制作し、時には毒性のある素材を扱う)。
廊下の先にはシンプルに設(しつら)えたベッドルームがある。夜遅くまで仕事をしたときにエークブラッド自身がこの部屋に泊まることもあるが、オスロに滞在するアーティストたちに提供するようにしている。1階にはスペースがかなり限られた部屋がいくつもあるのだが、これらは小さなギャラリーとして使っており、彼女の過去の作品が展示されている。たとえば、廃棄されていた工業用パイプとバドミントンのラケットをアップサイクルしたアッサンブラージュ(2019年)、洗いざらしのリネンの上にアクリル絵の具とパフペイントを混ぜた顔料を重ねて“Ecstacy 1994”という文字を刻んだ作品(2016年)など。これらはヴィラのオープニングを記念して2月から始まった展示の一部で、期間中鑑賞することができる。次はここでアメリカ人アーティスト、ジョー・ブラッドリーの作品が展示されることになっている。
メインのリビングがあるあたりの天井材にはベイマツが使われており、段差があるスペースの床にはテラゾー(註:人造大理石の一種)があしらわれている。エークブラッドはこの空間をくつろげるエリアにした。友人であるノルウェー人ファッションデザイナーのミカエル・オーレスタッドの力を借りて揃えた家具は、あえてモダニズム以降のさまざまな異なる様式のものを選んだ。「あるひとつのスタイルに特化した博物館のような感じにはしたくなかったのです」とエークブラッドは語る。
造りつけの本棚に立てかけた三つのカンバスの前には、ヴィンテージのベルベットソファを配した。オズヴァルド・ボルサーニのもので、その赤いシャーベットのような色は彼女のお気に入りだ。オリーブ色のレザーのクラブチェア(註:一人掛けソファ)は、1970年代頃のもの。作家はミッドセンチュリーのクラウディオ・サロッキで、ソルマーニ社が販売していた。これらの家具の下にはカスタールのカーペットが敷かれていて、その鮮やかな青色が、建築された当時から残る古い床板のほつれと調和している。
対面にある部屋にも同じ青色のカーペットが使われ、その上にチークとバーチの木材を組み合わせてつくられたミッドセンチュリー様式のダイニングテーブルが置かれている。この家具の作家はアルヴァ・アアルトで、アルテック社製だ。同じ部屋の天井から吊り下げられているのは、アルミシェードがついたペンダントライト。アンジェロ・ブロットが1970年にデザインし、エスペリア社によって販売されていたものだ。
これらの家具とともに、エークブラッド自身の作品も置かれている。リビングルームの壁に飾られた幾何学的なフォルムの壁掛け彫刻はUFOになぞらえたもの。銅タイルに手作業でライムグリーンのエナメルと銀箔を貼り、ガラス細工を施した円形パネル(内蔵されたLEDライトが光る)を埋め込んだ作品だ。すぐ横のパティオには、木材とメタルを合わせてつくったキャンディストライプ柄のベンチが置いてあり、鉄くずを曲げてつくった、くねくねとした形の椅子も並んでいる。パティオの真上にはプランジプール(註:バルコニーなどに設置される、リラックスすることを目的とした小さなプール)があり、エークブラッドはそのコンクリートの底に椰子の木を抽象的な表現で描こうかと思っている。

2階のベッドルーム。オスロに滞在するアーティストたちに提供することもある。ブランケットは2019年にメキシコシティで開催されたエークブラッドの展覧会用に、現地の職人が製作。紙に油絵の具で描いた作品は彼女自身によるもの。
彼女は、このヴィラ全体をひとつのアート作品、しかも自分が好きなときに生活することもできる場所としてとらえるようになった。つい最近、あるプロジェクトの制作が一段落したタイミングで、フォンデュをふるまう夕食会を開いた。「なんとなく、フォンデュがこの家に合っていると思って」とエークブラッドは言う。リビングルームでの朗読会やコンサート、地下室での映画上映など、その時々に思いついたことをやってみるつもりだという。
米国テキサス州西部の町マーファで今も多くの人々に影響を与えるアート財団を築いたドナルド・ジャッドに敬意を表して、「ここは私のリトルマーファ」とエークブラッドは言う。ヴィラのファサードの右上に、グラフィティ調の書体で“Spettacolo”と書かれたエナメル製の看板を掲げた。イタリア語で「スペクタクル(目を見張るような光景)」を意味する言葉だ。「ノルウェー語の『spetakkel(スペタッケル)』は『ノイズ』や『大騒ぎ』、要するに制御不能の場所を意味します」とエークブラッドはつけ加える。
「私はこれまでずっと、つねに混沌としていて慌ただしい状況に身を置いて生きてきました。父はそんな私のことを『つむじ風』と呼んでいました。ここは、自分のそうした一面を大切にできる場所なのです」
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