BY ALEXA BRAZILIAN, PHOTOGRAPHS BY SIMON WATSON, TRANSLATED BY YUMIKO UEHARA

トッド・ニッキーとグレッグ・ホルコムがカリフォルニア州パサデナに持つ家のDEN(スモールスペース)。英国のブランド「ラッシュ マターズ」によるい草編みラグの上に、同じく英国の家具ブランド「ジョージ・スミス」のソファを置き、「クリストファー・ハウ」のファブリックで覆っている。ソファの上の絵はパメラ・モウワー・コナー作。コーヒーテーブルはメキシコの家具ブランド「キャサミディ」、オットマンは「マルニ」。壁は塗料ブランド「ファロー&ボール」の「ビスク」というカラーで塗装。
OPPOSITE: LARGE PAINTING ON WALL: PAMELA MOWER-CONNER, “PERIHELION,” 2024 © PAMELA MOWER-CONNER
数世代にわたり受け継がれてきた家は、独特の優美な風情を漂わせることがある。相続されてきた家具などが、新たに追加される品々と同居して、刻んできた歴史や思い出の地図を描くのだ。
ロサンゼルスのデザイン事務所「ニッキー・キーホー」の共同創業者トッド・ニッキーと、彼の夫で不動産エージェントのグレッグ・ホルコムは、先祖代々住み続けた家をそのまま受け継ぐ幸運には恵まれなかったものの、奇妙な縁で、それにきわめて近い状況になった。2015年にカリフォルニア州パサデナに購入した広さ約350㎡の邸宅は、1927年に建てられ、ホルコムの父方の祖父母が1950年代から60年代にかけて所有していた家だったのだ。60歳になるホルコム自身が、幼少期に幸せな夏の日々を過ごした場所でもあった。

裏庭。イトスギ、コショウボク、グレープフルーツの木々と、サルヴィア、オリーブの低木、ラベンダーなど、乾燥に強い植物たち。
現在59歳のニッキーが、ビジネスパートナーのエイミー・キーホーと営むデザイン事務所は、温かくも密な美的センスで知られている。丘の上に立つ長方形の邸宅は、まさにそうした美意識、ヨーロッパ的洗練性を帯びた肩肘張らないカリフォルニアスタイルを表現するキャンバスとして最適だった。かつての家族の家というだけでも心躍るが、ホルコムが祖父母の一番上等な家具などを保管していたおかげで、いっそうオーセンティックな趣が増している。いつかそれらの家具はこの家に戻るとわかっていた、そんな気がする─とホルコムは言う。
この家に戻るまでの経緯には、運命の紆余曲折があった。ホルコムの祖父母は1972年にワシントンDCへの転居が決まり、家を手放した。家は一家にとって思い出の中だけに残る存在になった。買い手はメリールー・イングラムという科学者で、市内にあるNASA関連の研究所「JPL(ジェット推進研究所)」に所属していた。彼女は2013年に90代で亡くなる直前、母校ロチェスター大学に遺産として現金を寄付することを決意する。奇しくもホルコムの父グラントが、同大学付属美術館で長らく館長を務めていた。イングラムの意向を知った父は、息子を連れてカリフォルニアに飛び、邸宅内を見学した。このときイングラムは存命中で、父に同行したグレッグに、パートナーであるニッキーを連れてまたいらっしゃい、と誘ったという。その後も何かとやりとりがあり、数年後の葬儀の場で、ふたりはイングラムの姪に引き合わされた。テキサス在住の姪は邸宅の中身を相続していた。「『おばから、あなた方とぜひお知り合いになるよう言われていました』と彼女は言っていた」とニッキー。遺された家具の整理や売却を手伝ったのだが、その終盤で姪が持ち掛けた。「よかったら、この家をお買いになりませんか?」
サンラファエルヒルズの岩盤に沿って建つ邸宅は、アシエンダ様式(素焼き瓦の勾配屋根、多くの部屋が中庭に面して開かれた配置など、スペインの大農園を模した素朴な雰囲気の建築様式)の設計で、州内最古の会員制ゴルフコースのひとつを有する「アナンデール・ゴルフクラブ」を中心に発展した住宅地の一角にあった。邸宅内は驚くほど手つかずで、褐色の梁を現した天井も、あえて均一に仕上げていない漆喰の壁も、かつてのままだ。ニッキーは5つあった寝室のうち3つを共有スペースに転用し、リビングに敷かれていた毛足の長い白の絨毯は撤去して、元の板張りとレンガの床を復元した。建物の構造をいじったのは、配膳室だった部分を一体化させて拡張したキッチンだけ。それから数部屋を鮮やかな緑や橙色に塗り直し、別の部屋には古きヨーロッパの田園風景を彷彿とさせる壁紙を貼った。デザイン事務所「ニッキー・キーホー」が手がけた家具と、ホルコムが受け継いだ品々のほかに、緻密な柄のラグ、地元の蚤の市での掘り出しもの、スカンジナビアやヨーロッパの骨董品などもある。「自分はいったいどこにいるんだろう、と思ってくれたらうれしいね」とニッキーは言う。

リビング。暖炉の上の絵はロサンゼルスの戦後の芸術家ロバート・チューイの作、コーヒーテーブルは「ニッキー・キーホー」、革製の薪入れはレザーブランド「エッツィ」、クッションスツールは骨董品。
ARTWORK ABOVE FIREPLACE: ROBERT CHUEY, “UNTITLED,” 1954 © THE ESTATE OF ROBERT CHUEY
そんな不思議な美しさが何より表れているのがリビングだ。家の一方の端に配され、小さなテラスからブドウ栽培で知られるアロヨセコの景色を見晴らせる。床にはコーカサス地方のラグが敷かれ、その上にグレーに塗った木製のコーヒーテーブル。取り囲む椅子は、英国の家具デザイナー、T・H・ロブスジョン・ギビングスがデザインしたスリッパチェアで、ホルコムの祖父母が所有していた。深緑色をしたベルベットのソファカバーは、ロンドンの生地販売大手「クレアモント」のもの。傍らに黒いグランドピアノもある。奥の壁には緑豊かな風景を描いた17世紀のオービュッソン織の壁掛けと、アンティークのマホガニー製キャビネット。アーチ状の開口部から3 段の段差で続くダイニングルームの床はレンガ敷きだ。錬鉄製シャンデリアの下には栗色に塗られたダイニングテーブルと、「ニッキー・キーホー」がデザインしたスリッパチェア6 脚。チェアカバーに使われているアイビー模様のリネンは、ベルギーのインテリア・アーキテクト、ヘルト・フォールヤンスによるものだ。

書斎。壁の塗装は「ファロー&ボール」の「イヤーブリッジ・グリーン」。「ニッキー・キーホー」のソファを覆うカバーは「ピエール・フレイ」のもの。ヴィンテージのトールペイントのテーブルとキャスター付きワゴンは、ミッドセンチュリー期に活躍したハンガリー人デザイナー、マシュー・マテゴの作。
キッチンと一体化させた配膳室の思い出として、ダイニングルームのスイングドアを残し、かつてテーブルの下の呼び出しボタンとつながっていた壁のベルも残した。キッチンの床は白黒チェックのリノリウムで、キャビネットは白く塗装し、高級壁紙ブランド「パピエフランセ」のツタと雄鶏をテーマにした壁紙を貼っている。使用人部屋だった傍らの小部屋は、今はエメラルドグリーンの書斎兼ブレックファスト・ヌック(註:軽食をとるスペース)だ。「ニッキー・キーホー」のソファには、フランスのインテリアブランド「ピエール・フレイ」の古いシノワズリ風ファブリックを張っている。ヴィンテージのトールペイントのテーブルがあり、反対側の壁は本棚だ。壁にかけた数枚の絵のそばに、1950年代のドイツ製鳩時計。ふたりの亡き愛犬、ドーベルマンのキャロルを描いた古い油彩画は、カリフォルニア州オークランドで活動するアーティスト、メーガン・アドキンスに依頼して作られたものだ。
ピオニーピンクに塗ったDEN(スモールスペース)に鎮座する青緑色の大きなキャンバス地ソファは、歌手兼俳優のオリヴィア・ニュートン・ジョンのものだった。彼女のマリブの自宅を購入した人と仕事上の縁があり、このソファを譲ってもらった。
主寝室にはメキシコ製のアンティークの木製ベッドがあり、奥の壁には木の梢が描かれた壁紙を貼っている。

主寝室。壁紙は「イクセル」、曲線を描くヘッドボードはメキシコ製、ベッドカバーは「ジョン・デリアン」。

「スーザン・デリス」のドレープカーテン
家を手に入れてからの約10年間、ニッキーはここを一種のデザイン実験室として活用している。特に、以前は客室、今は彼の衣装部屋兼オフィスでもある部屋は、オリーブ色のコーデュロイのスカートつきデイベッドと、ストックホルムのブランド「ノルディックノット」のウール絨毯が特徴的だ。今はつや消しの橙色で塗られている壁は、絶妙な色みのグリーンを目指して過去に4 回塗り直したが、納得がいかなかった。壁と床を白くしたり、黒のラッカー仕上げを試してみたりして、結局は燃えるような橙色に落ち着き、床は白木仕上げにした。家全体が「体温で色の変わるおもちゃの指輪のよう」とニッキーは表現する。

客室のバスルーム。ボタニカル柄の壁紙は「ニッキー・キーホー」のもの。床のタイルは地元産で、この家で最初から使われていた。照明は「ウォーターワークス」。
とはいえ、さまざまなアイデアが入り乱れ、塗り直しをしたり、多様な品物が出たり入ったりする中でも、変わらずにデザインの核となっているのが、ホルコムが受け継いだ先祖の品々だ。祖父母のクロゼットを照らしていた1920年代の壁づけ照明や、今もダイニングテーブルの上に吊るされている葉のモチーフの錬鉄製シャンデリアなどが、新たな意味をもって飾られている。ステイン仕上げのオークの玄関テーブルには、かつて祖父母がフォルクスワーゲン・カルマンギアのキーや郵便物を置いていたが、今は1960年代のスウェーデンの抽象画を飾っている。「このバランスが効いているんだよ」とニッキー。「私も一族に迎え入れられたような気にさせてくれる」─歳月を経て、ついにそうなったのだ、と。
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