BY HISAE ODASHIMA, PORTRAIT BY SHINSUKE SATO
女奴隷リューの役は、主役のトゥーランドット以上に観る者の胸を打つ。リューは王子カラフに恋心を寄せ、カラフの父である皇帝ティムールの世話をしながら、最後は高貴な王子を守るために命を捧げる。「私は基本的に、リューはカラフに触れてはいけない存在だと思っています。それくらいカラフは遠い人なのです。ただ一度、気まぐれに向けられたほほ笑みで彼女は恋に落ちるのですが、カラフにしてみれば本当にほほ笑んだのかどうかもわからない。恋をするときって、そういうものですよね(笑)。
演出によっては裸のカラフに口づけをしたり、彼が歌う『泣くな、リューよ』の場面で手を差し伸べてもらうこともある。いろいろな可能性があるわけですが、私は、リューは純粋で自己犠牲的で、尊敬する人たちを飢えさせないためには自分は泥を食べてもいいという芯の強さを持っている女性だと思います。観る人がかわいそうだと思うだけで、彼女自身は強いのです。死ぬまで一生懸命生きている、その一途さを表現したいと思っています」

2006年新国立劇場で上演されたモーツァルト作曲『イドメネオ』ではイーリア役を好演。新国立劇場で演じた初の主要な役となった
PHOTOGRAPH BY CHIKASHI SAEGUSA
2007年と2017年には新国立劇場『フィガロの結婚』で得意とするスザンナを演じ、演技、歌唱ともに大きな評価を得た。「新国立劇場の研修所で学んでいたので、その舞台に立てたときは本当にうれしかった。スザンナは真剣に勉強を重ねてきた役でしたが、今は声質も少しずつ重くなってきていますし、レッスンでも重めの歌を歌うようにしていて、スザンナのようにモーツァルト・オペラの軽い声からは卒業しつつあります。
これまでは、プッチーニの『蝶々夫人』のようなドラマティック・ソプラノの素養が求められる役の依頼がきても、声を守るためにお断りしていたんですが、今度イギリス・マンチェスターのハレ管弦楽団、それにアメリカではフィラデルフィア管弦楽団と、“蝶々さん”を歌います。自分の中でもシフトチェンジを進めている最中といったところですね」

新国立劇場では2007年と2017年にモーツァルト作曲『フィガロの結婚』のスザンナ役を演じた。リュー役と並んで出演回数も多く、世界中の歌劇場で好評を得た当たり役
PHOTOGRAPH BY MASAHIKO TERASHI
必死で自分を鍛えてきた30代。しかし40代になってから、さまざまな変化が訪れたと中村さんは語る。「ロイヤル・オペラ・ハウスに行く前にはオランダのオペラスタジオで歌っていたのですが、英国に移る私に、ネザーランドオペラの合唱指揮者の方がはなむけにくれた言葉があるんです。『エリ、アマチュア精神を忘れてはいけないよ』と。ショービジネスの世界に入ると、自分が歌を愛していることをつい忘れてしまう瞬間もあるかもしれない。私は歌を愛していますが、確かに、日々やるべきことに忙殺されてしまう期間がありました。
30代は鍛錬、鍛錬で必死に走り続けてきたけれど、3年前にフリーランスになって、あのときいただいた言葉が脳裏をよぎるんです。去年『椿姫』を歌って、自分はもっとイタリアオペラを歌いたいのだということに気づきました。自分自身、音楽の中で激してしまう性格なので、今後はよりドラマティックな役もやってみたいと思っているんです」
理知的な言葉の合間から、燃えるような情熱があふれ出す。純粋で芯の強い、まさにイタリアのオペラ・ヒロインのような歌い手だ。
オペラ夏の祭典2019-20 Japan-Tokyo-World
『トゥーランドット』
会場・公演日:
東京文化会館 大ホール 7月12日(金)・13日(土)・14日(日)
新国立劇場 オペラパレス 7月18日(木)・20日(土)・21日(日)・22日(月)
びわ湖ホール 大ホール 7月27日(土)・28日(日)
札幌文化芸術劇場 hitaru 8月3日(土)・4日(日)
問い合わせ先
東京文化会館チケットサービス
TEL. 03(5685)0650
新国立劇場ボックスオフィス
TEL. 03(5352)9999
公式サイト