BY HISAE ODASHIMA, PORTRAIT BY SHINSUKE SATO
7月12日からの東京公演を皮切りに、滋賀、札幌、兵庫(予定)でも大規模な公演が行われる「オペラ夏の祭典2019-20 Japan-Tokyo-World」。東京文化会館と新国立劇場による初の共同制作で、各地の劇場と連携し、2年にわたって開催される国際的なオペラプロジェクトである。
2019年に上演されるのは、テノールのアリア「誰も寝てはならぬ」で有名なプッチーニの遺作『トゥーランドット』だ。指揮と総合プロデュースは新国立劇場オペラ芸術監督の大野和士氏、演出はスペインの先鋭演出家アレックス・オリエ氏が手がける。そして、残酷な姫トゥーランドットに結婚を申し込む王子カラフのために、命をかけて献身する女奴隷リューを歌うのは、ソプラノ歌手の中村恵理さん。
中村さんは、海外で活躍する日本人歌手の中でも、輝かしいキャリアをもつ実力派だ。2008年に名門・英国ロイヤル・オペラ・ハウスで『カプレーティとモンテッキ』の主役デビューを飾り、2010年から2016年までバイエルン国立歌劇場のソリストとして活躍。現在はフリーランスとしてレパートリーを広げている。
「『トゥーランドット』のリューの役は、『フィガロの結婚』のスザンナの次にたくさん歌っているんです」と中村さん。2008年に英国ロイヤル・オペラ・ハウスで初めてリュー役のカバー(代役)を務めたときのトゥーランドットが、奇しくも今回の主役イレーネ・テオリンだった。2013年にはロイヤル・オペラ・ハウスの本公演で8回歌い、そのときの映像はDVDにもなっている。
「バイエルン国立歌劇場でも歌いましたが、そのときはの高さ6mのゴンドラの上から長い髪の毛を地上まで垂らして最後のアリアを歌いました。髪の毛がとても重くて、身体的に負担の大きな演出でしたが、海外では斬新な解釈による演出が多いので、水の中に潜っていて、そこから飛び出してオペラの第一声を上げる……といった役もありました(笑)。毎回、プロダクションごとに自分が持っている先入観を壊しては、そのあとに何が残るのかを発見する喜びがありますね」
今回の「オペラ夏の祭典」でも、従来的なイメージとは異なる演出プランが発表され、大きな注目が集まっている。連日稽古に参加する中村さんの中でも、役に対する洞察が深まっているようだ。「当初のプランから最終的にどのような形になるのかはまだわかりませんが、私は今の時代、これくらい強い演出でいいのではないかと思いました。現代は、世の中が抱えるパワーゲームという側面、ナショナリズム、個人主義といったものが表面化する一方で、決して権力というものはなくならないという現実がある。
自分の中では、思いやりや絆を大切にしなければという思いが強くありますが、仕事であっても、家庭であっても、また友人関係であっても、大きな力関係やジェンダーの役割というものはなくならないし、そこから目をそむけることもできないのです。だからこそ、私はリューの純粋さや、その正当性をひたすら表現していきたいと思います」