歌舞伎ワールドへようこそ。劇場の扉、時空の扉、そして心の扉を開いて、絢爛たる異世界へと誘う連載。第十三回は、映像を駆使した演出で舞踊の新たな表現を追求する、坂東玉三郎さんが登場

BY MARI SHIMIZU

 10月、坂東玉三郎さんは前月に引き続き、歌舞伎座第四部の幕をひとりで開ける。2カ月連続、「映像×舞踊 特別公演」と題されたそれは、同一演者による映像と実演による舞踊がダイナミックかつ繊細に溶け合った舞台だ。9月の『鷺娘』は大好評のうちに幕を閉じ、10月には『楊貴妃』が上演される。
「歌舞伎座という、伝統ある劇場で実演ではなく映像を上映するのは冒険です。お客様が本当に喜んでくださっていらっしゃるのか不安はありますが、少しでも楽しんでいただけるものをと思い構成(註)を考えました。それにしても一部分とはいえ、歌舞伎座で『鷺娘』を踊る日がまた訪れるとは思いませんでした」

画像: 坂東玉三郎(BANDO TAMASABURO) 歌舞伎俳優。歌舞伎界を代表する立女方(たておやま)。1957年12月、東横ホール『寺子屋』の小太郎で坂東喜の字を名のり初舞台。1964年6月、十四代目守田勘弥の養子となり、歌舞伎座『心中刃は氷の朔日(しんじゅうやいばはこおりのついたち)』のおたまほかで五代目坂東玉三郎を襲名。『兜軍記』の阿古屋、『籠釣瓶』の八ツ橋、『先代萩』の政岡など女方の大役を数々務める。舞踊『鷺娘』は30代でニューヨーク・メトロポリタン歌劇場に招聘されて踊り絶賛された。アンジェイ・ワイダやモーリス・ベジャール、ヨーヨー・マなど、世界的芸術家たちとのジャンルを超えたコラボレーションも多数。2012年、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。2013年フランス芸術文化勲章コマンドゥール章。2014年紫綬褒章。ほか受賞歴多数。文化功労者、日本芸術院会員 PHOTOGRAPH BY TAKASHI OKAMOTO

坂東玉三郎(BANDO TAMASABURO)
歌舞伎俳優。歌舞伎界を代表する立女方(たておやま)。1957年12月、東横ホール『寺子屋』の小太郎で坂東喜の字を名のり初舞台。1964年6月、十四代目守田勘弥の養子となり、歌舞伎座『心中刃は氷の朔日(しんじゅうやいばはこおりのついたち)』のおたまほかで五代目坂東玉三郎を襲名。『兜軍記』の阿古屋、『籠釣瓶』の八ツ橋、『先代萩』の政岡など女方の大役を数々務める。舞踊『鷺娘』は30代でニューヨーク・メトロポリタン歌劇場に招聘されて踊り絶賛された。アンジェイ・ワイダやモーリス・ベジャール、ヨーヨー・マなど、世界的芸術家たちとのジャンルを超えたコラボレーションも多数。2012年、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。2013年フランス芸術文化勲章コマンドゥール章。2014年紫綬褒章。ほか受賞歴多数。文化功労者、日本芸術院会員
PHOTOGRAPH BY TAKASHI OKAMOTO

 9月に上演された『鷺娘』は海外でも絶賛された玉三郎さん畢生の代表作。一面の雪景色の中、恋に翻弄される娘の切なくも激しい思いを、白鷺の精に託したドラマティックな舞踊である。彩りの異なるいくつかのパートを全編ひとりで踊りぬくため体力的にハードな作品だ。完全な形での上演を望む玉三郎さんは、2009年1月歌舞伎座での上演を踊り納めとしていた。

画像1: 『鷺娘』鷺の精=坂東玉三郎(2020年9月歌舞伎座) ©️ SHOCHIKU

『鷺娘』鷺の精=坂東玉三郎(2020年9月歌舞伎座)
©️ SHOCHIKU

「映像×舞踊 特別公演」では、舞台手前と奥に設置されたふたつのスクリーンに映し出された玉三郎さんの過去の映像と、実在の玉三郎さんとが巧みに入れ替わりあるいは同時に存在しながら、幻想的な空間をつくり出していた。

 歌舞伎座独特の横長の広い舞台ならではの巨大スクリーン、そこに映し出される迫力ある映像は2005年5月に歌舞伎座で上演され翌年に「シネマ歌舞伎」として公開されたもの。つまり観客は異なる時間軸に存在する玉三郎さんの踊りを同時に鑑賞するという不思議な体験をすることとなる。

 そこで気づかされるのは、現実の玉三郎さんの圧倒的な存在感である。生身の身体表現こそが、舞台芸術の神髄であることを如実に物語っている。
「人間が存在している以上、この世から実演による表現芸術がなくなることはないと信じています」

画像2: 『鷺娘』鷺の精=坂東玉三郎(2020年9月歌舞伎座) ©️ SHOCHIKU

『鷺娘』鷺の精=坂東玉三郎(2020年9月歌舞伎座)
©️ SHOCHIKU

 ただし、それは「現実から離脱できる環境が整ってこそ」という。
「時間と空間が限られた、日常とは違う場所へ移動して観るということです。例えば映画監督はその作品の中で時間や空間を設定しているわけです。コロナの影響でさまざまな分野で動画配信が盛んなようですが、芸術に関しては急いて結論を出さないことが大切なのではないでしょうか。配信では途中で映像を止めることもでき、日常の音も容赦なく聞こえてきます。そうなるとそれは時間の配分や音を調整し演出した作品とは別のものです」

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