いま最も”熱い“歌舞伎俳優、尾上右近。3年ぶりの自主公演「研の會」で清元の名曲『かさね』に初役で挑むが、共演者は人ならぬ文楽人形。相手役を務める人形遣いの吉田簑紫郎とともに、コラボレーション誕生秘話を語った

BY FUMIKO YAMAKI, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO, STYLED BY KAZUYA MISHIMA (TATANCA) , HAIR AND MAKEUP BY SHINICHIRO

 尾上右近のまわりには、いつも熱い空気が渦巻いている。5月の歌舞伎座で弁天小僧を演じたときも、迸る熱が劇場を駆け抜け観客を圧倒した。30歳になったばかり。大きな飛躍の時を迎え、いま最も華と勢いのある若手歌舞伎俳優だ。

画像: 歌舞伎俳優の尾上右近(右)と文楽人形遣いの吉田簑紫郎(左)。『かさね』で右近の“相手役”となる、かさねと与右衛門の人形とともに

歌舞伎俳優の尾上右近(右)と文楽人形遣いの吉田簑紫郎(左)。『かさね』で右近の“相手役”となる、かさねと与右衛門の人形とともに

 その右近が、この8月に3年ぶり6回目 となる自主公演「研の會」を開催する。毎回、より高みを目指して挑戦を繰り返してきたこの公演で、今回選んだ演目のひとつが、清元の名曲『色彩間苅豆色(いろもようちょっとかりまめ)』、通称『かさね』だ。

作品解説:美しい腰元かさねが愛した男、与右衛門は、実は母の愛人であり父を殺した仇。一緒に死のうと約束した二人だが、親の因果が報いたか、かさねの姿は次第に醜く変貌し、恐れをなした与右衛門についに惨殺されてしまう。死にゆくかさねの凄惨な美と怪異、そして与右衛門の色悪ぶりを堪能できる、鶴屋南北原作の濃密な舞踊劇

画像: 尾上右近(ONOE UKON) 歌舞伎俳優。1992年生まれ。七代目清元延寿太夫の次男。曽祖父は六代目尾上菊五郎。七代目尾上菊五郎のもとで修行を積み、05年に二代目尾上右近を襲名。スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』で主役のルフィを含む4役を演じて注目された。18年に七代目清元栄寿太夫を襲名。同年第三十九回松尾芸能賞新人賞受賞。22年には映画『燃えよ剣』にてアカデミー新人俳優賞を受賞、同年5月の歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」では「弁天娘女男白浪」の弁天小僧菊之助という大役に抜擢され話題に。15年より続けている自主公演「研の會」は今年6回目を迎える

尾上右近(ONOE UKON)
歌舞伎俳優。1992年生まれ。七代目清元延寿太夫の次男。曽祖父は六代目尾上菊五郎。七代目尾上菊五郎のもとで修行を積み、05年に二代目尾上右近を襲名。スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』で主役のルフィを含む4役を演じて注目された。18年に七代目清元栄寿太夫を襲名。同年第三十九回松尾芸能賞新人賞受賞。22年には映画『燃えよ剣』にてアカデミー新人俳優賞を受賞、同年5月の歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」では「弁天娘女男白浪」の弁天小僧菊之助という大役に抜擢され話題に。15年より続けている自主公演「研の會」は今年6回目を迎える

 清元の家に生まれ、清元栄寿太夫としても活躍する右近にとっては非常に縁の深い演目だが、初役で臨む今回、その相手役を務めるのはなんと文楽人形。遣うのは文楽界のホープ、人形遣いの吉田簑紫郎だ。かさねと与右衛門の二役を、生身の役者・右近と、簑紫郎の遣う人形がダブルキャストで演じるという、誰も見たことのない新しい『かさね』が誕生しようとしている。

 今回、右近と簑紫郎へのインタビューが実現。取材当日、簑紫郎はかさねと与右衛門の人形をスタジオに伴い、右近と人形たちは“初対面”を果たした。

――右近さん、共演者である人形と初対面ですね。

右近:感極まっています。今日、人形を拝見して成功を確信しました。僕がほかの役者だったら、「やられた!」と思いますよ。

画像1: 歌舞伎俳優・尾上右近の新たな挑戦
文楽人形との競演で魅せる
怪異譚『かさね』の誕生秘話

――このコラボレーションが生まれたきっかけは?

簑紫郎:昨年12月、共通の知人を介して初めてお会いして、その場で盛り上がって「何か一緒にやりたいですね」となったのが発端です。

右近:最近、歌舞伎界、伝統芸能、もっと言えば日本文化に対する気持ちが変化してきました。背負っていく責任や、伝えなきゃいけない責務があって、それを全部ひっくるめて「夢」だと思っているのですが、そんなことを考えていたときに文楽を拝見して「なにか一緒にやらせていただけないかな」と。もともと歌舞伎と文楽は親戚のような関係性。前回(第五回)は、太夫さんとお三味線弾きさんにご出演いただき、澤瀉屋のお家芸の『酔奴』を踊らせていただきました。今回は文楽人形との共演になります。歌舞伎ファンや僕のお客様に楽しんでいただける新たな試みをしてみたいし、「かきまぜたい」という気持ちがありました。
でも簑紫郎さんとお会いしたのは企画ありきではなく、本当にたまたまで。初対面のその日に、『かさね』を一緒にやりませんかとお願いしたんです。

――歌舞伎と文楽に共通する演目もある中で、なぜ『かさね』を?

右近:今回に限らず、「研の會」でやりたい演目リストに『かさね』はずっと入っていました。でも、やるなら女方のかさねと立役の与右衛門の両方をダブルで演じたかった。そうなると相手役は限られます。何人か先輩俳優の顔が思い浮かびましたが、出ていただくのは難しい。何か方法はないかと思っていたときに簑紫郎さんとご縁をいただいたんです。簑紫郎さんは、人形遣いとして立役も女方も両方遣われる。これならできる!と。第四回の、中村壱太郎さんとの『二人椀久』もそうでしたが、やるべきタイミングが自然とピタリとはまる。自分の中で育んできた「やりたい」という思いは、この時のために取ってあったのか、と感じました。

画像2: 歌舞伎俳優・尾上右近の新たな挑戦
文楽人形との競演で魅せる
怪異譚『かさね』の誕生秘話
画像3: 歌舞伎俳優・尾上右近の新たな挑戦
文楽人形との競演で魅せる
怪異譚『かさね』の誕生秘話

――ダブルキャストというアイデアが先にあったのですね。

右近:女方は一挙手一等足、すべてが数式でできているものを身体に叩き込んで、自分の密度を高めていく感覚が好きなんです。立役を演じるのは純粋にわくわくします。だからどちらも演じたい。簑紫郎さんとお話していて、こうした思いも通じるところがありました。

――オファーされた簑紫郎さんはどう思われましたか?

簑紫郎:右近さんが自身の会で、しかも初役の『かさね』の相手役として文楽を選んでくださったのはとても光栄です。プレッシャーもありますが、ゼロベースから何かを創るという経験が僕らはなかなかできないので、挑戦したい、自分の技量を試したいという気持ちが強くありました。それに、あと3年で50歳になります。文楽では昔から「名人の真似をするな」と言われますが、人形遣いとして、師匠や先輩のコピーでなく自分の芸を、いよいよこれから作り上げていかなければいけない。その起爆剤が必要だと考えていたこともあり、自分にとっても有難いタイミングでした。

画像: 吉田簑紫郎(YOSHIDA MINOSHIRO) 人形浄瑠璃文楽の人形遣い。1975年京都生まれ。1988年に三代目吉田簑助に入門。1991年吉田簑紫郎を名乗り、大阪国立文楽劇場で初舞台。2009年・10年「文楽協会賞」、12年「国立劇場文楽賞奨励賞」、17年「平成28年度咲くやこの花賞(演劇・舞踊部門)」および「国立劇場文楽賞文楽奨励賞」を受賞。21年、自ら文楽人形を撮影した写真集「INHERIT」を上梓

吉田簑紫郎(YOSHIDA MINOSHIRO)
人形浄瑠璃文楽の人形遣い。1975年京都生まれ。1988年に三代目吉田簑助に入門。1991年吉田簑紫郎を名乗り、大阪国立文楽劇場で初舞台。2009年・10年「文楽協会賞」、12年「国立劇場文楽賞奨励賞」、17年「平成28年度咲くやこの花賞(演劇・舞踊部門)」および「国立劇場文楽賞文楽奨励賞」を受賞。21年、自ら文楽人形を撮影した写真集「INHERIT」を上梓

――初の試みということで、いろいろな工夫をされていると思います。人形の拵えは今回のオリジナルですか?

簑紫郎:清元の『かさね』は文楽にはない演目なので、人形の拵えは歌舞伎に寄せて衣裳の一部を新調したり、髷も文楽ではやらない形に結ったりと、自分なりのアイデアで時間をかけて形作っていきました。文楽劇場のスタッフもすごく応援してくれて。中でも、もうすぐ引退される床山(髪を結う職人)さんが歌舞伎も大好きな方で、「最後にこの仕事ができてよかった」と言ってくださったのが嬉しかったですね。

右近:有難いですね。「研の會」に1分1秒でもかかわってくださる方全員に直接お礼を言いたいですが、それは叶わない。やりたい気持ちを爆発させることが感謝(のしるし)だと思って努めます。

――言葉を発さない人形との共演です。文楽では、登場人物のセリフは床(舞台上手の演台)にいる太夫が語りますが、今回は?

右近:父の清元延寿太夫が、その日の人形の配役に合わせて、かさね役、与右衛門役のセリフを取ります。簑紫郎さんとお会いした翌日、さっそく楽屋で父にアイデアを話したら「何それ、誰が考えたの?」と面白がってくれて、やりたいと即答してくれました。ちなみに、立三味線 は兄の清元斎寿が務めます。

――右近さんの相手役は、簑紫郎さんであると同時にお父さまでもあるわけですね。踊りの部分は、人形も同じ振付になるのでしょうか?

右近:振付は藤間のご宗家(藤間勘十郎)にお願いしていますが、こちらも企画をお話したら「ええ!」とビックリされていました。でも、この二人にしかできない新しい『かさね』を考えてくださると思います。

簑紫郎:文楽人形は三人遣い(3人で1体の人形を遣う)なので、制約もあれば、逆に人間ではできない動きもできます。まったく同じにはならない分、振りの意味を勉強して、人形でどう見せるか再構築していきます。また、文楽は義太夫節なので、同じ浄瑠璃でも清元節で人形を遣わせていただくのも初めてで、それも楽しみです。

画像4: 歌舞伎俳優・尾上右近の新たな挑戦
文楽人形との競演で魅せる
怪異譚『かさね』の誕生秘話

 取材後半、ポートレート撮影を一通り終えると、右近がカメラマンに「リクエストしていいですか」と尋ね、次々にアイデアを出してポーズをとり始めた。海老反りする右近(かさね)に、与右衛門の人形が迫る殺しの場面。役を入れ替え、右近(与右衛門)に、かさねの人形が可憐に寄り添う場面。

 二人が演技モードに入った途端に、スタジオのムードは一変。そこに現出したのはまさに暗く血生臭く、それでいて美しい『かさね』の世界だ。かさねと与右衛門の間でゆらめく濃密で官能的な空気が、熱をともなって周囲に伝播し、見ている私たちを包み込む。

――撮影のための短い時間でしたが、実際に“共演”してみて感じたことは?

右近:(しばし考えて)簑紫郎さんがかさねになっている。与右衛門になっている。幽体離脱している感じです。人形を遣っている簑紫郎さんが後ろにいるという感覚はなくて、簑紫郎さんの魂みたいなものがここ(隣の人形を指して)にいる感じ、といいますか。かさねの人形が寄り添ってきて髪が触れたときの感覚は、生身の役者と演じているときとまったく変わりませんでした。

簑紫郎:人形を遣っているときは、自分を忘れます。(人形のかしらを持つ)左手を通して、役の気持ちや魂を全部、人形に入れる感覚ですね。

右近:それはもう人形じゃない。歌舞伎でも、おしろいを塗って女方の拵えをしたら、肉体はそのままでも、もう僕じゃなくなります。お客さんも、役を見ているのか役者を見ているのかわからない。その実体のなさが面白い。それと同じ感覚ですよね。

画像5: 歌舞伎俳優・尾上右近の新たな挑戦
文楽人形との競演で魅せる
怪異譚『かさね』の誕生秘話

――まったく新しい作品が完成しそうですね。

右近:実験的な試みはこれまでも多くの方がなさっていて、本当に新しいことはないかもしれません。でもこの組み合わせは初めて、というアイデアで勝負したい。以前、坂東玉三郎のお兄さんが辻村ジュサブローさんの人形と共演した『二人椀久』の映像を拝見したのですが、とても色っぽくて、そのイメージはずっと頭にありました。だからこの企画は、先人たちの実験に対するリスペクトでもあるんです。

簑紫郎:「やられた」と思わせたいですね。コラボレーションには必ず賛否がありますが、なにも挑戦せず賛否すらないよりはずっといい。今回の作品をしっかり創って、いつか文楽に持ち帰ってやらせていただけたらいいなと思っています。

 異ジャンルのコラボレーションが花盛りな昨今、この試みが“目新しさ”を超えて人の心をゆさぶる作品となり得るか。今回、スタジオで瞬時に起きた化学反応を目にすれば、その答えは明白だ。二人が練り上げた『かさね』の完成形を、「研の會」の舞台で見られるのが楽しみだ。そう伝えると、簑紫郎は「頑張ります」とうなずき、右近は「おまかせください!」と力強く答えて、弁天小僧のように不敵に笑った。

尾上右近着用
ジャケット¥142,450・パンツ¥113,850(ともにJOHN ALEXANDER SKELTON)・靴¥90,750(PHILEO)/DOVER STREET MARKET GINZA
TEL. 03(6228)5080
その他/スタイリスト私物

吉田簑紫郎着用
ジャケット(価格未定)・パンツ¥40,700(ともにNEMETH)・靴¥160,600(RAF SIMONS)/DOVER STREET MARKET GINZA
TEL.03(6228)5080
その他/スタイリスト私物

尾上右近自主公演 第六回『研の會』
『源平布引滝 実盛物語』も同時に上演。右近が演じる斎藤実盛は「ジェントルマンで心があり、器が大きく男らしい。子供の頃から憧れていた役です」。片や色悪、片や正義のヒーロー、全くキャラクターの違う立役二役を見比べるのも一興だ。
上演期間:2022年8 月22 日 (月)・ 23 日(火) 全4公演
昼の部 午後12時半開演
夜の部 午後5時開演
演目:「色彩間苅豆 ~ かさね」
   ※尾上右近配役:8月22日 昼の部、 8月23日 夜の部/かさね
    8月22日 夜の部、 8月23日 昼の部/ 与右衛門
   「源平布引滝 実盛物語」
会場:国立劇場 小劇場
住所:東京都千代田区隼町4-1
料金:¥13,000(全席指定・税込)
チケット予約:7月16日(土) 11時~
   e+(イープラス)https://eplus.jp/
   国立劇場チケット売場(窓口販売のみ)11時~18時
尾上右近 公式サイトはこちら

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