目の前に淡く広がる日常の景色と、心に浮かびあがる光景をゆっくりとときほぐしていくーー。うたかたのように見えて澱となり、ほのかに香りだち、いつしか人生を味わい深く醸す日々のよしなしことを、エッセイストの光野桃が気の向くままに綴る。連載第三回目は、家の片隅に植えたぶどうをめぐる物語

BY MOMO MITSUNO

 まさか本当に実が成るとは思わなかった。憧れていたのは、優美な葉がつくりだす陰と野性的な蔓が木漏れ日に踊る情景だった。実のことは、すっかり忘れていたのである。

 近所に二軒、ぶどうの蔓や葉をたっぷりと豊かに、素敵なアウトテリアとして使っている家があった。

 ひとつは真っ白いキューブ型の建物で、白い壁に、陽射しをたっぷりと浴びたグリーンの蔓と葉が楽譜のようにリズムを刻んでいた。明るいヴァイオリン・コンチェルトが似合いそうなその建物は、小さな北欧家具店だった。

 もう一軒は、看板もほとんど目に入らないくらい目立たない、ガーデナーの店である。この店のご主人は、工事から請け負う、知る人ぞ知る人気のガーデナーで、アトリエとショールームを兼ねていた。こぶりな空間に、アンティーク・レンガを積んだ小路や階段がうまく配され、そこだけ「日本じゃない」雰囲気。四季折々、その庭を訪ねると、エキゾチックな眺めに胸がときめいた。そしてある秋の終わり、レンガの外壁にぶどう蔓と葉が横一線に伝い茂っているのを発見した。

画像: 花房の5分の4ほどもカットして栄養が行きわたるようにする5月の「房づくり」が終わり、大きな実がぎしぎしと音を立てるかのように育ってきたところ。マスカットじゃない、これから紫色に色づいていく。巨峰だから、上手く育つと、とても美味しい。でもやっぱりわたしは、すらりとした、実の小さい、日本画に出てくるような房の形が好き

花房の5分の4ほどもカットして栄養が行きわたるようにする5月の「房づくり」が終わり、大きな実がぎしぎしと音を立てるかのように育ってきたところ。マスカットじゃない、これから紫色に色づいていく。巨峰だから、上手く育つと、とても美味しい。でもやっぱりわたしは、すらりとした、実の小さい、日本画に出てくるような房の形が好き

 ぶどうの葉をこんなにまじまじと近くで見たのは初めてだった。そこには数えきれないほどの秋の色が溢れていた。濃いオレンジに乾いた黄色。こげ茶、茄子色、赤の強い土色、暗い緑、燃え立つスカーレット、そして淡いチャコールグレイ…。大きく成長した葉は、思い切り掌をひらいて、秋の香ばしい日差しを受け止めていた。

 その1週間後に見に行くと、もう葉のほとんどは暗い色のレンガの小路の上に散り、見分けがつかなくなっていた。

 ああ、いいなあ。ぶどうのある庭は。

 春から夏は緑の葉陰。ぶどう棚の下でレモンチェッロか松脂の白ワインを。

 夏から秋、そして冬にはツイードの色見本のような紅葉を眺めながらお茶をいただく。わたしの家の無味乾燥な外壁にも、そんなふうにぶどうをそっと這わせられたら…。

 そう言うと、いとも軽やかに「できますよ」と応えてくれるひとがいた。

 彼女もガーデナーだった。友人の友人ということで紹介してもらったのだが、下の子が生まれるため、仕事はお休みにしたばかりだという。でも、ぶどうを植えて外壁に誘引するくらいならできますよ。

 で、でも、うちには庭がないんです。そもそも苗を植える地面が…。

 そう言うと、彼女は笑って、苗の大きさと同じくらいの地面があれば直植えできますよ、と言う。

 種類は何がいいですか?

 そりゃあやっぱり、どうせ植えるなら、巨峰かな。

 わかりました、いい苗を探しておきますね。

 そして、玄関脇のガスメーターの横、驚くほど小さなスペースに巨峰は植えられ、3年ほどが経った。巨峰が大人になる時間は思いのほか長かった。わたしも仕事の忙しさにかまけて、植えたことをほとんど忘れているほどだった。

画像: 実が大きく育った7月、次の段階は獣たちから逃れる算段。一昨年はタッチの差で全てハクビシンのお腹の中へ。まずは紙の袋をかぶせ(画像)、その上からネットの袋を二重にかぶせて、紙を破かれないようにする。ハクビシンにもアライグマにも敵意はない。すこしずつみんなで分けて食べられる日は来ないものか PHOTOGRAPHS BY MOMO MITSUNO

実が大きく育った7月、次の段階は獣たちから逃れる算段。一昨年はタッチの差で全てハクビシンのお腹の中へ。まずは紙の袋をかぶせ(画像)、その上からネットの袋を二重にかぶせて、紙を破かれないようにする。ハクビシンにもアライグマにも敵意はない。すこしずつみんなで分けて食べられる日は来ないものか
PHOTOGRAPHS BY MOMO MITSUNO

 3年後、東向きのベランダに、その蔓をグリーンマンの長い指のように延ばし、自ら集ったぶどうたちは、一斉に最初の実を付けた。その光景は、まるで地の底からドーンと地響きが聴こえてくるかのようだった。

 ごめん、手入れも何もしないで。

 熟れきった実を一粒口に入れてみる。肥料も虫除けも薬品の類も一切使っていない、天然自然の味。それはなんと甘くて酸っぱくて、わずかに土の香りがする懐かしい味だっただろう。

 果樹を育てるのは時間も手間もかかる。何回も失敗する。でも、受け取っているものは純粋な野性の生命力だ。植えた時、大丈夫かと思うほどヒョロヒョロだった苗も、もう直径5センチほどもある立派な古木となった。花実をつけることがけっして当たり前ではない、と知った今では、その力になおさら圧倒される。

画像: 光野桃(みつの もも) 1956年、東京生まれ。クリエィティブディレクターの小池一子に師事、その後、ハースト婦人画報社に勤務し、結婚と同時に退職。ミラノ、バーレーンに帯同、シンガポール、ソウル、ベトナムで2拠点生活をおくる。著書に『おしゃれの幸福論』(KADOKAWA)『実りの庭』(文藝春秋)『妹たちへの贈り物』(集英社)『白いシャツは白髪になるまで待って』(幻冬舎)など多数。

光野桃(みつの もも)
1956年、東京生まれ。クリエィティブディレクターの小池一子に師事、その後、ハースト婦人画報社に勤務し、結婚と同時に退職。ミラノ、バーレーンに帯同、シンガポール、ソウル、ベトナムで2拠点生活をおくる。著書に『おしゃれの幸福論』(KADOKAWA)『実りの庭』(文藝春秋)『妹たちへの贈り物』(集英社)『白いシャツは白髪になるまで待って』(幻冬舎)など多数。

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