BY REIKO KUBO
アカデミー賞7部門ノミネート! スピルバーグ監督が映画と家族への想いを込めて紡ぐ自伝的作品『フェイブルマンズ』
来月に迫ったアカデミー賞の発表を前に、作品賞を含む7部門にノミネートされた『フェイブルマンズ』。『ジョーズ』『E.T.』『プライベート・ライアン』など、ハリウッド映画に革新と成功をもたらしてきた映画監督スティーヴン・スピルバーグが満を持して取り組んだ自伝的映画だ。映画館の暗闇が嫌いな怖がり屋の少年が、いかにして映画に魅せられ、映画監督を目指すようになったのかを、セシル・B・デミル監督作『地上最大のショウ』や、ジョン・フォードの『リバティ・バランスを射った男』との出会いを描きながら紐解き、夢を追うことの大切さを訴える。
また、この巨匠がどこか壊れた家族や、親の愛を求める子供を描き、『シンドラーのリスト』や『ミュンヘン』、『ウエスト・サイド・ストーリー』等、差別や不平等をテーマにし続けていることの要因が、無邪気に夢見る少年でいられなくなった家族間の問題や、思春期を襲ったユダヤ人差別にあることも切なくも鮮やかに描かれる。それでも映画には父と母、妹たちへの愛が溢れ、彼が家族の映画にこだわり続ける所以が見てとれる。息子に科学者ならではの探究心と寛容さを植え付けた父親には演技派のポール・ダノ。一方、芸術性と情熱を育んだ天真爛漫は母親には、今作でアカデミー主演女優賞にノミネートされたミシェル・ウィリアムズ。2人の胸を打つ演技に加え、「芸術と家庭の両立は無理だ」と宣告する叔父役のジャド・ハーシュもアカデミー助演男優賞ノミニーだ。加えて、ある重要なシーンには楽しいサプライズが仕掛けられているので、お見逃しなく!
『フェイブルマンズ』
3月3日(金)より全国公開
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映画館を舞台に孤独との向き合い方を描く、映画好きな大人必見の『エンパイア・オブ・ライト』
淡く美しい光を浴びて、海辺に建つクラシカルな映画館。赤い絨毯が敷き詰められたロビーの天井近くには“暗闇の中に光を見出す”と文字が彫られている。マネージャーのヒラリーは、閉館後の集計はもとより、モギリもするし、ポップコーンも売る。妻帯者の支配人に呼び出されれば、屈辱を感じながらも応えもする。同僚はそんな彼女をそっと見守っている。舞台は1980年代、イギリスの港町。サッチャー政権下の失業と分断という状況下で、音楽や文学から生活文化などの価値観が激しく対抗した時代だ。その空気を掻き立てるサウンドトラックとともに、心の病を抱えたヒラリーが、黒人青年に恋をする心の有り様とほろ苦い人生が描か描かれる
孤独と虚しさを抱えたヒラリーが恋に戸惑い、華やぎ、また狂気に歪む。闇に取り込まれそうになる彼女を救うのは、同僚の映写技師だ。毎日働いているのに座ったことのなかった映画館のシートに身を沈め、スクリーンが放つ光を見つめるうちに、彼女の瞳も輝きだす。日本でもコロナ禍での映画館閉鎖は、不安な日々に追い討ちをかけただけに、“暗闇の中に光を見出す”ヒラリーの姿に涙が滲む。
監督は、『アメリカン・ビューティー』で、デビュー作にして一躍オスカー監督となり、その後も『007 スペクター』などの大作も手がける英国演劇界出身の気鋭サム・メンデス。そしてヒラリー役は、『女王陛下のお気に入り』『ファーザー』『ロスト・ドーター』と毎年のように身につまされる映画を突きつけてくる女優オリヴィア・コールマンだ。見る者の視線も心も鷲づかみにする圧倒的なリアリティとくるくると変わる表情! ひと昔前、「韓国映画はソン・ガンホで見ろ」とよく言われたが、ここのところ「大人のための映画はオリヴィアで見ろ」である。
『エンパイア・オブ・ライト』
2月23日(木・祝)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
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列車の中での見知らぬ者との対話が感動を呼ぶ、型破りなラブストーリー『コンパートメント No.6』
1990年代後半のモスクワ。フィンランドから考古学を学びに来た留学生ラウラは、北極圏にあるムルマンスクにペトログリフ(岩面彫刻)を見るため旅に出る。一緒に行くはずだった恋人の大学教授イリーナにドタキャンされ、独りトボトボ乗り込んだ二等列車の6番コンパートメントに陣取っていたのは、ウオッカで顔を赤くしてタバコをふかす暗い目をしたロシア男リョーハだった。『ビフォア・サンライズ 恋人たちのディスタンス』のような美男美女のときめくめぐり逢いとは程遠い、最悪の出会い。車窓から見えるのは、曇天の下、ソ連崩壊後の不安定で寒々しい風景ばかり。携帯電話もSNSもない時代、頼りの公衆電話も繋がらない。それでもカセットテープから流れるDesirelessの曲『Voyage Voyage』が「旅へ、旅へ」とラウラの背中を押す。
監督は、カンヌ国際映画祭ある視点部門で長編第1作『オリ・マキの人生で最も幸せな日』でグランプリを獲得した監督ユホ・クオスマネン。このフィンランドの新鋭は、ソ連時代の傑作『動くな、死ね、甦れ!』(ヴィターリー・カネフスキー監督作)をも想起させつつ、雪降る町で切なさと孤独を分かち合う男女のドラマをメランコリックに紡いでみせる。そんな寝台列車に揺られた長旅の同行者となる観客は、「”愛してる”はフィンランド語でなんと?」「ハイスタ・ヴィットゥ!(F**K YOU!)」のやりとりを効かせたエンディングに、ニンマリほっこりさせられる。ロシアのウクライナ侵攻後、フィンランドはNATO加盟に舵を切り、隣り合うふたつの国は厳しい緊張状態に陥っているが、じわじわ感動が押し寄せるラブストーリーは対話を諦めないでと静かに訴えているようだ。
『コンパートメント No.6』
2023年2月10日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開
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