BY REIKO KUBO
アジア人初、アカデミー賞 最優秀主演女優賞のミシェル・ヨーが魅せる!『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
今年の主だった映画賞の前哨戦を制覇し、アカデミー賞では作品賞、監督賞など最多7部門で受賞を果たした『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』。アジア人初の最優秀主演女優賞を獲得したミシェル・ヨー演じる主人公は、家業のコインランドリーの税金問題に加え、父親の介護、反抗期の娘との関係悪化など、頭の痛い事案がてんこ盛りのエヴリン。夫のウェイモンド(『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』のキー・ホイ・クァン)も優しいけれど、頼りにならないし、私の人生、どこで間違ちゃったのぉお〜!と頭を抱えていたエヴリンが、突然、全宇宙にカオスをもたらす悪の権化と戦うことに。しかも今生きている世界とは別のバース(宇宙)へ瞬間移動して、クンフーをマスターしたり、凄腕シェフになったり、『花様年華』を思わせる映画スターになったりしながら、怒涛の闘いを繰り広げてゆく。
前作が『スイス・アーミー・マン』という奇想コメディを得意とするダニエルズ(1988年生まれのダニエル・クワンと87年生まれのダニエル・シャイナートによるコンビ)が監督だけに、本作でもナンセンスなギャグが炸裂し、うっかりすると乗り遅れる瞬間もなくはない。しかし今や人気のマルチバース設定や、『クレイジー・リッチ』『パラサイト』『ミナリ』と続くアジア旋風、そしてサン・ラックスやデヴィッド・バーンによるご機嫌なサントラを駆使した話題作は、女性やセクシャリティの問題も描きこんで、斬新かつ壮大な心の旅物語としてフィニッシュする。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
全国ロードショー中
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アフリカ系アメリカ人としての誇りを胸にモード界を駆け抜けた『アンドレ・レオン・タリー 美学の追求者』
昨年1月に73歳で他界したアンドレ・レオン・タリー。ゴージャスな毛皮やサテンのマントに大きな体躯を包んで、アナ・ウィンターと並んでショーのフロント・ローに陣取る姿は圧巻だった。このファッション界のレジェンドの人生を紐解くのは、タイム紙の記者を経て、『メットガラ ドレスを纏った美術館』等、ドキュメンタリー映画監督として活躍するケイト・ノヴァック。
『プラダを着た悪魔』の、スタンリー・トゥッチ演じる「ランウェイ」誌編集長の右腕・ナイジェルのモデルとなったアンドレ・レオン・タリーだが、彼自身はジム・クロウ法(1870年代〜1960年代に存在した人種差別的内容を含むアメリカ合衆国南部諸州の州法)下のアメリカ南部で1948年に生まれ、家政婦として働く祖母に育てられたアフリカ系アメリカ人。「立ち上がって叫ぶ必要はない。黒人の誇りを実践すれば、それは認知され、社会を変える」というタリーの信念は、この最愛の祖母から教えられたものであり、彼のファッションへの目覚めの場は祖母が神のために着飾って行く週末の教会だったという。溢れる知識とファッションへの情熱で他を圧倒し、金や赤の派手な衣装を戦闘服代わりに前進を続けた彼の歩みを、マーク・ジェイコブス、トム・フォード、イヴ・サンローラン、カール・ラガーフェルドら、錚々たるクリエイターたちが証言する。晩年はアナ・ウインターとの決裂が伝えられていたが、映画の中ではウィンターが「私の方が彼から学んでいた」と語っている。
『アンドレ・レオン・タリー 美学の追求者』
3月17日(金)より Bunkamura ル・シネマにて公開
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ベルギーの巨匠ダルデンヌ兄弟が描く、移民の少年少女がふたりきりで直面する現実世界──『トリとロキタ』
「“トリ”は施設がつけた名前なのに、どうして彼が弟とわかったの?」──移民局の担当官から尋問を受けたロキタは言葉につまり、目には涙が溢れる。スリリングに幕を開ける映画は、アフリカからベルギーにたどり着いた幼い少年と年上の少女の関係が少しずつ明かされてゆく。その謎が解けたのちも、サスペンスの糸は緩むことがない。イタリア料理店で2人並んで歌を歌い、小銭を稼ぐとみせて、実は厨房のイタリア人ディーラーの指示のもとドラッグの運び屋をしているふたり。密航ディーラーにも搾取されながら、ロキタは母国に残してきた家族のために危ない橋を渡り続け、機転が利くトリが懸命に彼女に寄り添う。
本作でカンヌ国際映画祭75周年記念大賞に輝いた監督のダルデンヌ兄弟は、世界の痛みや不平等を描き続け、『ロゼッタ』と『ある子供』で同映画祭パルムドール賞を二度受賞したベルギーの巨匠。ダルデンヌ兄弟は、96年の作品『イゴールの約束』から、たびたび移民の物語に光を当ててきたが、アフリカから流れ着いたトリとロキタに扮した演技初体験の2人から、理不尽な世界を生きるスリリングな息遣いを引き出した本作の手腕は圧巻だ。ビザをもらったらヘルパーの学校に行き、もっとお金を家族に送りたい。そんなささやかなロキタの夢の行方を、見る者は息を殺して見つめることに。そして2人が交わした慈愛に満ちた眼差しとラストの虚ろなトリの表情に心が震え続ける。
『トリとロキタ』
3月31日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国順次ロードショー
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