「一番好きな料理はイタリアン。お菓子は、あんこよりも断然クリーム派。趣味は「旅」で も、国内旅行は仕事で訪れる撮影ロケ地くらいの経験値。日本の伝統文化や和の作法に触れないまま、マチュアな年齢となってしまった私ですが、この度、奈良の煎茶道美風流に入門させていただくことになりました。」そんなファッション・ディレクター、菅野麻子さんが驚きと喜びに満ちた、日本文化「いろはにほへと」の学び路を綴る。連載十三回目は、1年越しに叶った新茶のお茶摘み会のお話です

BY ASAKO KANNO

 待ちに待った日がやってきました。年に1度の新茶の季節の到来ととともに、以前から心あたためていた仲間とのビッグイベントの開催です。

 はじまりはちょうど1年前のこの季節、美風流にもまだ入門していなかったころ。奈良の茶農園「瑞徳舎」でお茶摘みに参加させていただいたお話を、連載「は」でお伝えしました。その時はおひとりさま参加でしたが、初めて会う方々とのお茶摘み会にもかかわらず、自分でも驚くほどの楽しさで。「みんなを連れてきてあげたいな。そうしたら、どんなに楽しいだろう」と東京の仲間たちの顔を思い浮かべていたのでした。

画像: 瑞徳舎からお借りしたお茶摘み帽子をかぶって、みなお茶摘みに没頭します

瑞徳舎からお借りしたお茶摘み帽子をかぶって、みなお茶摘みに没頭します

 そして入門後。お家元のはからいで、ついに私の夢が叶うことに。仲間うちだけでのお茶摘み会を開いていただけることとなったのです。

健一自然農園の健一さんによるお茶摘みと製茶の指導、そして、自分たちで摘んだお茶をお家元によるお点前で味わえるという贅沢すぎるプログラム。4ヶ月近く前からお忙しいおふたりのスケジュールを確保させていただき、熱量込めて企画してきたのですから心踊らずにはいられません。

画像: 自分たちで摘んだ茶葉を、鉄釜で煎る作業。健一さんが、大和の茶摘み歌をご披露くださり、私たちは「アラヨイショ〜〜」と合いの手をいれて大盛り上がり

自分たちで摘んだ茶葉を、鉄釜で煎る作業。健一さんが、大和の茶摘み歌をご披露くださり、私たちは「アラヨイショ〜〜」と合いの手をいれて大盛り上がり

 晴れ渡るお茶摘み日和。集まったのは、仲良しのスタイリスト4人を含む、ベストメンバーです。まずは、主催者の特権とばかりにドレスコードを設定します。お茶摘みは、「茶畑のグリーンに映えるパステルカラー。南インドの民族衣装のムードをそえて」。「お茶会のドレスコードは、清らかなイメージで。タイトルは“さまざまな白〜フォルムと素材の空想”」。出発前日の慌ただしい最中に発表した私に、「もっと早く言って」とみなからは大ブーイング。それでも、朝露輝く新緑の茶畑で、ドレスコードに身を包んだみなの姿を眺めた時、最高の1日になるであろうことを確信したのでした。

画像: お家元のお嬢様が作ってくださった精進料理のお弁当。何日もかけて下ごしらえをしてくださったお食事は、すべて味つけの違う繊細であたたかい味がします

お家元のお嬢様が作ってくださった精進料理のお弁当。何日もかけて下ごしらえをしてくださったお食事は、すべて味つけの違う繊細であたたかい味がします

 無肥料、無農薬で育てられた茶畑のある「瑞徳舎」は、かつての茶農家の暮らしが体験できる、今ではとても珍しい茶農園です。自宅からトラクターで作業に出るという農業形態が多いなか、茶畑のなかにぽつんと古民家が位置しています。人と自然の暮らしが共存し、そして循環していくさまを肌で感じることができる。そんな日本の原風景が、ここには残っているのです。

 今回、参加者全員がお茶摘み、製茶、煎茶道のお茶会は初体験。そんなワクワク感に加え、この「瑞徳舎」の居心地のよさが至福の時間を生みだします。お茶づくりの工程でしか嗅ぐことのできない、香水のようなお茶の香り。ウグイスの鳴き声がバックミュージックのおだやかな茶園。やさしい風の吹き抜ける縁側。まさに大人の修学旅行のような楽しさが溢れ出し、みな満面の笑みが絶えません。こんなにお腹が痛くなるほど笑ったのも、久しぶりでした。

画像: お家元によるお茶会の様子。1年前、自分が感動した空間で、仲間とともに過ごせるとは感無量です

お家元によるお茶会の様子。1年前、自分が感動した空間で、仲間とともに過ごせるとは感無量です

 仲間とともに過ごしたお茶会も、生涯忘れられない思い出となりました。みなドレスコードに着替えて、緊張の面持ちです。「茶農園でのお茶会です。形式ばったルールはありませんよ」。お家元のお心遣いで、ほんの少し背筋ののびる緊張感と、笑いにあふれるお席で、なごやかな時が流れていきます。「今まで飲んでいたお茶はなんだったんだろう、と思う味と香りだった」。そんな仲間の声が聞けて、私も大きくうなずくのでした。

画像: 揮毫(きごう)席にて。楽しかった反面、4回ほど体験した水墨画のお稽古の成果が、何も反映されていない自分の落書きにびっくりしました

揮毫(きごう)席にて。楽しかった反面、4回ほど体験した水墨画のお稽古の成果が、何も反映されていない自分の落書きにびっくりしました

 偶然にも、この日は、参加者のひとりのお誕生日。特別な1日を祝うのに、お家元に、あるお願いをしていました。お茶会で揮毫(きごう)席を設けていただけないかと。揮毫(きごう)席とは、煎茶道の楚となる文人趣味において、欠かすことのできない「水墨画」をみなで遊ぶお席。8枚の色紙を貼り付けたボードに、お家元が松の絵を描いてくださり、そこにみなそれぞれが好きな絵を描き込んでいきます。茶事が終わった後は、みな1枚ずついただいて持ち帰ることができるので、思い出づくりにぴったりです。お家元が描いたあまりに立派な松の木を汚すかのようで、なかなか手がのびません。それでも、「上手く描こう、見せようと思うのが一番だめですよ、自分が楽しむことが大事ですからね」というお家元の言葉に甘え、みな、べちゃべちゃと墨をのせて1枚の絵が完成です。どの部分がたとう紙に入っているかは、開けてみてのお楽しみです。

画像: この日、みなで作ったお茶はお土産に持って帰ることができます。パッケージは、それぞれ自分で書いたもの。下手さ加減はご愛敬ですが、味は極上なこと間違いなしです

この日、みなで作ったお茶はお土産に持って帰ることができます。パッケージは、それぞれ自分で書いたもの。下手さ加減はご愛敬ですが、味は極上なこと間違いなしです

 楽しすぎる1日が終わり、みながそれぞれ感じたことがありました。日本の原風景で、刺激を受けた五感。自分の中で忘れていた何かを思い出したこと。日本のかけがえのない場所をどう残していくか。そんな大切なお話を、次回にまた綴らせていただけたらと思います。

 「楽しかったね」「ありがとう」「最高だったね」「美味しかったよね」。みんなが自然に笑顔になれて、あたたかい言葉があふれ出てくる。そんな時間を過ごせたことが、もう宝物。奈良では「宝石箱」とは、子供たちがおやつを大切にしまっていたお菓子箱を意味するのだとか。お家元にとって、「瑞徳舎」は心の空腹を満たしてくれる「宝石箱」だといいます。輝く宝石のお裾分けをしてくださったお家元と、健一さん、そしてこの茶農園を残してくださっている瑞徳さんに感謝の気持ちでいっぱいです。

菅野麻子 ファッション・ディレクター
20代のほとんどをイタリアとイギリスで過ごす。帰国後、数誌のファッション誌でディレクターを務めたのち、独立し、現在はモード誌、カタログなどで活躍。「イタリアを第2の故郷のように思っていましたが、その後インドに夢中になり、南インドに家を借りるまでに。インドも第3の故郷となりました。今は奈良への通い路が大変楽しく、第4の故郷となりそうです」

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