中村勘九郎と中村七之助が牽引する中村屋一門の若きホープとして期待されている中村鶴松が、歌舞伎の殿堂、歌舞伎座で主役の女方を演じる。その役は『新版歌祭文 野崎村』のお光。一般家庭出身の“部屋子”としては異例の配役を本人はどう捉えて、どう挑むのか? その心情に迫る

BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY WATARU ISHIDA, HAIR & MAKEUP BY YUKIKO NAKAJIMA

画像1: 中村勘三郎が描いた未来へ。
若きホープ中村鶴松が
歌舞伎座の舞台で主役に挑む
【前編】

──十八世中村勘三郎の十三回忌追善の公演に、お光という大役で出演することが決まったときの心境を教えてください。

鶴松:まず、本来ならば、部屋子である僕にとってありえないことだろうと思ったのと同時に、ものすごいプレッシャーを一気に感じました。“部屋子”というのは子役の出演などがきっかけで歌舞伎俳優のもとに預けられて芸や行儀作法を学ぶのですが、僕も一般家庭で育って清水大希という本名で出演しているときに勘三郎さんから声をかけていただいて中村屋の一門に入りました。自分でいうのもおこがましいことですが、その部屋子が歌舞伎座で主役を演じるのはとても珍しいことなんです。今回は勘三郎さんの十三回忌追善の公演なので、このような身に余る機会をいただきました。

『新版歌祭文 野崎村』で(中村)児太郎さんが演じるお染や僕が勤めさせていただくお光は、若い娘を演じる「娘方」という役柄の代表的なお役です。僕は義太夫狂言の娘方のお役では『俊寛』の千鳥を演らせていただいたくらいで、あまり経験がないので、しっかりしないといけないと思っています。お光は(中村)七之助さんから教えていただいているんですが、先日、七之助さんから突然電話がかかってきて「今、お父さん(十八世中村勘三郎)の『筆屋幸兵衛(注1)』の映像を観ていたんだけど、このときお雪を演じていた鶴松が、お光を演ることになって、喜んでるだろうね」と言ってくださって、とても嬉しかったです。

(注1) 河竹黙阿弥作の『水天宮利生深川』という歌舞伎の演目で、通称は「筆屋幸兵衛」。2007年12月の歌舞伎座で十八世中村勘三郎が初役で筆職人船津幸兵衛を初役で演じた時のことを指す。鶴松は幸兵衛娘お雪役で出演した。

──鶴松さんと“歌舞伎との出会い”は子役として出演したことがきっかけでしたが、少年だったご自身にとって、どんな意味があったと思いますか?

鶴松:子どもの頃から、歌舞伎は一筋縄ではいかない難しさがあることを学んだと思います。今はビデオを観て作品の全貌を把握して稽古することもできますが、子役だった当時は、台本もなくて何の準備もできませんでした。まずは指導してくださる先生が僕の台詞を口頭で言って、それをノートに書き留めることから稽古は始まります。伝統芸能なので細かい仕草まで決まっていて、それをすべて覚えて演じなければならないので、現代劇と違って自由度も少ないんです。先生が厳しかったこともあって、台詞を分解したり、声の高さを意識したり、子どもの頃から役の取り組み方が身についていたと思います。

──鶴松さんが子役として舞台に出演し始めたのは習い事の一環だったそうですが、歌舞伎を好きになった瞬間のようなものはあったのでしょうか?

鶴松:“好きになった瞬間”というのはないかもしれませんが、自分ではない“何者かになる”ということに憧れがあったんだと思います。僕はヒーローごっこが大好きで、家でも一人で遊んでいました。だから、何かの役を演じるということが、仮面ライダーのような自分ではないものになることに通じていて、それを2000人もの人前で披露して拍手をもらえるということが、普通に生きていたら体験できないことなので、その高揚感が楽しかったんだろうと思います。

──2005年に中村勘三郎さんが十八代目として襲名した際に、鶴松さんも部屋子の二代目中村鶴松として披露されました。勘三郎さんと同じ舞台に立って、どんなことを感じていましたか?

鶴松:怖かったです。『春興鏡獅子』(注2)で胡蝶を勤めさせていただいたとき、勘三郎さんがすごい目で見てくるので、子どもながらに怖くて近づけませんでした。歌舞伎はただでさえ衣裳も化粧も派手なので、獅子の精に扮した勘三郎さんの眼力にはまるでライオンのような殺気を感じ、胡蝶の僕は捕食されてしまうのではないかという感覚でした。獅子の手に胡蝶が手を乗せて回るという振りがあったんですが、「ちゃんと乗っけなさい」と言われても怖くて触れられなかったんです。他の人にはないオーラや気迫がある人でした。その時の様子は、昨日のことのように生々しい感覚でしっかりと覚えています。

七之助さんが電話で話されていた『筆屋幸兵衛』でお雪を演じた時は、ものすごく怒られて大変でした。このときの勘三郎さんは爪を真っ黒にして、貧しい人を演じる役作りをされているのを間近で見ました。勘三郎さんご自身も十七世のもとで厳しい稽古を受けてきた方なので、いっぱい稽古をしないと不安だったのではないかと思いますが、いつも必死で手を抜いたところは見たことがありませんでした。

(注2)2006年1月歌舞伎座、2007年1月歌舞伎座の公演で十八世中村勘三郎が『春興鏡獅子』を踊った際に鶴松は2度にわたり胡蝶の精を勤めている。

画像2: 中村勘三郎が描いた未来へ。
若きホープ中村鶴松が
歌舞伎座の舞台で主役に挑む
【前編】

──鶴松さんにとって、“あの時があったからこそ今の自分がある”と思える出来事で、真っ先に思い浮かぶのはどんなことですか?

鶴松: 今までで一番衝撃を受けたのは、勘三郎さんの『春興鏡獅子』ですね。僕はいつか『春興鏡獅子』を演らなければ死ねないと思っていたほどで、まずは自主公演(2022「鶴明会」)で勤めることができました。子どもの時から一番演りたいと思っていた演目だったので振りは全部頭に入っていましたし、それが実現したことは良かったと思います。『春興鏡獅子』には歌舞伎の音楽の素晴らしさもありますし、見栄えもするので、歌舞伎の魅力がすべて揃った演目だと思います。勘三郎さんの舞台をご一緒させていただいた経験もありますし、新年会で勘三郎さんが「60歳までは毎年一回は絶対に踊る」とおっしゃっていたことも覚えています。そして、僕はとにかく踊りが好きなんです。もしまた自主公演ができるなら、『船弁慶』とか『雨乞狐』とか、演ってみたいものを挙げたら舞踊ばかり思い浮かびます。でも、また機会があれば『春興鏡獅子』ができたらいいですね。

画像: 中村鶴松(NAKAMURA TSURUMATSU) 東京都生まれ。2000年5月歌舞伎座『源氏物語』竹麿役に本名の清水大希で初舞台。以来、子役として数多くの舞台に出演。2005年5月歌舞伎座『菅原伝授手習鑑』車引の杉王丸で2代目中村鶴松を名乗り、18代目中村勘三郎の部屋子として披露。2018年6月平成中村座スペイン公演では『連獅子』に出演。2021年8月の八月花形歌舞伎では『真景累ヶ淵 豊志賀の死』で主人公の相手役の新吉に抜擢された

中村鶴松(NAKAMURA TSURUMATSU)
東京都生まれ。2000年5月歌舞伎座『源氏物語』竹麿役に本名の清水大希で初舞台。以来、子役として数多くの舞台に出演。2005年5月歌舞伎座『菅原伝授手習鑑』車引の杉王丸で2代目中村鶴松を名乗り、18代目中村勘三郎の部屋子として披露。2018年6月平成中村座スペイン公演では『連獅子』に出演。2021年8月の八月花形歌舞伎では『真景累ヶ淵 豊志賀の死』で主人公の相手役の新吉に抜擢された

──『野崎村』のお光を稽古されていて、どんなことを実感されていますか。

鶴松: お光という役は劇中で大根を切るなど、“仕事”が多い役なんです。決められた手順を義太夫節に合わせて、その語りの間にすべてを終わらせなければなりません。『俊寛』の千鳥も同じように義太夫節に合わせて動くところがありますが、一つ一つの動きがすべて音にはまるので半分踊りのような感覚なんです。ところがお光の作業は一つ一つが区切れていないので義太夫にも合わせづらいですし、その語りの尺に合うように頭の中で計算して動かなければなりません。一方で計算して動いていることを見せないようにしないといけないという難しさもあります。ですから余裕を持たなければならないと思っています。無我夢中になって演じるよりは自分のことを俯瞰して見られたときのほうが意外といいんですね。自分の中に観客の目が一つあるみたいなときは冷静に演じているので、いろんなことを考えながらできるんです。舞台であれをやらなきゃ、これをやらなきゃという状態のときは、あとでダメ出しされても、それ自体全く記憶がないんです。お光になりきることができればそれが一番の理想ですが、七之助さんからは、本当の感情とは違っていても、それを気づかれることなくお客様に伝わるようにしなければならないと言われます。新吉(『真景累ヶ淵 豊志賀の死』)を勤めさせていただいた時は何か月も前から稽古をして、カラオケボックスで一人で稽古したこともありましたが、やり過ぎた結果、あまり視野が広くない独りよがりなものになってしまいました。稽古をしたから良くなるとは限らないこともあるので、難しいですね。

──最後に、『野崎村』のどんなところを楽しんでいただきたいですか?

鶴松:『野崎村』は、登場人物が5人程度で、場面転換も少なく、ストーリーもわかりやすい作品です。かつて、その5人をすべて人間国宝が演じることで話題になったことがありました。お光を(七世)中村芝翫さん、お染を(四世)中村雀右衛門さん、久松を(三世)中村鴈治郎(四世坂田藤十郎)さん、お光の父久作を(五世)中村富十郎さん、後家のお常を(六世)澤村田之助さんという後にも先にもない豪華な配役でした。役と実年齢にかなりの差がありますが、それでも芝居として成立するのが歌舞伎のすごいところだと思います。そのとき芝翫さんが演じたお光を僕が初役として勤めさせていただきます。七之助さんから教わったときに、お光として声を発するときの音程も半音くらいの高さの調整をされているとおっしゃっていました。僕が聞いてもその差がわからなかったのですが、七之助さんが計算し尽くして演じているということを自分が演じる機会をいただいたからこそ知ることができました。先輩方のお光には足もとにも及びませんが、『野崎村』は稽古をした分、身になると思って頑張りますので、その成果をご覧いただけたらと思います。

画像3: 中村勘三郎が描いた未来へ。
若きホープ中村鶴松が
歌舞伎座の舞台で主役に挑む
【前編】
画像4: 中村勘三郎が描いた未来へ。
若きホープ中村鶴松が
歌舞伎座の舞台で主役に挑む
【前編】

猿若祭二月大歌舞伎
昼の部 11:00開演
一、『新版歌祭文 野崎村』
二、『釣女』
三、『籠釣瓶花街酔醒』

夜の部 16:30開演
一、『猿若江戸の初櫓』
二、『義経千本桜 すし屋』
三、『連獅子』

(出演)
片岡仁左衛門、中村福助、中村芝翫、尾上松緑、中村獅童、
中村勘九郎、中村七之助ほか。
※中村鶴松さんは、昼の部『新版歌祭文 野崎村』久作娘お光、
『籠釣瓶花街酔醒』兵庫屋初菊、夜の部『猿若江戸の初櫓』若衆方霧弥
にて出演。

会場:歌舞伎座
住所:東京都中央区銀座4-12-15
上演日程:2024年2月2日(金)〜26日(月)
問い合わせ:チケットホン松竹 TEL. 0570-000-489
チケットweb松竹

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