アカデミー賞を沸かせ、各国でも高評価の話題作『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』。ヒューマン・コメディの名手で、映画の撮影現場をこよなく愛するアレクサンダー・ペイン監督に、本作の制作秘話を聞いた──

BY KURIKO SATO

画像: 本作を撮影中のアレクサンダー・ペイン監督 Seacia Pavao / © 2024 FOCUS FEATURES LLC.

本作を撮影中のアレクサンダー・ペイン監督

Seacia Pavao / © 2024 FOCUS FEATURES LLC.

 ずいぶん前に、パリでアレクサンダー・ペイン監督の撮影現場を見学したことがある。オムニバス映画『パリ、ジュテーム』(2006年)で彼が担当した一編、「14区」の撮影だった。フランスのインディペンデント映画の、さらに短編とあってスタッフも最小限のなか、ときに飄々と、音響機材の台車を押すのを手伝っている姿を見て驚いたものだ。ハリウッドのアカデミー賞受賞者でもこんなに腰が低いのか、と。2004年に彼が監督、共同脚本を手掛けた『サイドウェイ』が翌年のアカデミー賞脚色賞に輝き、ペインの名前が世界に知れわたった頃だった。

画像: 主演のポール・ジアマッティ(中央)は『サイドウェイ』(2004年)で数々の映画賞を受賞。ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ(写真右)は本作でアカデミー賞助演女優賞を獲得 Seacia Pavao / © 2024 FOCUS FEATURES LLC.

主演のポール・ジアマッティ(中央)は『サイドウェイ』(2004年)で数々の映画賞を受賞。ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ(写真右)は本作でアカデミー賞助演女優賞を獲得
Seacia Pavao / © 2024 FOCUS FEATURES LLC.

 今年のアカデミー賞で、ダヴァイン・ジョイ・ランドルフに助演女優賞をもたらしたペインの新作、『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』は、彼の人柄が滲み出たようなヒューマン・コメディである。さらに『サイドウェイ』以来の名優ポール・ジアマッティとの、待望の再タッグとなった。チェックのボタンダウン・シャツにコーデュロイのパンタロンというカジュアルな雰囲気で、にこやかにインタビューに応じるペインの横顔から再び、彼の謙虚で温かい人間性が伝わってきた。

アレクサンダー・ペイン(以下、ペイン) ポールとはずっとまた一緒に仕事がしたいと思っていました。もう19年も経ってしまったとは(笑)。彼は素晴らしい俳優であると同時に、一緒に仕事をするのがとても楽しい。本当にユニークだし、尊敬しています。この脚本はポールを念頭に、脚本家のデヴィッド・ヘミングソンに書いてもらいました。数年前にデヴィッドと出会う機会があり、彼も奨学生として本作と同じような学校生活を送った経験があることがわかったためです。もともとわたしは、学校を舞台にしたマルセル・パニョルの『Merlusse』(1935年/日本未公開)というフランス映画が好きで、同じようなアイディアでアメリカを舞台に、ポールを教師役にしたら面白いのではないかと考えていたのです(註:パニョルの映画に登場する恐ろしい形相の教師に因み、ジアマッティは「やぶ睨み感」を出すために、特別仕様のコンタクトレンズを使用した)。それでデヴィッドに長編映画用に執筆してくれるように頼みました。でも現在は、全寮制の男子校はアメリカに存在しないので、1970年という設定にしました。わたしは1970年代の雰囲気も、この時代の映画も大好きなんです。当時10代だったわたしの映画的素養を形作っています。

画像: 俳優たちの個性を引き出して見事に物語を紡ぐペイン監督の手腕を堪能できる作品だ Seacia Pavao / © 2024 FOCUS FEATURES LLC.

俳優たちの個性を引き出して見事に物語を紡ぐペイン監督の手腕を堪能できる作品だ
Seacia Pavao / © 2024 FOCUS FEATURES LLC.

 物語は1970年の終わり。ボストン近郊のバートン校では、生徒の大半がクリスマス休暇で家族のもとに帰っていく。そんななか、複雑な家庭事情で学校に居残ることになった生徒アンガス(ドミニク・セッサ)の「子守役」を任命されたのが、独り者でみんなから嫌われている堅物教師ポール(ジアマッティ)。ふたりは、息子をベトナム戦争で亡くしたばかりで自主的に学校に残ることを決めた料理長メアリー(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)とともに、クリスマスを迎えることになる。

 屈折しているが、本当は愛に飢えているアンガスと、過去のトラウマによりひねくれ者になったポール、さらに悲しみを秘めたメアリーの3人が、思わぬ縁で家族のように寄り添ってクリスマスディナーを食べることから、彼らの心の鎧が少しずつ解かれていく。

ペイン 最初からクリスマス映画を作ろうと思ったわけでも、ベトナム戦争を入れようと思ったわけでもない。ただキャラクターの設定を考えていくうちにそうなりました。わたしは作品のテーマやメッセージよりも、キャラクターとストーリーに集中するのが好きなのです。テーマは後からついてくる。ただ、自分が生きてきた経験や見てきたものの影響は自然に表れる。よく人から、映画監督をするときはどんな人間になるのか、暴君か、嫌な奴か、などと訊かれるのですが、わたしは映画を作るときに人が変わるということはないと思う。実生活でも映画を撮っているときも、自分はまったく同じ人間です。自分にとって映画とは、人生を描くもの。人生がここにある、それをカメラの前に置きたいと思う。

画像: 孤独な生徒アンガスを演じたドミニク・セッサは、本作が映画初出演とは思えないほどの存在感を発揮 Seacia Pavao / © 2024 FOCUS FEATURES LLC.

孤独な生徒アンガスを演じたドミニク・セッサは、本作が映画初出演とは思えないほどの存在感を発揮
Seacia Pavao / © 2024 FOCUS FEATURES LLC.

 もっとも、どんな巧い俳優でも、つねに素晴らしいとは限らない。優れた監督は俳優の資質を最大限に引き出せる監督でもあるだろう。ペインは謙遜するが、『ファミリー・ツリー』(2011年)で新しい魅力を見せたジョージ・クルーニーや、カンヌ国際映画祭で男優賞に輝いた、『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(2013年)のブルース・ダーンのように、ペイン映画の俳優たちはことさら輝いて見える。もちろん、本作のジアマッティやランドルフもしかり。とくに今回初めてカメラの前に立ったというアンガス役の新人ドミニク・セッサは驚きだ。まるでこの役を演じるために生まれてきたかのようにのびのびと、個性的な味を発揮しながら、ジアマッティと対峙してみせる。

ペイン ドミニクはロケ地で使った学校の、実際の生徒でした。彼に出会う前、わたしたちは800人ぐらいオーディションをしたけれど、これだという人がいなかった。彼は演技の勉強をしていたものの、仕事をしたことはなかった。でもカメラの前で驚くほど生き生きとしていた。彼をどう演出したか? いえ、わたしは何もしていない。彼にいくつかの映画を観るようにいっただけ。たとえば『卒業』(1967年)や、ハル・アシュビーの『真夜中の青春』(1970年)と『ハロルドとモード/少年は虹を渡る』(1971年)と『さらば冬のかもめ』(1973年)、『ペーパームーン』(1973年)など。それも当時の雰囲気をつかんでもらうためで、あとは彼自身の力によるものです。

画像: アレクサンダー・ペイン  1961年、アメリカ、ネブラスカ州生まれ。スタンフォード大学で歴史とスペイン文学を学び、UCLAで映画の修士号を取得。アカデミー賞に作品賞、監督賞各3回を含む計19回ノミネートされ、『サイドウェイ』(2004年)『ファミリー・ツリー』(2011年)で脚色賞を受賞。ゴールデングローブ賞では『サイドウェイ』でミュージカル・コメディ部門、『ファミリー・ツリー』でドラマ部門と2度の作品賞を獲得 Seacia Pavao / © 2024 FOCUS FEATURES LLC.

アレクサンダー・ペイン  1961年、アメリカ、ネブラスカ州生まれ。スタンフォード大学で歴史とスペイン文学を学び、UCLAで映画の修士号を取得。アカデミー賞に作品賞、監督賞各3回を含む計19回ノミネートされ、『サイドウェイ』(2004年)『ファミリー・ツリー』(2011年)で脚色賞を受賞。ゴールデングローブ賞では『サイドウェイ』でミュージカル・コメディ部門、『ファミリー・ツリー』でドラマ部門と2度の作品賞を獲得

Seacia Pavao / © 2024 FOCUS FEATURES LLC.

『サイドウェイ』同様、本作は低予算のインディぺンデントでありながら、欧米で絶賛され、多くの賞に輝いた。マーヴェル映画やアクション大作が主流の時代に、大事件が起こるわけでもない、小さな学園ドラマが人々の心をつかむのは、小気味良い。それこそペインの監督としての信念によるのだから。

ペイン わたしはスーパーヒーロー映画を作ることに興味がない。1970年代に自分が観て育ったような、優れたヒューマン・コメディを作り続けたいと思う。そのために、つねに低予算をキープすることを心がけています。ラッキーなことにこれまでいくつかの賞に絡んできたから、低予算である限り、タキシードを着てまた授賞式に出席できるかもしれないと期待する出資者がいてくれるのです(笑)

画像: <6/21(金)公開>映画『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』90秒予告 youtu.be

<6/21(金)公開>映画『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』90秒予告

youtu.be

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
6月21日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
公式サイトはこちら

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.