BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY WATARU ISHIDA

新作歌舞伎『大富豪同心』幸千代=中村隼人
昨年はスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』や地方巡業公演でも主演を勤め、目覚ましい活躍を見せている中村隼人。そんな彼が2025年の最初に挑むのは新作歌舞伎『大富豪同心』。人気時代小説を原作とし、NHK BSでドラマ化された際に、自身が主演を務めて人気を博した作品だ。中村隼人という歌舞伎俳優を世に知らしめたこの作品、歌舞伎を観たことのないドラマ視聴者にとっても、彼の生の舞台の彼を目にする絶好のチャンスだ。
──2024年は隼人さんにとってどんな手応えがあった年でしたか?
隼人:自分で“手応え”ということにお答えするのはおこがましいことですが役者として成長させていただいたと思うのは、2月と10月に出演したスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』と3月京都・南座で演じた『女殺油地獄』の河内屋与兵衛です。
これまでもスーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』、新作歌舞伎『NARUTO-ナルト-』、そしてスーパー歌舞伎Ⅱ『オグリ』などの作品を通して役者として大きい経験をさせていただきました。スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』はその原点とも言われる作品です。とても高カロリーな舞台でして、3時間以上にわたって出ずっぱり、しゃべりっぱなし、動きっぱなし、さらに立廻りもあります。自分一人で持たせなければいけない場面も多く、非常に大変で、修行のような感じでした。
──スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』には今までにないものを見出したような瞬間はありましたか?
隼人:歌舞伎というものは、役者の力というものが本当に大事になってくる演劇なんだなと改めて思いました。新橋演舞場と博多座で演らせていただいたのですが、博多座は演舞場から半年以上経っての上演だったので、一度経験したことを自分なりにこうやれば良かったのではないかと工夫して臨めたと思います。また、自分が意図していないことでも、先輩方から「変わったね」と言っていただいたことがあり、日々のいろいろなお仕事、舞台の積み重ねがどんな役にも生きてくるのだと感じました。
──スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』は市川團子さんとダブルキャストでしたが、そのことがご自身に何か影響はありましたか?
隼人:ダブルキャストだった團子くんはスーパー歌舞伎を創られた方(二世市川猿翁)のお孫さんなので、彼が血筋としても王道のスーパー歌舞伎を目指してアプローチしているのを間近で見ていました。彼が王道という一つの正解で演じるのであれば、僕は自分にしかできないことは何かと考えながら役を創っていくことができたと思います。良くも悪くも引っ張られることはありませんでした。もし、これがシングルキャストで自分だけが演じるのであれば、どうしても以前お勤めになった方々を目指して追っていたと思うのですが、團子くんという元祖というか、王道がいたので、僕自身はのびのびできました。

新作歌舞伎『大富豪同心』八巻卯之吉=中村隼人
──『女殺油地獄』ではどんな学びを得ることができましたか?
隼人:近年、(片岡)仁左衛門のおじさまに役を教わる機会が多くて、歌舞伎役者として立役の道に進む以上、絶対に一度は勤めてみたいと思っていたお役でした。それが、こんなにも早く叶うとは思ってもみませんでした。上方狂言なので言葉の壁だったり、義太夫狂言の難しさだったり、そういうものを感じながらも、河内屋与兵衛の実年齢とそれほど年の差のない30歳という年齢で勤めることができたのは良かったかなと思います。
──仁左衛門さんのご指導で印象に残ったことを教えてください。
隼人:与兵衛は反抗的な息子ですが、実の母と義理の父の愛情を知る。そこで改心するのかと見えるのですが、結局は改心せず、お吉という女性に金の無心をして断られます。悲しみが怒りに、怒りが殺意に、そして殺している間に快楽を感じ、楽しくなっていく。この感情の変化を表現するのが大切で、また難しいとも仰っていて、おじさまの与兵衛がこんなに緻密に作られているということを知りました。
また、僕は江戸の役者で、普段の言葉も標準語なので、おじさまからは「東京の役者が関西でやる意味を考えて」といわれました。ですから周りの関西の歌舞伎役者さんに、稽古中から毎日、毎日イントネーション講座を開いてもらって、上方の言葉として伝わるように努めました。まだまだ全く及びませんが、長い時間をかけて捨てゼリフも言えるようになりたいと思います。

新作歌舞伎『大富豪同心』幸千代=中村隼人、美鈴=中村壱太郎

新作歌舞伎『大富豪同心』幸千代=中村隼人
──年末にもNHKのBSで隼人さん主演の『大富豪同心スペシャル』が放映されました。今回改めて、原作の小説が新作歌舞伎『大富豪同心』として上演されるますが、どんな作品になりそうですか?
隼人:ドラマをご覧になっている方からすると、キャストは僕以外全員違いますので、別物として見えるのではないかと思います。原作にあるもの、脚本にあるものをかみ砕いて、肉体で表現していくのが僕ら役者の仕事で、それはドラマも歌舞伎も作業としては同じです。稽古を重ねるたびに、みんなが自然とキャラクターらしくなっている感じがしています。
ドラマでは10話で描きますが、歌舞伎では、今回、1時間15分くらいで描かなければなりません。ですから僕がずっとドラマで演じてきた八巻卯之吉を、舞台で説明しなくても“卯之吉”に見えるように心がけて演じています。
──本作の見どころを教えてください。
隼人:今回は“影武者 八巻卯之吉篇”で、僕が卯之吉と幸千代(将軍の弟)という2役を演じます。普通、歌舞伎の早替りといえば、性別や身分も全く違う人物になるものですが、今回はいつもの早替りとは違います。卯之吉と幸千代は顔がそっくりで、卯之吉は幸千代の影武者になるという設定です。ですから化粧の色も性別も変わらない早替りは、おそらく歌舞伎では初めての試みかと思います。そうなるとスピード重視で、変わるのはわかっているお客様にも、それにしても速すぎない?と感じていただけるようなところを目指しています。僕の2役の演じ分けと、早替りのスピードでお見せするところがメインだと思います。

新作歌舞伎『大富豪同心』八巻卯之吉=中村隼人
──2024年を漢字一字で表すとしたら、どの字が思い浮かびますか?
隼人:「激」ですかね。時代の移り変わりが速い中で、僕自身も信じられないほどいろいろな作品に出演させていただくようになりました。それはとても激務でしたし、役柄もヤマトタケル、与兵衛と、そして12月の南座の顔見世で演じた御所五郎蔵という、激昂、激情する今まで経験したことのないタイプの役柄を勤めさせていただきました。役を演じる上では感情のコントロールが非常に大変な年でした。
──2025年の抱負をお聞かせください。
隼人:毎年、毎年、“去年の自分を超えたい”という思いはありますが、2024年は本当にいろいろな経験をさせていただいたので、さらに超えることを目標にするのは難しいと思っています(笑)。ですから『大富豪同心』から始まる2025年は改めて一つ一つのお役を大切に、練って、勤めます。ここ2,3年はいろいろとやらせていただける今の自分に到達するための準備期間でしたから、今の自分を客観的に見つめながら取り組んでいく年にしたいです。
──激務な1年だったそうですが、プライベートで楽しむ時間はありましたか?
隼人:自分の時間がなく、休みの時は寝るという感じでした(笑)。でも、自分の生まれた場所へ帰ることができたので、それが気分転換になりました。生後すぐに東京に移ったので出身は東京になっていますが、実は僕は鹿児島生まれなんです。小さい頃、母が里帰りした際に一緒に行って見ていた景色が、今見るとどういう風に感じるのかということも試したくて、ちょっとした旅に出ました。鹿児島、宮崎、熊本、長崎と九州を仕事をまじえていろいろ回りました。鹿児島と宮崎の県境にある高千穂には天孫降臨の山があるのですが、そこに登ってお参りしてきました。高千穂は3歳の頃に初めて登って、それ以来でした。

新作歌舞伎『大富豪同心』幸千代=中村隼人
──初日を迎えて 1月5日に歌舞伎座の稽古場で取材
新春の歌舞伎座の舞台で、新作歌舞伎『大富豪同心』で“トリ”を任されたことについての心境をお聞かせください。
隼人:それは実はあんまり意識していません。例えば『京鹿子娘道成寺』のような大作を一人で任せられたのなら意味は違うと思いますが、今回は新作歌舞伎です。主演の僕が一人で為し得ているのではなく、出演される皆さんと一緒に作品を作っているからです。それがトリの『大富豪同心』に対する本心です。
──稽古が短期間だったと伺いましたが、どんなところが大変でしたか?
隼人:新作に慣れているキャストの皆さんだったので、芝居自体はスムーズに作られて、どんどん組み立てられていきましたが、稽古順は一日の最後だったこともあり、どうしても深夜までかかりました。一方で早替りがあるスピーディなお芝居なので、舞台転換のテストや照明の調整には時間がかかりました。新作歌舞伎の場合は、稽古自体に上演時間の5倍くらいの時間がかかる感じですね。
──ドラマで演じていた役を演じられたこと、新しいキャストの皆さんとの共演はいかがですか?
隼人:映像でやっているものをどういうふうに歌舞伎に落とし込めばいいのかというのは、ずっと考えながら作っていました。映像の時代劇には出てこない役どころとして歌舞伎にある「つっころばし」という若旦那が当てはまると思ったのですが、当てはまってしまうと面白くないと思うので、それを少しひねった特殊な感じにしようと努めています。
今回の配役は皆さん見事にハマって良かったと思っています。製作の担当の方とお話しして、僕よりも歳上の方ばかりなので断られるかもしれないとは言われていたのですが、皆さん、快く「隼人のだったら」とおっしゃって引き受けてくれたそうです。すごく感謝しています。
──作品に取り組む上でご自身にテーマを課しているとのことですが、本作ではどんなことを目標にしていますか?
隼人:夜の部は『熊谷陣屋』と『二人椀久』の後に『大富豪同心』なので、一見すると時代物と舞踊、新作というバランスの良い組み合わせに思えるのですが、『熊谷陣屋』のような古典を求めているお客様は “これは歌舞伎なの?”とおっしゃる方もいらっしゃるでしょうが、僕としては、演出家、脚本家の表現したい『大富豪同心』という作品を楽しんでいただき、歌舞伎を少しでも好きになっていただけるかが課題だと思っています。その上で、歌舞伎にはいろいろなジャンルの作品があることを知ってもらえればいいですね。

新作歌舞伎『大富豪同心』(前列右から)三国屋徳右衛門=中村鴈治郎、八巻卯之吉=中村隼人、荒海ノ三右衛門=松本幸四郎、美鈴=中村壱太郎、銀八=尾上右近
──2025年はNHKの大河ドラマ『べらぼう』にもご出演されますね。大河ドラマはご自身にとってどんな経験ですか?
隼人:大河ドラマは僕が今までやってきたことがいかに通用するか、足りないものはなにかを試す場所だと感じています。特に今回はコメディータッチで、あまりいないような感じのコミカルな侍で、しかも長谷川平蔵なんです。物語がシリアスでも、長谷川平蔵が出てきたら少し肩の力が抜けるというか、ムードメーカー的なものを目指しました。僕だけは“真面目なことをしているけれど、それが面白い”、という役を意識しています。
──最後に歌舞伎座へいらっしゃる方へメッセージを。
隼人:歌舞伎は難しいということを考えずに楽しんでいただきたいです。魅力的な登場人物ばかりなので素敵な役者さんを発見することもあるでしょうし、歌舞伎を観る入口になる舞台にしたいです。とにかく僕を観に来てください!

中村隼人(Nakamura Hayato)
東京都出身。父は二代目中村錦之助。2002年歌舞伎座『菅原伝授手習鑑 寺子屋』の小太郎で初代中村隼人を名乗り、初舞台。古典の大役に挑みつつ、新作歌舞伎『NARUTO-ナルト-』、スーパー歌舞伎Ⅱ『オグリ』、スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』で主演を勤める。近年は歌舞伎以外の映像や舞台で活躍し、BS時代劇『大富豪同心』で主人公を演じ、好評を博している。2025年NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺』に出演中。
©SHOCHIKU

初春大歌舞伎
昼の部 11:00開演
一、『寿曽我対面』
二、『陰陽師』大百足退治 鉄輪
三、恋飛脚大和往来 玩辞楼十二曲の内『封印切』新町井筒屋の場
夜の部16時30分開演
一、一谷嫩軍旗『熊谷陣屋』
二、『二人椀久』
三、新作歌舞伎『大富豪同心』影武者 八巻卯之吉篇
※中村隼人さんは、
夜の部『大富豪同心』に出演。
会場:歌舞伎座
住所:東京都中央区銀座4-12-15
上演日程:2025年1月2日(木)〜26日(日)
休園日:8日、16日
問い合わせ:チケットホン松竹 TEL. 0570-000-489
チケットweb松竹
山下シオン(やました・しおん)
エディター&ライター。女性誌、男性誌で、きもの、美容、ファッション、旅、文化、医学など多岐にわたる分野の編集に携わる。歌舞伎観劇歴は約30年で、2007年の平成中村座のニューヨーク公演から本格的に歌舞伎の企画の発案、記事の構成、執筆をしてきた。現在は歌舞伎やバレエ、ミュージカル、映画などのエンターテインメントの魅力を伝えるための企画に多角的な視点から取り組んでいる。
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