BY CHIKO ISHII
ヤングアダルト文学の注目作家の最新作
長谷川まりる『この世は生きる価値がある』
ヤングアダルト(略してYA)とは、「若い大人」という意味だ。YA出版会の公式サイトによれば、「YA」に分類される本の想定読者は13歳から19歳だが、実際の読者層は20代から30代と幅広い層になっているという。10代から読めるくらいリーダビリティが高く、大人にも刺さる作品が多い魅力的なジャンルなのだ。
『杉森くんを殺すには』(2023年)で野間児童文芸賞を受賞した長谷川まりるの最新作『この世は生きる価値がある』は、タイトルになっているシンプルで強いメッセージを非常にユニークな形で伝えるヤングアダルト文学だ。

『この世は生きる価値がある』長谷川まりる 著、RYO 挿画・挿絵、野条友史(buku) ブックデザイン
¥1,760/ポプラ社
どこからか逃げてきた「おれ」の魂が、高梨天山という14歳の少年の体に入りこむ場面で物語の幕は開く。天山は春休みに患ったインフルエンザが悪化し、息をひきとったばかりだった。過去の記憶を失った「おれ」は、天山の体を通して生きることの素晴らしさに目覚める。「おれ」を連れ戻しに来た「キツネ」は、いずれ天山の体は動かせなくなると告げる。タイムリミットはおよそ1年。正体不明の「おれ」が記憶喪失になった天山として過ごす日々を描く。
心臓の鼓動から桜の美しさまで、人間が生きていたら当たり前に感じることを「おれ」といっしょに未知のものとして体験できるところが面白い。生まれ変わった「おれ」にとって、最初はあらゆる物事が新鮮で楽しかった。しかも、天山は「やまてん」というアカウントで「弾いてみた」系のピアノ動画を配信していて、フォロワーは3万人以上。学校でも人気者だったから、約1年という期限はあるもののキラキラした青春を謳歌できるはずだった。ところが、楽しかった生活にだんだん陰りが出てきてしまう。
自分の欲望にしたがって動いている「おれ」は、ひょんなことから「生きる価値」を見失った同級生を助けようとする。ちょっとうまいことを言って、一時的に気持ちを上向かせることはできるけれど、根本的な解決にはならない。「おれ」が余計なことをしたなと後悔するくだりはリアルだ。
厚生労働省の人口動態統計(2023年)によると、10代から30代の死因はいずれも自殺が最多になっている。生きづらさの理由は人それぞれで、他人が介入することは難しい。長谷川まりるはそこで難しい問題だよねと諦めずに、作中で具体的な対処法を考える。「生きる価値はあるのか」という問いだけでは足りない人に、唯一の正しい答えではないかもしれないけれども、確かな手がかりになる言葉を届ける。一つひとつの言葉が吟味されていて、ごまかしがない。
たとえば、「おれ」を批判しながらなぜかサポート役にまわる「キツネ」の〈『人を救う』ということは、あまり格好良いものではなく、地道で、面倒なことだ〉というセリフ。あるいは〈負の感情は重い。とどこおってよどみやすい。でも、正の感情は軽くてすぐに流される〉というインド哲学の考え方。ここだけ抜き出しても響かないだろうが、物語のなかで適切な場所に置かれることによって光を放つ。悩める大人にもぜひ手にとってもらいたい一冊だ。
高まるYA文学の存在意義
「10代がえらぶ海外文学大賞」も創設
読書人口が減少傾向にあると言われて久しい。小中学校では朝10~15分本を読む「朝の読書」が推進されているが、子どもが自ら読みたいと思う本がなければ続かないだろう。中高生になれば、読書に割ける時間も少なくなる。児童書と大人向けの本の架け橋になるヤングアダルトの存在意義はますます高まっている。
今年は翻訳家や司書、書評家が発起人となって、クラウドファンディングを行い、「10代がえらぶ海外文学大賞」が創設された。第1回目は選考委員の6名(金原瑞人、河出真美、三辺律子、奈倉有里、鳴川浩子、野崎歓)と一般読者(年齢不問)が推薦作品を選び、10代の読者が読んで10月に大賞を決定する。第1次投票でしぼりこまれた22冊の推薦作品から2冊を紹介したい。
装画・挿絵も美しい
フランシス・ハーディング『ささやきの島」

『ささやきの島』フランシス・ハーディング 著、児玉敦子 訳、エミリー・グラヴェット 装画・本文挿絵、東京創元社装幀室 装幀
¥2,420/東京創元社
まずはフランシス・ハーディングの『ささやきの島』(児玉敦子訳)。ハーディングはコスタ賞大賞・児童書部門をW受賞した『嘘の木』などで知られ、大人の読書好きのあいだでも評価が高い作家ということもあり、候補作として挙がってきたのだろう。
主人公のマイロの父は、マーランクという島で渡し守を務めている。渡し守は死者の靴を船に乗せて、死の先の世界へ導く〈壊れた塔の島〉まで送り届けなければならない。靴をマーランクに残したままにしておくと、死者の魂が島じゅうをさまよい歩くからだ。ある日、領主の娘の靴をめぐるトラブルが原因で、マイロの父は殺されてしまう。亡き父に代わって〈壊れた塔の島〉へ向かうマイロの冒険を描く。
死は人間にとって最大の恐怖だ。自分が死ぬことはもちろん恐ろしい。渡し守に預けた靴を取り戻して、死んだ娘の蘇生を目論む領主のように、愛する誰かの死を受け入れられない人もいる。死者の気持ちをつい想像してしまい、渡し守には向かないと言われていたマイロが、その共感力で死に向き合う人々を救う。航海中に出会う首のない鳥、雪のように白くさまざまな形に変化する蛾の群れ、〈壊れた塔の島〉の銀色の砂……マイロが旅する世界は幻想的で魅了される。エミリー・グラヴェットが白黒青の三色で描いたイラストも美しい。
少女たちのひと夏の経験
ポール・モーシャー『七月の波をつかまえて』
ポール・モーシャー著、代田亜香子訳の『七月の波をつかまえて』は、「10代のための海外文学」をテーマに世界各国の選りすぐりの文学作品を集めた「STAMP BOOKS」シリーズの1冊だ。「STAMP BOOKS」といえば、難病を患う若者同士の恋を美化せずに描き映画化もされた『さよならを待つふたりのために』など、シリアスなテーマに果敢に切り込んだ作品を紹介しているイメージがある。同シリーズから「10代がえらぶ海外文学大賞」にノミネートされた『あいだのわたし』と『僕たちは星屑でできている』は、難民問題を扱っている。『七月の波をつかまえて』は、美しいガール・ミーツ・ガールの物語だが、心に傷を負った登場人物の感情の動きに真実味のあるところが支持を集める所以ではないだろうか。候補作になったのも納得だ。
舞台はアメリカ。7月31日に13歳になるジュイエは、ママの仕事の関係で、7月1日から1か月間カリフォルニア州サンタモニカのオーシャンパークというリゾート地に滞在することになった。いつもブラックのゴスメイクで黒い服を着ているジュイエが、海辺の町で同い年のサマーと出会う。

『七月の波をつかまえて』ポール・モーシャー 著、代田亜香子 訳、早川世詩男 カバー画・カット
¥2,090/岩波書店
パパは家を出ていってしまい、ERのドクターを務めるママは多忙。親友と引き離されて、恐怖症に悩んでもいるジュイエが、陽気なサーファーガールのサマーと友だちになって変わっていく。見た目は対照的だけれども、サマーにも簡単には打ち明けられない苦しみがあって、ふたりはお互いのなかに通じ合うものを見出すのだ。
毎日〈エイリアンの要求をムシ〉と書いてある道で待ち合わせをして、いっしょに花火を見たり、海に入ったり、観覧車に乗ったりする。ふたりの夏はまばゆい。サマーに教えてもらいながら、ジュイエが初めてボディボードに乗るくだりが最高だ。
波をつかまえたときの感覚は〈自然が与えてくれる乗りものに乗って、スリルを味わいながら、陸にむかって体あたりしていく海の鼻先に、車のボンネット飾りみたいにとまってる。車の窓から顔を出してる犬みたいな気分。水面をはねながら飛んでいく平らな石みたい。お父さんに肩車してもらってる女の子みたい〉と表現している。わかりやすい言葉を使っているが、ステレオタイプな文章ではない。
ヤングアダルト文学は子ども扱いされることを好まず、大人の欺瞞にも敏感な10代の読者が「自分たちの話」として読めるものでなければならない。作家も若いころの記憶を可能なかぎり正確に再現して書いているからだろう。10代をとっくの昔に通り過ぎた大人も、読んでいると忘れてしまった胸の痛みやときめきがよみがえる。
『七月の波をつかまえて』は、切ないけれど希望が見える結末になっていて爽快感が残る。夏の旅先で読む本としてもおすすめしたい。

石井千湖
著作「『積ん読』の本」(主婦の友社)で“本好き”を増やしている書評家、ライター。大学卒業後、8年間の書店勤務を経て、書評家、インタビュアーとして活躍中。新聞、週刊誌、ファッション誌や文芸誌への書評寄稿をはじめ、主にYouTubeで発信するオンラインメディア『#ポリタスTV』にて「沈思読考」と題した書評コーナーを担当。ほか著作に『文豪たちの友情』(新潮文庫)、『名著のツボ 賢人たちが推す! 最強ブックガイド』(文藝春秋)がある。
▼あわせて読みたいおすすめ記事