発見、感動、思索……知的好奇心を刺激する、映画好きな大人のための今月の新作を厳選!

BY REIKO KUBO

失われた時間と寄り添う再生の物語『夏の砂の上』

画像1: Ⓒ2025映画『夏の砂の上』製作委員会

Ⓒ2025映画『夏の砂の上』製作委員会

 大雨が濁流となって曲がりくねる坂道を流れ落ちる。時が過ぎ、再び長崎に乾いた夏がやってくる。男はコンビニの袋をぶら下げ、ゆっくりと坂道の階段を登り、「今日も暑いね」と煙草屋に立ち寄って、坂の頂にへばりつくように建つ家へ帰っていく。治(オダギリジョー)は元溶接工。造船所の閉鎖により職を失い、ぶらぶらしていた治に愛想を尽かした妻(松たか子)は家を出て行った。今日は亡き息子の位牌をめぐって口論に。「これがあれば、私がまたここに来ると思うとるとやろ」――妻の一撃は鋭い。

 そして妹の阿佐子(満島ひかり)が、娘の優子(髙石あかり)を連れて戻ってくる。ところが阿佐子は優子を置いて、さっさと博多の男の元へ帰ってしまい、治と優子の奇妙な二人暮らしが突然始まる。

画像2: Ⓒ2025映画『夏の砂の上』製作委員会

Ⓒ2025映画『夏の砂の上』製作委員会

 海と造船所、蝉の声とかすかなピアノの旋律、麦わら帽子、原爆の記憶――。愛を失った男女と、愛を知らない少女の物語は、長崎生まれの劇作家・松田正隆が、平田オリザの依頼により書き下ろした戯曲が原作。監督は『そばかす』などで注目される演出家・玉田真也。夏の強い日差しと影の中、砂漠のように乾ききった人々の痛みと、雨上がりにふと訪れる希望の兆しを描き出す。脚本に惚れ込み、プロデューサーも兼任したオダギリジョーをはじめ、瞳にたたえた諦念で身震いさせる松たか子、『ベイビーわるきゅーれ』から一転、乾いた孤独をまとう髙石あかり、明るさの裏に同じ孤独を抱えた満島ひかり、さらに森山直太朗、光石研ら豪華な俳優陣が織りなす時間から、目が離せなくなる。

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『夏の砂の上』
上映中
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光と影が交差する学歴社会の縮図、『BAD GENIUS/バッド・ジーニアス』

画像1: ©Stewart Street LLC

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 先月、京都で発覚した留学生によるTOEIC替え玉受験事件のニュースを聞いて、2017年のタイ映画『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』を思い出させられた。実際に中国で起きたカンニング事件にインスピレーションを得たと監督は語っていたが、今回の事件を組織的に請け負った誰かは、このスタイリッシュでほろ苦い青春サスペンスを観ていたのではないか――そんな想像すらしてしまう。その2017年のヒット作が、『コーダ あいのうた』のプロデューサーチームによってリメイクされ、『BAD GENIUS/バッド・ジーニアス』のタイトルで再映画化された。

 舞台は2016年、アメリカの地方都市。学年トップで数学大会でも優勝経験のある才媛リンは、母を亡くし、借金を抱えながらコインランドリーを営む父(ベネディクト・ウォン)を支えるため、夢だったジュリアード音楽院進学を諦め、地元の公立大学を目指そうとしている。そんな彼女を、一流大学の最短コースと言われるエリート校が授業料免除の特待生として招き入れることに。だが転校早々、アジア系であることをからかわれ、格差社会の厳しさを痛感する中、落第寸前のグレースが救いの手を差し伸べる。やがてカンニングを懇願されたリンは、アメリカ大陸を股にかけた大計画に手を染めることに……。

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 主人公リンを演じるのは、『プレゼンス 存在』の好演も記憶に新しいカリーナ・リャン。両親の期待を背負いながらも、孤独を抱えて生きてきた等身大の女子高生を繊細に体現する。裕福な同級生らの仲間に加わり、夢に手が届きそうになる高揚感や、格差社会とそこに蠢く大人たちへの反抗心を繊細に演じて物語を牽引する。リンの計画に巻き込まれていくナイジェリア移民の秀才(ジャバリ・バンクス)を配し、搾取される側の抑圧や痛みを浮かび上がらせる。本作では、オリジナル版とは異なる結末が用意されている。ふたつのエンディングを見比べて、それぞれに込められたメッセージを読み解くのも一興だろう。

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『BAD GENIUS/バッド・ジーニアス』
7月11日(金)新宿バルト9 他 全国ロードショー
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カンヌでグランプリ受賞!インド発・女性たちの繊細な連帯の物語『私たちが光と想うすべて』

画像1: © PETIT CHAOS - CHALK & CHEESE FILMS - BALDR FILM - LES FILMS FAUVES - ARTE FRANCE CINÉMA - 2024

© PETIT CHAOS - CHALK & CHEESE FILMS - BALDR FILM - LES FILMS FAUVES - ARTE FRANCE CINÉMA - 2024

 移動カメラが捉えるのは、大都市ムンバイの夜の大通り。ゆらめく光の中、暗くなっても眠らない労働者の姿が流れてゆく。病院で看護師として働くプラバは、結婚後すぐドイツに出稼ぎに出た夫がいるがもう何年も音沙汰がない、職場の医師から密かに思いを寄せられ、夜の公園で詩を贈られたりもするが、恋に身を任せる気持ちはない。ルームメイトのアヌは年下の看護師で、田舎の両親から見合いをせっつかれながらも、ムスリムの恋人との関係は秘密にしている。そんな二人の病院の食堂で働くパルヴァティは、高層ビル建設のため住まいの立ち退きを迫られ、故郷の村へ帰ることを決意。プラバとアヌは彼女を見送る旅に出る。車窓の光を浴びながら、彼女たちが海辺の村にたどり着くと……。

画像2: © PETIT CHAOS - CHALK & CHEESE FILMS - BALDR FILM - LES FILMS FAUVES - ARTE FRANCE CINÉMA - 2024

© PETIT CHAOS - CHALK & CHEESE FILMS - BALDR FILM - LES FILMS FAUVES - ARTE FRANCE CINÉMA - 2024

 宗教やカーストに縛られ、心に孤独を抱えたまま自分らしい未来を思い描けずにいた女性たちが、互いを思い寄り添うことで強くなっていく。夜の闇と瞬く光、神秘の森や古代壁画の残る洞窟に包まれ、海から現れる精霊と対峙しながら、彼女たちは抑圧から解き放たれ、ありのままの自分を取り戻してゆく。本作は、1986年生まれの女性監督パヤル・カパーリヤーによる初の長編フィクション作品であり、インド映画としては30年ぶりにカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選出され、見事グランプリを射止めた。

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『私たちが光と思うすべて』
7月25日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国公開
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 また、本作公開と時を同じくして、世界の鬼才らが敬愛するインドの映像詩人の珠玉作を集めた『サタジット・レイ レトロスペクティブ2025』も開催される。インド社会を鋭く見つめ、人間の愛と哀しみ、女性の自立などを描いた巨匠の作品と、現代の新たな才能による本作を並行して観られるまたとないタイミングを、ぜひ逃さないでほしい。

画像: サタジット・レイ レトロスペクティブ2025 7月 25日(金)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下にて開催 写真は『ビッグ・シティ』 ベルリン国際映画祭 銀熊賞(監督賞)受賞 COPYRIGHT 1963/ ALL RIGHTS RESERVED RDB ENTERTAINMENTS

サタジット・レイ レトロスペクティブ2025 7月 25日(金)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下にて開催
写真は『ビッグ・シティ』 ベルリン国際映画祭 銀熊賞(監督賞)受賞

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