BY CHIE SUMIYOSHI PHOTOGRAPHS BY KAZUYA TOMITA

『踊る。遠野物語』は、BunkamuraとKバレエ トウキョウによるダンスの深層を探るプロジェクト、Kバレエ・オプトの最新作だ。演出に森山開次を迎えて挑むのは、明治43年に民俗学者・柳田國男が岩手県遠野地方に伝わる民話を編纂した怪異譚「遠野物語」。特攻隊兵とその許嫁の物語を軸に、幻想と現実、彼岸と此岸が交差する〈もうひとつの遠野物語〉をつくり上げる。
Kバレエのトップダンサーたちを中心に森山自身も舞台に立ち、舞踏界からは怪優・麿赤兒(82歳)と大駱駝 艦(だいらくだかん)の精鋭が山の異形となって幻想世界を跋扈(ばっこ)する。さらに歌舞伎界の名門・尾上家の寺島しのぶとアートディレクター、ローラン・グナシアの息子で俳優の尾上眞秀(13歳)が、この世とあの世のあいだを彷徨う神秘的な少年を演じる。
初回のワークショップが行われたスタジオでは、作品の全体像をすでに脳内で立ち上げている森山のディレクションのもと、手練の舞踏家たちが重心を支え、次々とシーンを創作していた。尾上眞秀も初顔合わせとは思えない軽やかさで跳ね回り、役をつかんでいく。そこへおもむろに現れたのは麿赤兒御大。約70歳もの年齢差のある二人の対話に立ち会うことができた。

麿 赤兒(以下、麿) このあいだ眞秀君の『連獅子』を観て、すごいなあと感服しました。歌舞伎はたくさんのレパートリーを覚えるのが大変だろうけれど、すでに型が頭に入っていて、そこにどう命を入れていくかという工夫があるんでしょうね。大駱駝艦の舞台も観てくれたんでしょう?
尾上眞秀(以下、眞秀) はい、麿さんがセーラー服で登場した作品、すごく面白かったです。でも『脳-BRAIN-』を観たときは、重低音がズシンときて怖さのほうが勝りました。今日の稽古は最初、うわめっちゃ気持ちわるいと思って緊張したけど、最後は慣れて楽しくなりました。歌舞伎はきっちり型があるけど、舞踏は全部が自由な感じがします。
麿 そのムズムズっとする気持ちわるさが狙いなんだよ。そうか、うちの団員の子どもたちで小駱駝艦をつくろうと思ってるからその節はよろしくね。
かつてお化け屋敷の演出も手がけたことのある麿だが、本作では彼と舞踏家が演じる異形のものも、眞秀演じる謎の少年も、この世とあの世のあいだに漂う存在として描かれる。「予兆を感じさせる目に見えない磁場」を表現したいと森山が舞踏家に伝えていたのが印象的だ。
眞秀 霊の話を聞くのは楽しいけど、自分が体験するのはすごく怖いです。寝るときにふわっと何かが横にいる気配がして、さわられたような気がしたことがあって。
麿 霊にもきっと楽しいやつがいるぞ。まあ、存在したほうが面白いね。黄昏時にちょっと空気の色合いが変わっただけで変なものが見えたりする。錯覚も含めてこれが僕らの想像力の面白さなんです。

本作の大きな特色は、バレエ・舞踏・歌舞伎という多様な身体が交錯すること。西洋由来の踊りと日本特有の踊りが相まった豊かな競演が大いに期待できそうだ。
眞秀 まだ、ほかの皆さんのことを全然知らないんですが、これからどんどんフレンドリーに関わっていけばきっと面白い舞台になると思います。
麿 舞踏は腰をグッと低くする、その重力の中に密度があります。バレエは重力から解放されて高く跳ぶ。歌舞伎は重力と解放を両方もっている。そのあたりの対比の中で、あの世だかこの世だかわからない世界がうまいことミックスしていく。そういう化学反応が起これば、ほわっと何かが出てくるんじゃないかと思っています。
戦後80年を迎えた今年、特攻隊員そして津波のエピソードを盛り込んだ本作は、世代を超えて私たちが共有すべき平和の意識と命の尊厳に触れる作品になることだろう。戦時下に生まれた麿は、今の尾上眞秀と同じ13歳の頃、どんな少年時代を送ったのか。
麿 鼻垂れ小僧です。奈良の田舎だから神様仏様だらけで、罰があたるぞって言われても田んぼの畦道で立ち小便したり。中学生になって演劇部に入ったんだよ。おやじが戦死して親戚しかいない家に居場所がなくてね、登校拒否ならぬ下校拒否。学校のほうが楽しいの。当時はみんな訳ありのやつばっかりで、疑似家族のつもりでお互いにカウンセリングして慰め合ってましたね。
世代のギャップを超えて、この日初めて対話を交わした二人は互いにどのような刺激を受けたのだろう。麿赤兒の喪失と恢復(かいふく)の少年時代も、尾上眞秀が少年期の一瞬に放つみずみずしいきらめきも、いずれも尊く、舞台表現に豊かな結実をもたらす経験なのだと実感した。〈もうひとつの遠野物語〉は、異質な存在が感応し溶けあう世界を実現する記念碑的な舞台になりそうだ。

麿 赤兒(まろ・あかじ)
舞踏家。土方巽に師事し、唐十郎との運命的な出会いから状況劇場を経て、1972年に大駱駝艦を創設。「天賦典式」という独自の様式で「BUTOH」を世界にとどろかせた伝説の舞踏家。パリからニューヨークまで国際的な熱狂を巻き起こし、映画・舞台でも比類なき存在感で異形の美学を貫く。82歳という驚異の年齢で今なお第一線を走り続ける。

尾上眞秀(おのえ・まほろ)
歌舞伎俳優。七代目尾上菊五郎を祖父にもち、名門・尾上家と俳優・寺島しのぶの感性を継ぐ、13歳の逸材。2023年に初代尾上眞秀を名のり、歌舞伎座で初舞台を飾った俊英。すでにテレビドラマでも存在感を放ち、国立劇場特別賞を二度受賞している。今後の躍進が期待される生粋の身体表現者であり、歌舞伎界の若き星である。
For Mahoro Onoe: STYLED BY NATSUKO KAWABE、HAIR & MAKEUP BY SACHI
Kバレエ・オプト『踊る。遠野物語』
演出・振付・構成:森山開次
出演:K-BALLET TOKYO、麿赤兒、尾上眞秀、森山開次ほか
日程:2025年12月26日(金)・27日(土)・28日(日) 全5 公演
会場:東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)
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