歌舞伎の未来のために奮闘する令和の花形歌舞伎俳優たち。彼らの熱い思いを、美しい撮り下ろし舞台ビジュアルとともにお届けする本連載。第18回は、新橋演舞場「初春大歌舞伎」で歌舞伎十八番『鳴神』の鳴神上人を初役で勤めている中村福之助が登場。ナビゲーターは歌舞伎案内人、山下シオン

BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY WATARU ISHIDA

画像1: 『鳴神』鳴神上人=中村福之助

『鳴神』鳴神上人=中村福之助

 2026年、新橋演舞場で上演中の「初春大歌舞伎」で、歌舞伎十八番『鳴神』の鳴神上人に抜擢された中村福之助。中村鷹之資とのダブルキャストでの上演となるが、福之助はこれまでに学んできたことを一つひとつ丁寧に体現し、自身の鳴神上人像を立ち上げている。
 三人兄弟の次男として、順番で考えれば「兄がふさわしい役なのでは——」。そう感じていたという福之助にとって、主役抜擢はまさに青天の霹靂だった。幼い頃、ヒーローのように憧れていた鳴神上人をいま自ら演じ、舞台に立つことで、何を実感しているのか。その胸中に迫った。

──初日を迎えて1月6日に新橋演舞場にて取材
幼少期にお父様(中村芝翫)が演じていた鳴神上人を観て憧れを抱いて、”鳴神ごっこ”をして遊んでいたそうですが、どんなところに惹かれたのでしょうか。さらに、その憧れの役に抜擢されたと聞いた時の心境も教えてください。

福之助:歌舞伎十八番の一つだということも、もちろんですが、拵えをみてかっこいいと思っていました。子どもがヒーロー物を見て「ヒーローになりたい!」というのと同じ感覚だと思います。父が何度も演じていたお役だったので、目にする機会も多かったんです。だから漠然と、兄の(中村)橋之助が演ってから、次が僕なのかなと思っていました。父もそう思っていたと思います。だから、『鳴神』を演らせていただくと聞いた時、父に「いいんですか?」と確認しました。

──今回は中村鷹之資さんとのダブルキャストです。お稽古はどのようになさったのですか?

福之助:鷹之資君は成田屋のお兄さん(十三代目市川團十郎白猿)から教わり、僕は父に習いました。成田屋のお兄さんも父も、先代の成田屋のおじ様(十二世市川團十郎)に習っているのですが、異なる部分も多いことに気づきました。確かに鳴神は人によって解釈や演じ方が違っていて、父の鳴神は紀尾井町のおじ様(二世尾上松緑)に近い部分があると思います。
 父からは絶間姫の胸を触る場面では、色気があったほうがいいし、うぶさが大事だと教わりました。のちに堕落していくためには、高僧の部分を大切に演じなければなりません。「『鳴神』は一つの場面だけだけれど、ページがめくれていくように、章が分かれていて、一つの章が終わったら次の章に入っていくみたいなんだよ」と父は言っていました。
 ですから僕は父の話す鳴神をイメージすると、女性に対する好奇心はあるから「あじなものが手に触った」という台詞をいったときにテンションが上がる感じ。鷹之資君が勤める鳴神上人とはおそらく感情の込め方が違うので、お客様がくすっと笑うところも異なっているのかなと思います。鷹之資君のほうは、より「歌舞伎十八番」らしさが出ていると感じますし、僕が演じる方は写実的な鳴神になっていると思います。
 僕は“ないものねだり”といいますか、他の人が演じるのを見ていいなと思ったら、そこだけ自分の演技に取り入れたくなるほうですが、今回の演目はいいと思った一部を抜き取っても、繋がらなくなってしまいます。ですから、鷹之資君が鳴神を演じている時にちょうど『熊谷陣屋』の堤軍次の顔(化粧)をしているのですが、音楽をかけて舞台の音を聞かないようにしています。

画像2: 『鳴神』鳴神上人=中村福之助

『鳴神』鳴神上人=中村福之助

画像3: 『鳴神』鳴神上人=中村福之助

『鳴神』鳴神上人=中村福之助

画像4: 『鳴神』鳴神上人=中村福之助

『鳴神』鳴神上人=中村福之助

──実際に演じてみて気づけたことはありますか?

福之助:父が『鳴神』は絶間姫の演し物だから“とよく言っていましたが、改めて、やはり絶間姫が主導で進む芝居だということを実感しました。鳴神本位で演じようとすると、芝居として違うと思ったんです。
 僕は今まで女方の相手役がいるお役を演じたことがあまりありません。『妹背山婦女庭訓』(2025年3月南座)の鱶七を初役で勤めましたが、お三輪を刺して終わりますし、夫婦役の芝居も経験がないので、今回、絶間姫と共演するのは、ある意味新鮮でした。(大谷)廣松のお兄さんは「演りたいことがあったら言って」とおっしゃってくださいます。
 スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』に出演させていただいた時に中村隼人君、市川團子君のダブルキャストで共演した経験があって、隼人君と團子君のヤマトタケルは、結構違っていたので、そのほうが全く別の作品に取り組んでいる感覚で演じられると思いました。そこで、廣松さんにもこの経験を伝えて、二人の鳴神に対して違う芝居にしてもらっています。お互いに話し合いながらできていて、その過程が楽しいです。廣松のお兄さん、鷹之資君、同世代で関係性を築きながら一つの座組で演じることができるのが楽しめている大きな理由のひとつかもしれません。

──いろいろな経験を積まれて、自分の短所と長所を把握できるようになったそうですが、具体的にはどんなことですか?

福之助:若い頃は前髪のある若衆などを演じる機会が多いので、高い声を出すことを求められるのですが、僕の声は、地声も、台詞の声も低い。「そこはもっと高い声で」と言われても、出ないから結構苦しむことが多かったんです。高い声が出ないことが自分の短所だと思っていたので、高い声の人には勝てないと思っていました。最近は大きな役を演らせていただく機会も増え、今までとは逆で、低い声が出せることがキーポイントになってきました。「何が何してなんとやら」という台詞の最後の「ら」は低い声を発する。先輩方の演技を拝見していても、声が下がることの大事さをとても感じています。年を重ねることによって、自分の得意分野だったところに徐々に寄せていく。短所だと思っていた声を、今回の鳴神でも生かせるようになりました。

画像5: 『鳴神』鳴神上人=中村福之助

『鳴神』鳴神上人=中村福之助

画像6: 『鳴神』鳴神上人=中村福之助

『鳴神』鳴神上人=中村福之助

画像7: 『鳴神』鳴神上人=中村福之助

『鳴神』鳴神上人=中村福之助

──『鳴神』は兄の橋之助さんも、弟の(中村)歌之助さんも大好きなお役だそうですが、今回の福之助さんの舞台について、何か話されましたか?

福之助:兄弟三人の“グループLINE”があって、僕が演じた『鳴神』の動画をそのLINEに乗せて、ダメ出しを仰いでいます。橋之助から「ここはこうしたほうがいいんじゃない?」といったメッセージも来ますし、歌之助も「あそこの台詞は、お父さんはこう演っていたよ」という情報もすぐに返ってきます。「どうして、ここの台詞はこういうふうにいうの?」と聞かれて「父親からこう言われたんだよ」と教わったことを言うと、「それは習わなければわからない」と、まるで歌舞伎研究会のように三人で話し合っています。

──三兄弟で「神谷町小歌舞伎」という自主公演もなさっています。三人で活動することにはどんな意義がありますか?

福之助: 「三本の矢」という言葉があるように、僕たちは三人いれば、ほかにできないことができるのではないかと思ってやっている面があって、神谷町小歌舞伎もその一つです。今月は、橋之助は吃又、僕は鳴神上人、歌之助は梅王丸を演じていますが、グループLINEでもお互いにダメ出しをし合っています。傷を舐めあうのではなく、お互いのケツを持ち上げていけるような兄弟でいたいと思っています。そういう意味ではいい距離感にいる三人ですね。お互いに言いづらいことはなくて、仲良くいるために言えないこともありません。自主公演を経験したことでお互いに言い慣れてきたからこそ、抵抗なく受け容れられるようになったと思います。

──「神谷町小歌舞伎」から得られた気づきは、他にもありますか?

福之助:自主公演で「四の切」(『義経千本桜 川連法眼館の場』)を勤めたとき、澤瀉屋さんのお弟子さんたちが手伝ってくださったんです。幼い頃から、澤瀉屋さんや平成中村座の“チーム力”を見てきたので、メンバーが一致団結してこそ、歌舞伎界の上昇気流に乗っていける——それが歌舞伎の常なのではないかと思っています。
 今回の『鳴神』でも、そうした思いを強く感じました。父の鳴神の後見を長く勤めてきた(中村)芝歌蔵に、僕の後見もお願いしたいと父に頼んだんです。芝歌蔵は僕の初舞台でも後見をしてくれたので、そういう巡り合わせも含めて心強かったですね。
 また、大きな岩から所化がくるっと落ちる「大岩の返り落ち」の場面は(中村)橋光が勤めています。橋光は、以前『妹背山婦女庭訓』の鱶七を演じたときにも「ちゃちゃらか」(鱶七にかかる力者)を勤めてくれたことがあって、その橋光が大岩もできて嬉しかったです。また、橋光は成田屋の殺陣師である(市川)新十郎さんの補助で入れていただいているので、今回得た経験は、いつか橋之助や歌之助が『鳴神』を勤める時にも生かせたらいいなと思います。同じように、普段は橋之助についている(中村)橋三郎が大阪で歌之助についているのは、橋之助が梅王丸を勤めた時に衣裳を着せた経験があったからです。
 三人がさまざまな役に挑戦する機会が増えれば、その分、お弟子さんたちの知識や経験も増えていく。成駒屋は家族仲がいいと言っていただくことがありますが、それだけではなく、お弟子さんたちが活躍できる場も、しっかり作っていきたいと思っています。

──最後に、今回の『鳴神』の見どころを教えてください。

福之助:『鳴神』をご存じの方には、鷹之資、福之助、廣松という若手三人が、それぞれどのように演じているのかを楽しみに観ていただけたら嬉しいです。一方で、まだご覧になったことがない方は、ぜひ事前にあらすじを調べて、頭に入れた上で劇場に足を運んでいただけたらと思います。
 僕は友達にもよく話すのですが、歌舞伎を観る楽しみは、美術館で作品を鑑賞する感覚に近いと思っています。物語の筋を知った上で、「このストーリーをどう描くのか」「どう見せるのか」を味わうことが、観劇の醍醐味だと思うんです。『鳴神』は一場面の芝居ですが、日が暮れて、また日が昇る。時間が大きく流れていく中で、鳴神がどれほど酒を飲み、どう崩れていくのか——そうした変化を、退屈させない“景色”としてお見せしたいと思っています。
 歌舞伎って、観ていると眠くなってしまう演目もありますよね(笑)。僕が「眠くなる」と言っても、歌舞伎役者の方々にはなかなか理解されないんですが、父からは「お父さんたちには分からないから、お前はその感覚を大事にしたほうがいい」と言われてきました。今回の『鳴神』は、作品を知っている方にも、初めての方にも、絶対に眠くならない舞台にできる自信があります。ぜひ劇場でご覧ください。

画像8: 『鳴神』鳴神上人=中村福之助

『鳴神』鳴神上人=中村福之助

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『鳴神』鳴神上人=中村福之助

画像10: 『鳴神』鳴神上人=中村福之助

『鳴神』鳴神上人=中村福之助

 福之助は大役と真摯に向き合い、自分らしい鳴神像を模索していた。互いを叱咤激励しながら成長していく三兄弟としての結束、そして「眠くなってしまう演目もある」という観客の感覚に寄り添う視点。その発想の柔らかさは、舞台に立つ者としての誠実さにつながっている。
 さらに、成駒屋のこれからを見据え、お弟子さんたちが学び、活躍できる場をつくるべきだという考えを持ち、それを実際の現場で形にしていることも印象的だった。歌舞伎の未来のために、自分にできることを一つずつ積み上げていく——その姿勢を、本人の言葉から確かに感じ取ることができた。
 そして「絶対に眠らせない」と語った『鳴神』は、まさにその通りだった。ぜひ劇場で、福之助の“眠らせない鳴神”を体感してほしい。

中村福之助(Nakamura Fukunosuke)
東京都生まれ。中村芝翫の次男。祖父は七代目中村芝翫。2000年9月歌舞伎座〈五世中村歌右衛門六十年祭〉の『京鹿子娘道成寺』の所化と『菊晴勢若駒(きくびよりきおいのわかこま)』の春駒の童で初代中村宗生を名乗り初舞台。16年10・11月歌舞伎座で三代目中村福之助を襲名。父の薫陶を受け、立役として研鑽を積んでいる。

   

初春大歌舞伎
昼の部 11時開演
一、『操り三番叟』
二、歌舞伎十八番の内『鳴神』
三、『一谷嫩軍記 熊谷陣屋』
四、寿初春『仕初口上』市川團十郎「にらみ」相勤め申し候

夜の部16時15分
一、歌舞伎十八番の内『矢の根』
二、『児雷也豪傑譚話』

※中村福之助さんは、
昼の部のAプロの『鳴神』、Bプロの『熊谷陣屋』
夜の部の『児雷也豪傑譚話』に出演。

会場:新橋演舞場
住所: 東京都中央区銀座6-18-2
上演日程: 2026年1月3日(土)〜27日(火)
休演日: 8日、15日、22日
問い合わせ: チケットホン松竹 TEL 0570-000-489
チケットweb松竹

山下シオン(やました・しおん)
エディター&ライター。女性誌、男性誌で、きもの、美容、ファッション、旅、文化、医学など多岐にわたる分野の編集に携わる。歌舞伎観劇歴は約30年で、2007年の平成中村座のニューヨーク公演から本格的に歌舞伎の企画の発案、記事の構成、執筆をしてきた。現在は歌舞伎やバレエ、ミュージカル、映画などのエンターテインメントの魅力を伝えるための企画に多角的な視点から取り組んでいる。

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