ウォッチジャーナリスト高木教雄が、最新作からマニアックなトリビアまで、腕時計にまつわるトピックを深く熱く語る。第3回は、早くからスイスに時計の製造拠点を置き、美と技を追求してきたシャネルのアイコンの1つ「J12」。その黒と白の外装にも、機械にも、芸術的な職人技術が宿る

BY NORIO TAKAGI

 サヴォアフェールーー シャネルはメゾンの想いを伝える際に、しばしばこのフランス語を用いる。英語に直訳すると“ノウハウ”。しかしシャネルにとってサヴォアフェールとは、「芸術的な職人技」との意。すべてのテクニックは美に殉じ、美を創造するテクニックには最大限の敬意を示す。そう信じるシャネルが、1987年に初のウォッチコレクション「プルミエール」を誕生させる際、サヴォアフェールをスイスに求めた。

 ヴァンドーム広場を模す八角形のケースに最上級の美しさを与えるため、たどり着いたのが、ラ・ショー・ド・フォンにある「G&F シャトラン」。金属切削加工技術に長けた、ケース&ブレスレット会社だ。以降、シャネルは同社にすべての外装の製作を委託。1993年には、後継者がいなかったオーナーから工房を買い取って、メゾンの時計製作の拠点とし、ケースやブレスレットの製作に加え、最終的な組み立ても、ここで行ってきた。そして2000年、シャネル ウォッチのアイコンが誕生する。それが「J12」である。

画像1: Vol.3
高木教雄の「時計モノ語り」
――サヴォアフェールが行き届く
シャネルのウォッチメイキング

 メゾン初の本格的な機械式腕時計は、時計界で初めてセラミックで立体的な丸型ケースを実現したことで、歴史に名を残す。硬く加工が困難なセラミックに敢えて挑んだのは、創業者ガブリエル・シャネルが愛した黒を永遠に外装に留めるため。しかし開発は、容易ではなかった。なぜなら、当時のG&F シャトランにセラミック製造の技術がなかったからだ。そのサヴォアフェールを見つけたのは、日本。そして2003年から技術を徐々にG&F シャトランに移し、設備投資もし、すべてのJ12のセラミックを自社製造するに至った。

 セラミックという先進の素材で形作られたJ12は、そのデザインの多くが時計界の伝統に則している。規範としたのは、古くからあるダイバーズウォッチやパイロットウォッチ。それらの中から、メゾンの美意識に見合うディテールを抽出して精査して、丁寧に組み合わせたJ12の外観は、スポーツウォッチとしてのピュアなスタイルを確立した。そうした時計の古典を先進的なセラミックで形作ることで、一気にモダナイズしたのだ。

 そんなJ12が今年、初のフルリニューアルを果たした。アイコンにメスを入れたのは、シャネル ウォッチメイキング クリエイション スタジオディレクターのアルノー・シャスタン。彼は、「まるで外科手術を行うように、慎重に作業を進めた」という。

 まず構成するすべてのディテールを抽出し、J12の本質を理解することから開発はスタートした。そしてディテールの一つ一つの長さや幅、色などへの丁寧な微調整を繰り返した。要した期間は、なんと4年。ようやく完成した新生J12が、3月に開催された時計宝飾見本市バーゼル・ワールドでお披露目されると、多くの来場者は目を疑った。何故なら、何も変わっていないように見えたから。デザイナーのシャスタンは、オリジナルのJ12が持つ、ピュアで普遍的なスポーツウォッチとしてのスタイルを変えなかった。そしてディテールの70%以上を変えた。彼の「何も変えず、すべてを変える」との表現は、まさに言えて妙である。

画像: 「J12 ファントム」(ホワイト/ブラック) <38mm / 高耐性セラミックケース、自動巻き、高耐性セラミックブレスレット>各¥655,000 ※ 33mmクオーツモデル(ホワイト/ブラック)各¥535,000も展開

「J12 ファントム」(ホワイト/ブラック)
<38mm / 高耐性セラミックケース、自動巻き、高耐性セラミックブレスレット>各¥655,000
※ 33mmクオーツモデル(ホワイト/ブラック)各¥535,000も展開

 ベゼルはわずかに薄くなり、外周の突起も小さくして数を増やした。薄くなったベゼルは、ダイヤルを拡張し、余白を広げた。アラビア数字のインデックスは、すべてセラミック製に置き変え、書体にもわずかに手が加えられている。ブレスレットのリンクも、より長く薄く仕立て直されている。こうして70%以上のディテールを変えたことで、新生J12はジェンダーレスな今の時代に則した、一層エレガントな印象を高めたのである。

 さらに機械式時計の本質であるムーブメントも、まったく新しくなっている。そのサヴォアフェールがあったのは、ジュネーブ。小さいながら実力派のムーブメント会社「ケネッシィ」にシャネルは出資し、オリジナルの自動巻きムーブメント「キャリバー 12.1」を手に入れたのだ。そのローターは、シャタンの手で円と半円とを調和させた美しい造形が与えられている。

画像: 裏蓋も、シースルー仕様に変更。70時間の長時間駆動とクロノメター取得の高精度を両立する、高性能な新型「キャリバー 12.1」の姿を見せる PHOTOGRAPHS: COURTESY OF CHANEL

裏蓋も、シースルー仕様に変更。70時間の長時間駆動とクロノメター取得の高精度を両立する、高性能な新型「キャリバー 12.1」の姿を見せる
PHOTOGRAPHS: COURTESY OF CHANEL

 よりエレガントに高性能に生まれ変わったJ12に、シャネルは早くも新たなバリエーションを追加した。それがこの「J12 ファントム」である。デザインの基本は、今年の3月に発表したJ12と同じ。しかし印象は、まったく別物である。ポイントは、色の操作。ダイヤルとベゼルのインデックスは元来、ブラックケースには白、ホワイトのケースには黒を用い、明確なコントラストを表していた。“ファントム”は、それらインデックスを、ダイヤル・ベゼルと同色として、溶け込ませたのである。さらに針までも、同色のロジウム仕上げを施して、ブラックとホワイトそれぞれのワントーンを織り成した。これはシャネルらしく、実にスタイリッシュだ。

 ガブリエル・シャネルが、かつてインタビューで「黒という色にはすべての要素が含まれている。そして白にも」と語ったことは、広くシャネルファンに知られている。黒一色、あるいは白一色のJ12 ファントムは、この言葉をより明確に体現する。

問い合わせ先
シャネル カスタマーケア
フリーダイヤル: 0120-525-519
公式サイト

高木教雄(NORIO TAKAGI)
ウォッチジャーナリスト。1962年愛知県生まれ。時計を中心に建築やインテリア、テーブルウェアなどライフスタイルプロダクトを取材対象に、各誌で執筆。スイスの新作時計発表会の取材は、1999年から続ける。著書に『「世界一」美しい、キッチンツール』(世界文化社刊)があり、時計師フランソワ・ポール・ジュルヌ著『偏屈のすすめ』(幻冬舎刊)も監修

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