BY NORIO TAKAGI
自動車やバイク、スポーツ選手にミュージシャン、デザイナー、アーティスト、アニメのキャラクターなどなど、時計界は古くから様々な異業種や才能、カルチャーと“コラボレーション”してきた。キャラクターウォッチの歴史も古く、1933年には最初のミッキーマウスウォッチが生まれている。コラボレーションは、ブランドのイメージを分かりやすく伝える、あるいは新たに創り出す手段として有効であり、またインラインだけではどうしても偏りがちなクリエーションに、新境地を開いてもくれる。
この12月に発売される「ブルガリ」の日本限定モデルもまた、コラボレーションによってブランドに新たな風を吹き込んだ。7時位置にオフセットされたスモールセコンドを中心に、螺旋が水紋のように広がる。静謐でミニマルなダイヤルの創造主は、建築家・安藤忠雄である。有名建築家の多くは、様々なプロダクトデザインを手がけている。家具や食器、キッチンウェアなどなど。対して安藤は、そうした作品がほとんどない。カッシーナに2つ、カール&ハンセンに1つ、安藤デザインの椅子がある程度。むろん、時計をデザインしたのは今回が初である。
そのベースとなったのは、2017年に誕生した「オクト フィニッシモ オートマティック」。ブルガリは近年、自社製ムーブメントの薄型化に注力してきた。このモデルが搭載する自動巻きの厚みも、わずか2.23mmしかない。これは自動巻きとしては、世界最薄だ。
この薄型ムーブメントに象徴されるように、イタリアを代表するハイジュエラーであるブルガリは、時計製作でも優れた実力を持つ。1977年に初のウォッチコレクションを発表し、'80年代初頭には、スイス時計産業の中心地の一つヌーシャテルに時計製作の拠点となる「ブルガリ・タイム社」(現ブルガリ・オルロジュリ社)を設立。そして2000年以降、ムーブメントやケース、ダイヤルなどの工房を傘下に収め、ウォッチメイキングに関わるほぼすべての部門の垂直統合を図ってきた。それが完了した2010年、ブルガリは高らかに“ウォッチメーカー”であることを宣言した。直径1mmにも満たない微細なピンやネジまでも自社製造している時計ブランドは、スイスでも稀有な存在。しかしブルガリは、それをかなえる技術と設備とを有している。
もちろんジュエラーであり、イタリアのブランドであるブルガリの時計は、独創的なデザイン性にも秀でている。2012年に登場した「OCTO(オクト)」は、かつてない造形美でブランドの新時代を開いたコレクション。その名の通りオクタゴン(八角形)のケースは、110面体のファセットカットによって、立体感豊かなフォルムを織り成し、たちまちブルガリのアイコンとなった。2014年には、多面体カットを継承しながらケースを極限まで薄く仕立てた「オクト フィニッシモ」が登場。そしてオクトとオクト フィニッシモとをベースにこれまで、デザイナーの奥山清行、日本画家の千住 博、ミュージシャン坂本龍一らとコラボレーションした日本限定モデルが製作されてきた。そして第4の日本人クリエーターとして選ばれたのが、建築家の安藤忠雄だ。
安藤モデルのベースとなった「オクト フィニッシモ オートマティック」は、ケースもブレスレットも、さらにダイヤルまで、外装のすべてがチタン製。その沈んだような深いグレーは、安藤建築を象徴するコンクリート打ち放しの色にも似る。八角形と円、直線的なファセットを組み合わせた幾何学性もまた、安藤建築に相通ずる。
安藤忠雄にクリエーションの場として与えられたのは、八角形のダイヤルという限られた土地(スペース)。そこに彼は、秒針の根元から広がる螺旋によって、無限に続く時間のイメージを閉じ込めた。モチーフとしたのは、ブラックホールだというが、その印象は禅文化に根付いた枯山水の庭の砂紋に近い。ミニマルな造形の内に光の陰影で豊かな空間性を秘める安藤建築は、欧米でしばしば「ZEN」と称されてきた。このダイヤルは、まさに安藤らしいデザインだと言えよう。
安藤の手によってミニマルを極めたダイヤルは、インデックスすらないが、八角形の恩恵で各角が目安となって時が読み取りやすい。ブランドのロゴも排されているが、多面体の八角形の造形美がブルガリの時計であることを伝える。そしてフラットなダイヤルに、螺旋の彫り込みがほのかに陰影を添えて、立体的な印象を与える。制約が多い限られた土地の魅力を、建築で最大限に生かしてきたのと同じ。安藤忠雄は、オクト フィニッシモ オートマティックの素性をしっかりと理解し、その魅力を自身のデザインでより高めてみせた。これぞ正しい、そして幸せなコラボレーションのあり方である。
高木教雄(NORIO TAKAGI)
ウォッチジャーナリスト。1962年愛知県生まれ。時計を中心に建築やインテリア、テーブルウェアなどライフスタイルプロダクトを取材対象に、各誌で執筆。スイスの新作時計発表会の取材は、1999年から続ける。著書に『「世界一」美しい、キッチンツール』(世界文化社刊)があり、時計師フランソワ・ポール・ジュルヌ著『偏屈のすすめ』(幻冬舎刊)も監修