身にまとうものには、その人の思いや考え、ときに主義や信条や、生きる時代の空気までも映し出されるもの。自他ともに認める稀代のモード愛好者、ファッションライター・栗山愛以が、自らの装いや物欲の奥にあるものを、ゆるゆると紐解き覗き込む

TEXT AND ILLUSTRATION BY ITOI KURIYAMA

画像1: 我、装う。ゆえに我あり。
栗山愛以、モードの告白
Vol.20 ミュウミュウのスリッパ

 9月末から10月初めまで、パリ・ファッション・ウィークを取材してきました。半年先に展開される新作をいち早くチェックするために世界中からファッション関係者が集まる祭典。いつもより気合いを入れた装いで臨みたいですし、海外ではTPOをそんなに気にせず多少はハメを外してもいいような。着回しも考えつつ、9日分の晴れ着をスーツケースに詰め込まなくてはなりません。私は新作やストリートスタイルの雰囲気を見て気分が変わることが多々あるため、いつものようにざっくりとしか各日のスタイリングを想定せずにパッキングを始めたのですが、真っ先に手に取ったのがミュウミュウのレザーのスリッパでした。

 3月にパリで2024-25年秋冬のショーを見てからずっと気になっていたアイテムです。テーマは「個性を形作る、子ども時代と成年期の間の時期」の探求で、子ども服の要素に成熟した印象のアイテムを融合し、子どものように自由な精神でスタイリングしていたコレクション。端正なロングコート、レディライクなミディ丈のドレスやタイトスカートに素足ではいていて、本当に子どもが「せっかくおめかししたのに間違えてスリッパのまま出てきちゃった」みたいなちぐはぐな組み合わせです。Vol.8でもサングラスを紹介しましたが、やっぱりミュウミュウの「常識」を少しずらす発想は面白いし、魅力的。発売と同時に迷わず購入しました。

 はいてみると本当にスリッパのようなふかふかした感触。そして見た目も病院とかトイレにあるオーソドックスなフォルムです。着用していると、普通に話していたのに、途中ふと私の足元に目がいったのか「わっ、スリッパなんですね!」と驚かれることがたびたびありました。その都度アッパーにエンボス加工で施された「MIU MIU」 というロゴで、「ああ、ファッションだったんですね」(心の声)と安心されていたと思います(たぶん)。

画像2: 我、装う。ゆえに我あり。
栗山愛以、モードの告白
Vol.20 ミュウミュウのスリッパ

 パリはいちいち道が広く、ちょっとした移動のつもりでもかなり歩かされます。公共交通機関やタクシーを利用したとしてもあっという間に1日2万歩くらい達成してしまう。以前スタイルアップを重視してピンヒールで頑張ったこともありましたが、名物の石畳による衝撃にもやられて数時間で足取りがおぼつかなくなり何度もホテルに戻って休憩を余儀なくされていました。その点、見た目にもインパクトがあり、はき心地も抜群のスリッパは最強のはず。

 そんなわけで旅のお供に決定し、実際にパリで試してみると石畳の刺激が薄めのソールから響いたりはしましたがやっぱりガツガツ歩ける。スタイリングのはずしとしても重宝しました。

画像3: 我、装う。ゆえに我あり。
栗山愛以、モードの告白
Vol.20 ミュウミュウのスリッパ

 ちなみに、楽なので機内にもいいのかもと思い、ジャージにスリッパで部屋着感をアップさせつつ、行きも帰りもこのスリッパで搭乗しました。フライト中は機内用のスリッパで過ごしていたのですが、見た目はほぼ一緒なので周囲には履き替える必要がないのでは、と思われていたのかもしれません。

栗山愛以(くりやまいとい)
1976年生まれ。大阪大大学院で哲学、首都大学東京大学院で社会学を通してファッションについて考察。コム デ ギャルソンのPRを経て2013年よりファションライターに。モード誌を中心に活動中。Instagram @itoikuriyama

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