最近のフード・ムーブメントの焦点は地産の食材やオーガニック食品を買うことだが、一方でアメリカのフード・アクティビストたちの間で今までと違った、より深い議論が起きている。それはすべての人に良質の食事をという要求だけでなく、あらゆる人々に食料が行き渡ることを阻止している社会の構造自体を解体しようとする試みだ

BY LIGAYA MISHAN, PHOTOGRAPH BY NYDIA BLAS, SET DESIGN BY BETH PAKRADOONI, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 2011年に、クーパーは古い市バスを再利用して移動市場「フレッシュ・ムーブズ」へと改装するのを手伝った。地域の農家が栽培した野菜をバスに積み、新鮮な食材へのアクセスがない場所で移動販売をするのだ。この方法は人々に問題の存在を知らしめると同時に、問題解決の一例を提示した。近くにスーパーがないという距離の問題だけでなく、店を経営するのが誰なのかも重要なポイントだ。黒人コミュニティに大企業の量販店が開店するとき、企業の経営陣は、しばしば黒人に対する偏見や先入観を態度に表してしまうことがあるため、客との関係がぎくしゃくし、店側は地元民を店員として雇いたがらないという構造があるのだ。カレン・ワシントンが作ったブロンクスの野菜畑と共同で、フレッシュ・ムーブズは、地域コミュニティ主導で、地域に根ざしたビジネスをめざした。その結果、需要は非常に高まった。「アイスクリーム・トラックの隣に停車したときも、私たちのバスの前に並んでいる客の列のほうが長かった」とクーパーは言う。

 多くの黒人アクティビストたちにとって、自分たちで食物を栽培するという発想は非常に大きな影響力を持つ。自給自足という点においても、また、黒人は農業において経営者ではなく奴隷だったという過去を、新しく塗り替えるためにも。新型コロナウイルスの感染拡大が進むなか、N.B.F.J.A.には「野菜畑を作るにはどうしたらいいのか」と尋ねる電話がたくさんかかってきて、過去最高の問い合わせ件数を記録した。ニューヨーク州北部にある非営利団体の「ソウル・ファイヤー・ファーム」は、伝統的なアフリカ農法の実践的ワークショップを行いながら、同時に、人種と階級の観点から食のシステムを検証する試みも行っている。

たとえば、サブスクリプション形式の地域支援農業(C.S.A.)の野菜ボックスについて考えてみよう。これは消費者が農家の1年間の農作物の株主として機能する方式だ。配当は新鮮な野菜の配達という形で受け取る。このシステムを進歩的な白人の道楽だとバカにするだけでは、大事なことを見落としてしまう。そもそもこの概念は、アラバマ州のタスキーギ大学農学部のブッカー・T・ワットレー教授が考案し、1987年に発行された『Handbook on How to Make $100,000 Farming 25 Acres(25エーカーの農場でいかに10万ドルを稼ぐかのためのハンドブック)』で読者に説いた手法が最初なのだ。彼は消費者がクラブ会員になり、会員たちが農家に季節の農作物の代金を前払いすることで、農家の担保を保証するシステムを提唱した。

 ジャミラ・ノーマンは41歳の環境エンジニアだが、今、都市農業に挑戦している。彼女が住むアトランタの地元では食の選択肢があまり多くないからだ。彼女にとって大事なのは、自分が農作物を栽培する土地を自らが所有し、利益がちゃんと出る経営をすることだ。「有色人種の人々に、農業がビジネスモデルとして成り立つことを証明し、彼らの将来の道筋がはっきりと見えるようにしたい」

 米国農務省が集計したデータによると、過去100年間に国内の農場の総数は68%減少した。1920年に約650万あった農場は、2017年には200万少々になっている。だが、黒人が経営する農場の数は92万5,000から3万5,000になった。実に96%も減少しているのだ。何百万エーカーもの農場が黒人の所有でなくなってしまった一因は、銀行と政府の両者が、彼らに資金の貸し付けをしないように差別してきたからだ(1998年の報告によると米国農務省は「長きにわたって、マイノリティの農家に対する偏見と差別があった」と認めている)。

 ノーマンは地元の公立学校の土地を借りて「パッチワーク・シティ・ファームス」を2010年に立ち上げた。その後、彼女の自宅の向かい側の土地を購入し、そこに農場を移転した。彼女は黒人の農民として「自分たちの物語を伝える」役割を担っていると感じている。彼女いわく、将来の目標は「私が特別な存在ではなくなること。だって誰もが農業をやっているのだから」。

 ウイルスの感染拡大によって、多くのアクティビストたちがその軸足を啓蒙活動から金融援助にシフトせざるを得なくなった。たとえばヒューイ・P ・ニュートンの「サバイバル・プログラム」がかつてそうだったように、ごく基本的な需要を満たすためだ。空腹な人に食べさせ、倒産寸前のスモールビジネスへの資金を募り、「エッセンシャル」な労働者が死なないようにする。この先、疲弊した一般大衆が「元の状態」に戻りたいと要求する危険もある。だが「私たちの元の状態は極めて危険だ」とロザリンダ・ギエンは言う。ホルト=ギメネスも同じように悲観的だ。「パンデミックは億万長者と大企業や巨大チェーン店の味方だ」と彼は言う。

「これはチャンスなんだ。誰がそのチャンスを手にしたか見てごらんよ」。トゥンデ・ウェイが指摘するように、問題の全容はほとんど把握しきれないほど巨大だ。ノーマンは10代や20代前半になった彼女の子どもたちに農業を手伝ってくれと言わないようにしている。彼女は言う。「私はこの仕事を、誰かを搾取することなく、きちんと成功させないといけないから」。一方、大企業が経営する農場は労働者を使い捨てとして扱うため、作物の値段を簡単に引き下げることができる。そんな労働者たちは「危機においては犠牲にされてしまう」とギエンは言う。「『奴隷すれすれの扱いはどこまで合法か』という考えが企業の頭にはいまだにあるから」

 今ある危機は新型コロナウイルスとともに消滅することはない。このウイルスは人獣共通感染症で動物と人間の間で行き来する。つまり生存領域をめぐる勢力争いと、生物として決して終わることのない、生き残りをかけた環境制覇の闘いの中で生まれてきた副産物が、今日の危機だと言えるかもしれない。地球の気候の変化が加速するなか、人種間の不均衡と、富と権力の偏在が依然として続いている。アメリカ国内でもその他の国々でも同じように、食は勲章となり、また、同時に私たちを取りまく問題を体現する印となった。既得権益を握る者たちは自分たちだけさっさと最悪の事態に備え、その富を大多数と分け合うことは、自らの破滅だと考えている。

アクティビズムはデモの形を取ることもあれば、ボイコットや、さらには百万軒の家々を回る草の根キャンペーンのこともあり、また、片手いっぱいの種子のこともある。どんな形でも、そこには地球の未来がかかっている。私たちが何をどう食べるかは、私たちが社会としてどんな選択をしてきたのかを不名誉にも反映するだけでなく、選択そのものを形作る。そしてアクティビズムは、そのことを声高に伝え、周囲の意識を高めていく。アクティビズムはまた、私たちに、選択を変え、生き方を変える力が備わっているのだということも伝えている。

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