さまざまな分野で活躍する“おやじ”たち。彼らがひと息つき、渋い顔を思わずほころばせる……そんな「おやつ」とはどんなもの? 偏愛する“ごほうびおやつ”と“ふだんのおやつ”からうかがい知る、男たちのおやつ事情と知られざるB面とは。連載第25回は、養老孟司さん

BY YUKINO HIROSAWA, PHOTOGRAPHS BY TAKASHI EHARA

 めまぐるしく、どこか混沌とした世の中をクールに見つめ、誰にも媚びることなく、熱を込めながらも淡々とした口調や文章で、本質や核心を突く──。解剖学者・医学博士であり、東京大学名誉教授。その一方で、執筆活動も精力的に行う養老孟司さんの功績はじつに輝かしいものだが、日常はいたって淡々。今日はそんな日々とおやつ事情と、頭と心の中をのぞいてみよう。

 養老さんは1937年生まれ、現在84歳。「幼少期はそもそも甘いものが少なかったし、戦中・戦後だった小学校低学年の頃は特に。地元の鎌倉駅前のビルに店がいくつか入ってたんですが、当時、そこでおやつに類するものと言えば、焼きりんごだけ。西洋史学者の阿部謹也さんも同じようなことを書いていたから、間違いないかと。だからずっと、甘いおやつは憧れのようでもある」

 東京大学医学部を卒業後、生身の人間に治療を施すのでなく、ヒトの形態や構造を詳しく調べる解剖学の道を志す。同大学で助手から助教授、そして教授を務めた。「学生が入学する春頃は、午後はだいたい実習室にこもって学生100人、ご遺体50体、計150人と向き合ってきました。合間に差し入れでもらったお菓子をつまんだり、自分で売店に買いに行くこともあったけれど、当時は食事の一環という感じでしたね」

 生活習慣やおやつとの向き合い方がガラリと変わったのは57歳。大学教授を辞めたとき。「それまでは自分の時間というものがほとんどなかったのでね。もともと決められた時間に決まったことをするのが性に合わず、気が向いたときに気が向くことをするのがよっぽどラクだし楽しい。だからおやつを食べる時間も全く決まっていません。まぁ、朝食と昼食の間、昼食と夕飯の間にいただくことが多いですが」

画像: 豊島屋の「鳩サブレー」8枚入り・箱¥1,080 おやつは、執筆中にうず高く積まれた資料や読みかけの本の“すき間”で食べることもあれば、読書の合間に食べることも。「おやつの内容は家族に任せていて、合わせるのはブラックのコーヒー」。江の電のマグカップは養老さんの私物 豊島屋 TEL.0467-25-0180(代)

豊島屋の「鳩サブレー」8枚入り・箱¥1,080
おやつは、執筆中にうず高く積まれた資料や読みかけの本の“すき間”で食べることもあれば、読書の合間に食べることも。「おやつの内容は家族に任せていて、合わせるのはブラックのコーヒー」。江の電のマグカップは養老さんの私物
豊島屋 TEL.0467-25-0180(代)

「時間は限りあるもの。無駄にしてしまう気がして、何もしないでいることができない性分」だと自身を語る養老さん。常に本を読んだり、構想を練ったり執筆したり、大好きな昆虫について調べたりしている。「僕の場合は決まった作業を続けることが多いため、そうすると脳も体も同じところを使うので、疲れる。いわゆる疲弊疲労ではなく、うまくいかなくなるとか上手にできなくなる感じでしょうか。だからおやつは息抜き、気分転換です」。今回、挙げてくれたのはどちらも鎌倉を代表する銘菓。「昔から長いこと食べているのが『鳩サブレー』。食べ物って意外と飽きるもので、もう要らないと思うことも多いけれど、それがない。『クルミッ子』は濃厚だから、ひとつ食べるくらいがちょうどいい。どちらもブラックコーヒーに合うという点もいい」

画像: 鎌倉紅谷の「クルミッ子」5個入り¥767 バターが香る生地で、自家製のキャラメルと香ばしいくるみがザクザク入ったフィリングをサンド。執筆はパソコンを使うが、サインや手紙は万年筆とインクで。どちらも本人私物 鎌倉紅谷 お客様相談室 TEL. 0120-900-466

鎌倉紅谷の「クルミッ子」5個入り¥767
バターが香る生地で、自家製のキャラメルと香ばしいくるみがザクザク入ったフィリングをサンド。執筆はパソコンを使うが、サインや手紙は万年筆とインクで。どちらも本人私物
鎌倉紅谷 お客様相談室 TEL. 0120-900-466

 養老さんはこれまで、450万部を突破した『バカの壁』(新潮新書)から遺言、世界の墓、愛猫、昆虫、書評、コロナ禍を経て究極の人間論を説いた『ヒトの壁』(新潮新書)まで、単著だけでも80冊近くの著書を世に送り出している。養老さんにとって執筆は、「余計なことは何も考えない、解剖しているときとちょっと似ている」。扱うテーマはじつにバラエティ豊かだが、どの本にも腑に落ちるキラーワードがそこかしこにあふれ、読み手をフラットな状態に戻す不思議な力がある。

「それは全体のバランスを重視しているから。さっき何も決めてないって言っちゃったけど、夜中は執筆しないようにしていて、なぜならその時間帯に書いたものを昼間に読むと、読むに耐えられないから(苦笑)。もし僕が小説家で、執筆内容がフィクションやファンタジーであれば読み手の気分を盛り上げる必要があるけれど、僕が扱うテーマは、共感とかそういうことではない。できるだけ感情を外し、正しく伝える必要があるんです。人間ですから、感情を表現したり、伝えたい気持ちは少なからずありますよ。でもそれは、本当に上手にやらないといけなくて、技術とかノウハウ、昔風に言えば“芸”がいるんです。感情が入りすぎたり、優先させすぎると釣り合いが悪くなる。ほら、怒って何かを言うと失言や後悔をすることもあるし、患者さんが痛がっているのに医者が同情して泣いても改善にはならないでしょ? ご自身で右脳や左脳、内面のバランスをとって生きることが“普通に生きる”、つまり“無理がない”ってこと。何事もプロポーションが大事なんです」。なるほど、読み手は養老さんの紡ぎ出す活字から、フラットな気持ちになれる“養老チューニング”を受けているのかもしれない。

 酸いも甘いも知り尽くし、理解したうえで、人や社会と“ちょうどいい距離感”をとりながら世の中を見つめる養老さん。いま思うこと、伝えたいことはあるだろうか?

「みんな頭のどこかで考えれば問題は解決すると思っているけれど、考えただけではダメなんです。感じて、動いて、状況を変えていかないと。これまでは(会社などの)システムが大きすぎて自分の状況を変えることが難しかったけれど、コロナ禍を経たことで、多少は動きやすくはなった。例えばですが、リモートワークを増やすとか、二拠点生活をしてみるとか、あとはおやつを作ってみるのでもいい。状況を変えるって大事だし、あらゆることにつながるんですよ」

「僕の場合は自宅がある鎌倉と、昆虫と過ごす箱根の別宅を行き来しながら暮らしていますが、よく『気楽でいいね』とか『こういう生活は養老さんだからできることだ』と言われる。でもそうじゃない。僕はやりたいことをやっているだけで、みんな何かを言い訳にして心に蓋をしたり、行動に移していないだけ。そういう考えに陥ってしまうと手も足も出ないし、これから先の人生がますます狭まってしまう。だからこそ、みなさんには自分の可能性や生き方を狭めないでほしいですね」

画像: 養老孟司(TAKESHI YORO)さん 1937年神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学医学部卒業後、解剖学教室へ。1995年に東京大学医学部教授を退官し、現在は同大学名誉教授。著書に『バカの壁』『超バカの壁』『からだの見方』『唯脳論』の壁シリーズに、コロナ禍の2年間で説いた究極の人間論『ヒトの壁』(すべて新潮新書)も加わる。 ©YOROKENKYUJUO

養老孟司(TAKESHI YORO)さん
1937年神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学医学部卒業後、解剖学教室へ。1995年に東京大学医学部教授を退官し、現在は同大学名誉教授。著書に『バカの壁』『超バカの壁』『からだの見方』『唯脳論』の壁シリーズに、コロナ禍の2年間で説いた究極の人間論『ヒトの壁』(すべて新潮新書)も加わる。
©YOROKENKYUJUO

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