ハイビスカス、ボリジ、スミレやその他の花々が、カクテルやノンアルコール飲料の中に入っているのを最近見かける。そんな花々を見ていると、何世紀も前から伝わる、花を浸した飲料が醸し出すミステリアスで創造性に満ちた魅惑に思いを馳せずにはいられない

BY DIANA ABU-JABER, PHOTOGRAPH BY ANTHONY COTSIFAS, STYLED BY LEILIN LOPEZ-TOLEDO, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 真っ暗闇の中、細いステム(持ち手)のグラスに桃色のカクテルが注がれ、バーテンダーがそのグラスをこちらにそっとスライドしてよこした。数あるカクテルの中でも、まるで女優のローレン・バコールのような輝きを放つ一品だ。そのカクテルの上には“痺れるつぼみ”と呼ばれる、丸みのある小さな花が浮かんでいる。カクテルをひと口飲むと、レモンとハチミツの味がした。そして、言われたとおり、その小さなつぼみを食べてみると、不思議なことが起こった。口の中が痺れてほとんど何も感じられない。何が起きたのかわからなかった。オランダセンニチ(和蘭千日)は“ビリビリするボタン” “電気デイジー”などとも呼ばれ、その強く刺すような刺激で知られている。このビリビリした感じが好きかと聞かれれば、そうではないような気がする。いや、そもそもこの感覚が好きかどうかは問題ではないのかもしれない。もうひと口飲んでみると、カクテルの味自体が変容し、ピクセル化したように鮮やかに感じられた。まるでアニメーションがハイビジョン映像に変わったような感じだ。カクテルの味がより鮮明になった。レモン。ハチミツ。そしてそのすべてがバターのように溶けて消えていく。

「このデコレーションは、単なる飾りではなく、カクテルの味を引き立てる役割を果たしている」と言うのはフロリダ州フォート・ローダーデールにあるバー、ノーマンズ・ランドの飲料ディレクターを務める36歳のシェビー・ファーレルだ。かつてプールサイドに併設されたバーで、フローズン・ダイキリの上に蘭の花が初めて飾られたその時よりもはるか昔から、見た目の美しさを演出するため、花びらはグラスの周りを飾るのに使われてきた。だが、花は美しいだけではなく、甘さや土の風味、うまみやファンキーさなども飲料に加えることができるのだ。「その味は」とファーレルは言う。「はっきり定義することはできない。花の味は、ドリンクを別次元に高めてくれるミステリーだ」

画像: シャンパングラスいっぱいに詰め込まれた牡丹、桜、リンデン、バーベナ、スミレ。その隣にはピッチャーに入ったマリーゴールド、ハイビスカス、リンデン、牡丹、バーベナと桜。どちらもフローラルフォームの上にアレンジされている DIGITAL TECH: GUILLERMO CANO. PHOTO ASSISTANT: KARL LEITZ. PROP STYLIST’S ASSISTANT: RYAN CHASSEE

シャンパングラスいっぱいに詰め込まれた牡丹、桜、リンデン、バーベナ、スミレ。その隣にはピッチャーに入ったマリーゴールド、ハイビスカス、リンデン、牡丹、バーベナと桜。どちらもフローラルフォームの上にアレンジされている
DIGITAL TECH: GUILLERMO CANO. PHOTO ASSISTANT: KARL LEITZ. PROP STYLIST’S ASSISTANT: RYAN CHASSEE

 花はものごとの変遷に関わっている。婚礼や葬式など、人生の重大な節目において、花は常に私たちとともにあり、変容を見届ける不思議な役割を果たしている。そして、純潔と新しいスタートの象徴でもある。私たちは花を集め、花を身につけ、花から抽出した香水を手首や首にこすりつける。花は昔ながらの風習に品位を与え、愛と追悼を私たちの心に通わせる。花は身体と精神、そして天国と地上の間の懸け橋だ。

 花を飲むという行為は、どこか常識はずれな感じがする。贅沢すぎるし、過剰すぎる。まるでシチリアのネロ産のブドウの皮をむいて食べるような行為だ。食に困窮している人々であふれているこの地球上において、花を食べたり飲んだりするのは恐らくちょっと顰蹙を買うような行為だろう。明らかにやりすぎだ。だが、私たちが住むこの世界では、人々は過剰なものを強く欲してしまう。苦しみをやりすごすためには、何か美しいものに没頭して現実を忘れるのが有効な方法だからだ。ロートスの実を食べて憂さを忘れ、苦痛を忘れるために酒を飲む。古代ギリシャの詩人ホメロスが書いた『オデュッセイア』の中に出てくる、それを飲めば何もかもすべて忘れられるという媚薬のように。紀元後1世紀に活躍したローマ人の作家、大プリニウス(ガイウス・プリニウス・セクンドゥス)は、その媚薬とはボリジから作られたものだと信じていた。その意味では、花は単に快楽をもたらすだけではなく、癒やしの源でもあり、花々が古代から治療に使われてきたのも不思議ではない。

 たとえばハイビスカスは今、ジンジャービールやカンナビジオール(註:大麻草などから抽出される天然成分の一種)を含んだ飲料水など、さまざまな飲料に含まれている。私のヨルダン人の伯母たちは、カルカデ(ハイビスカス)ティーに砂糖とライムと煎った松の実を加えて飲む。消化を助ける効果があるのだ。宝石のように鮮やかな色のハイビスカスの花びらは、特にメキシコでは大人気で、ハイビスカスのアイスティーから香りのいいモーレという名のソースまで、さまざまな形で利用されている。ニューヨークで製造されているボトル詰めの「ルビー・ハイビスカス・ウォーター」という飲料は、ハイビスカスの特徴であるかすかな酸味を、さらに濃い、イチゴに近い味わいにしている。その会社の創設者である32歳のノア・ウーンシュは、彼自身が砂糖への依存から脱却したいと思い、砂糖の代わりになるものを探していたときに、ハイビスカスティーの効用を知った。酸っぱい味が甘さへの欲求を抑制するというのは、一見常識とは異なるように思えるが、それも花が本来もっている不思議な力のひとつだ。

 TikTokでは、若者たちがナスタチウム(キンレンカ)やパンジーやゼラニウムを冷凍して氷を作り、それがスプリッツ(註:イタリアのワインをベースにしたカクテル)の中で、鮮やかに溶けていく映像が見られる。また、古代中国の伝統を甦らせる人々もいる。緑茶の葉をジャスミンの香りとともに真珠のような形に丸め、それを熱い湯の中に入れると、花が咲くように茶葉がゆっくり広がっていく。何世紀もの間、イギリスからイランまでの広範囲の地域では、ローズウォーターとオレンジブロッサムウォーターがシロップやキャンディやペイストリーを作るのに使われてきた。アリソン・ブラウンの著書『The Flower-Infused Cocktail(花を浸したカクテル)』(2021年)ではボリジを使ったレシピが紹介されているが、この本ではジョン・ジェラードの1597年出版の本『The Herball or Generall Historie of Plantes(本草書または植物の話)』についても触れている。ジェラードは、ボリジから作られたシロップは「心を落ち着かせ、鬱うつを解消し、感情が乱れた人、または精神を病んでいる人を鎮静させる」と書いている。ブラウンいわく、スミレは古代ローマ人の間で人気が高く、彼らはスミレをリースの形に編んで頭にかぶり、二日酔いを解消したという。

 花は、果実やハーブのような飲料の定番材料には決してならないかもしれないが、そのエキゾチックさが人々を惹きつける。オレゴン州ポートランドにあるオーガニック・ティー・スタジオ「Tプロジェクト」のオーナーである59歳のテリー・ギャルバーは、ラベンダーやリンデンやオレゴンの桜の花を頻繁に使ってブレンドしているが、絶妙なバランスが大事だとアドバイスする。「その他の風味を損なわないように」と。その助言は真実だ。彼女の同業者たちが最近、実験的にブレンドしたケースでは、そのすべてがシャルドネと薔薇のように相性がいいものばかりではなかった。マリーゴールドを漬けたワインは風味に欠け、若干、吐瀉物のような感じがする。また、ヤグルマギクを使ったお茶はピートモス(泥炭)っぽい。花を飲料に使うには、慎重さと運が不可欠だ。作り手は「驚きの要素」を尊重しなければならないとギャルバーは言う。

 この地球での生活があまりにも重苦しく感じるとき、月や星が灯ともしびとなって照らしてくれる。私たちは明るさと逃げ場所が欲しいのだ。魅惑的で野性的な花々は、私たちを自身から解放して外に連れ出してくれる。花はごく身近なものだが、別の惑星から来た生き物のようでもあり、花を飲むということは、地面に触れると同時に、身体と魂がふわっと宙に浮かぶような体験なのだ。

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