さまざまな分野で活躍する“おやじ”たち。彼らがひと息つき、渋い顔を思わずほころばせる……そんな「おやつ」とはどんなもの? 偏愛する“ごほうびおやつ”と“ふだんのおやつ”からうかがい知る、男たちのおやつ事情と知られざるB面とは。連載第32回は、映画監督・脚本家の三宅 唱さん

BY YUKINO HIROSAWA, PHOTOGRAPHS BY TAKASHI EHARA

 エンドロールが終わって劇場内に照明が灯る。どこか哀愁すら漂っていた観客の背中からは生きるエネルギーがにじみ、振り返った目には光が宿る。鑑賞後、こんな光景を見たのは初めてだった。

 その映画とは、『ケイコ 目を澄ませて』。岸井ゆきのさん演じるケイコは、愛想笑いが苦手で、嘘がつけない。そして、両耳が聞こえない。己や人生、社会への不安や迷い、歯がゆさや悔しさ……あらゆる感情の海で溺れそうになりながら、プロボクサーとしてのひたむきに生きる姿とともに、彼女に寄り添う人々を丁寧に描く。

 監督・脚本を手がけた三宅唱さんに伝えると、「じつは似たような出来事があって。九州の映画館で上映した際、還暦を超えてらっしゃる男性が近づいてきて、『純粋な映画をありがとう』と頭を下げられまして。僕は内心、『あなたが純粋だからですよ』と思いましたが、とても美しい贈り物をいただきました」。

 大柄、丸刈り頭、ハツラツとした雰囲気──まるで大きな木のような三宅さんの故郷は、北海道札幌市。小学2年生から高校3年生までサッカー少年だった一方で、“本を読む”、“何かをつくる”ことも大好きだったそう。「親と街へ出かけた際は『俺は本屋に行く』と言い残して直行。伝記から小説、SFまでジャンルレスで手に取り、家で読みふけっていましたね。“つくる”ほうで言えば、クラスの演劇に参加するのも好きだったし、空き地で基地作りや新しい遊びを考えたり、あとは小学生新聞も作ったりしてました。”近所に100円ショップができました。気をつけてください、正式には103円です”という小学生にとっては衝撃のニュースで一面を飾ったり(笑)」。生業となる映画との出会いは、中学3年時。「映画はよく観てましたけど、きっかけになったのは、放送室にあったビデオカメラで文化祭に披露する短編映画を作った時。面白さに目覚めました」

「大学生になって上京し、映画館でアルバイト。それ以外は別の映画館に昼夜問わず通いつめ、大学へはたまに(笑)」。映画サークルに所属しながらその専門学校にも通う日々。没入した理由を聞くと、「内面を含めてその時代の“一番カッコいいもの”が投影されているし、頭も使えるし、音楽もあるし、美術や建築まである──。“映画には全部ある”ことを中学の時に身を以て体験しちゃって。以来、僕の生活の一部なんですよ」

 映画化したい企画が生まれたら、ひとまず学ぶことからスタート。「『きみの鳥はうたえる』なら函館が舞台だったので、それについて徹底的に調べ、『ケイコ 目を澄ませて』は東京都聴覚障害者連盟の方にレクチャーを受けるほか、僕自身もボクシングジムに通いました。知らないことを知る作業は、キリがないから凹むこともあるけれど、楽しいですよ」。資料を読み、現場へ向い、取材をし、時には習って、自身の体になじませていく。

 構想から完成まで約2〜3年、長いもので5年から10年かける。人生をかけて興味を持ち続けられるものに出会うため、「何かないかな」と日々探し、考える。「企画化したいジャンルは決まってなくて、僕が惹かれるのは職人的で修練を追求している人。恐れとともに興味が沸いて、心血を注ぐ人の考えや生活を通して純度の高い世界が見えてくるというか……」

 長い年月をかけて脚本を完成させた後のお楽しみが、ロケハン。「撮影に入る2〜3ヶ月前から各部門のスタッフと、車に乗ってあちこちへ。例えば主人公の住まいならば『室内はいいけど外観が……』『日当りがなぁ……』など、吟味しながら5〜6軒巡る。それはもう、自分の引っ越しよりも真剣です(笑)。移動中、立ち寄ったコンビニでおやつを買うんですけど、スタッフ同士でおやつの情報交換をしたり、センスを見せ合ったりするんですよ。うちの組では、カッコいい仕事をする演出部の松尾さんに習ってか、季節を問わずアイスを買う人が多め。僕もその一人で、特に好きなのは『ブラックモンブラン』。ウマいし、普段の生活圏で出会えないところもいい。おやつの時間は作品の話はもちろん、それ以外の話も。基本みんなおしゃべりなんですが、とりわけ舌がなめらかになるんです。やっぱり空気って大事だな、と」

画像: 「ブラックモンブラン」1本¥130 「地方へ行くと、“ご当地モノ”を見つけて食べるのも楽しみ。そのひとつがバニラアイスにチョコレートとクランチをまとった九州ご当地アイスのこちらで、ホットコーヒーとともにいただきます」。オンラインでも購入可 竹下製菓 TEL.0952-73-4311

「ブラックモンブラン」1本¥130
「地方へ行くと、“ご当地モノ”を見つけて食べるのも楽しみ。そのひとつがバニラアイスにチョコレートとクランチをまとった九州ご当地アイスのこちらで、ホットコーヒーとともにいただきます」。オンラインでも購入可

竹下製菓
TEL.0952-73-4311

 さて、いよいよキャストを含めた大がかりな撮影期間。「全体のシミュレーションはクランクイン前に行うので、当日は早起きしてシーンごとにこと細かくメモを記したノートを見返し、“何があっても大丈夫”な状態にしておく。現場にはお茶場があって、どら焼きやシュークリームなど、いろいろな差し入れが並ぶんです。合間に“つなぎ”としてちょこちょこ食べている気がしますが、何を食べたとか、どれが美味しかったとか、一切の記憶がなくて(苦笑)」。つまり、それだけ作品に集中しているのだ。

「あ、でも監督は、技術者とああでもない、こうでもないと話しながら映像を再構築する編集も仕事のひとつでして。編集場へ向かう日は、差し入れとしておやつを買います。最近のお気に入りは『パティスリーショコラトリーレシィ』のチョコレートで、惑星みたいな様相やユニークな素材の組み合わせが魅力。お店のガラス越しに厨房で、パティシエの方々がロールケーキをきれいに巻いている姿が見えるのもいいんですよね」

画像: 「ボンボンショコラ」8個入り¥3380 「きっかけは友人の家で出していただく機会があって、教えてもらいました。バナナ×ほうじ茶、パイナップル×ディル、オレンジ×キャラメルなど、チョコレートに合わせる素材の組み合わせも妙」 パティスリーショコラトリーレシィ TEL.03-4362-9185

「ボンボンショコラ」8個入り¥3380
「きっかけは友人の家で出していただく機会があって、教えてもらいました。バナナ×ほうじ茶、パイナップル×ディル、オレンジ×キャラメルなど、チョコレートに合わせる素材の組み合わせも妙」

パティスリーショコラトリーレシィ
TEL.03-4362-9185

「おやつも差し入れもなくてもいいものだけど、あると気持ちが上向きになる。思い返せば、小さい頃、父親がいろんなところに行く時に、『六花亭』にぱっと寄って手土産を買っていて。その姿に義務感はなく、すごくうれしそうだった印象が残っているのかな。あと、単純にお菓子屋さんってきれいだし、接客も丁寧だし、ふわっとやさしい気持ちになれますしね」

 相手の緊張や弱さ、コンプレックスをまるっと包むような包容力で、自身のありのままを語る三宅さん。「映画はカッコいいものだから、カッコつけようとは思わないけど、カッコ悪いことはしたくないですよね。僕自身、理不尽なこととか不合理なことが好きじゃなくて、ちょっと頭と想像力を使えば解決できるし、楽しくやったほうがみんな幸せじゃんって思うんですけどねえ(笑)」

「撮影現場でも、監督の僕が何を考えているかわからないのはキャストもスタッフもストレスだと思うので、『悩んでます』『わかりません』とオープンにする。良案が浮かぶまで待ってもらうこともあるし、周囲から『試してみない?』という僕の想像外の提案があって、そこから広がることも多い。例えシナリオ通りでも、少しのさじ加減でガラリと変わるから、しっくりくるものをみんなで探るのは楽しいですよね。だから、キャストにもスタッフにも、『教えて、教えて』って感じです。意見を採用させてもらうこともあるし、僕の案のほうが面白いことも。最終的に僕が正しい判断をすればいいだけのことで」。作品のそこかしこで化学反応が起きているのは、フラットで風通しがいいのも理由のひとつなのかも。

 最後に、映画を慈しみ、映画と生きる三宅さんに、映画館で鑑賞することの醍醐味を聞いてみた。「いざ足を運んでみると、気づきがあるし、考えさせられるし、ふと何かを思い出すこともある。その映画がいいか、悪いかでジャッジしようとするとマイナスの感情が芽生えそうだけど、ジャッジをせずに映画を観ることに浸ってもらえたら、と思いますね」

画像: 三宅 唱(SHO MIYAKE)さん 1984年生まれ、北海道出身。一橋大学社会学部卒業、映画美学校・フィクションコース初等科修了。主な映画監督作品に『Playback』、『THE COCKPIT』、『きみの鳥はうたえる』、『ワイルドツアー』など。世界190カ国で配信されたNetflix『呪怨:呪いの家』や、星野源のMV『折り合い』なども手がける。風合いも魅力の16mmフィルムで撮影した『ケイコ 目を澄ませて』は、東京国際映画祭やベルリン国際映画祭など、国内外の映画祭で高い評価を受ける。2024年2月には松村北斗さん、上白石萌音さんW主演の『夜明けのすべて』が公開予定。 ©️HITOSHI MAKANAI

三宅 唱(SHO MIYAKE)さん
1984年生まれ、北海道出身。一橋大学社会学部卒業、映画美学校・フィクションコース初等科修了。主な映画監督作品に『Playback』、『THE COCKPIT』、『きみの鳥はうたえる』、『ワイルドツアー』など。世界190カ国で配信されたNetflix『呪怨:呪いの家』や、星野源のMV『折り合い』なども手がける。風合いも魅力の16mmフィルムで撮影した『ケイコ 目を澄ませて』は、東京国際映画祭やベルリン国際映画祭など、国内外の映画祭で高い評価を受ける。2024年2月には松村北斗さん、上白石萌音さんW主演の『夜明けのすべて』が公開予定。

©️HITOSHI MAKANAI

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