富士山を望む山梨県の西湖にオープンした「レストラン サイ」では、豊島雅也シェフが日々、地域の食材を研究し新たなおいしさを引き出す“奥・山梨料理”を味わえる。自らを“食猟師”だと語る豊島シェフに、地元愛あふれる創作活動について聞いた

TEXT & PHOTOGRAPHS BY HIROYA ISHIKAWA

画像: メインダイニングは12席。奥に薪の焼き場がある

メインダイニングは12席。奥に薪の焼き場がある

 東京都心から車で2時間弱。富士山の麓である山梨県西湖に6月1日、一軒のレストランがオープンした。名前は「レストラン サイ」。メインシェフを務めるのは、このエリアに移住しておよそ7年になる料理人、豊島雅也。提供される料理は、フレンチをベースに地域でとれる食材を使った“奥・山梨料理”をコンセプトにしたものだ。

画像: 豊島雅也シェフ。1984年静岡県生まれ。「ブレストンコート ユカワタン」や「星のや富士」でスーシェフやシェフを務めたのちに独立。「トヨシマ」オーナーシェフを経て「レストラン サイ」料理長に就任

豊島雅也シェフ。1984年静岡県生まれ。「ブレストンコート ユカワタン」や「星のや富士」でスーシェフやシェフを務めたのちに独立。「トヨシマ」オーナーシェフを経て「レストラン サイ」料理長に就任

 豊島シェフは自らを“食猟師”と名乗り、厨房に立つだけではなく、狩猟、養蜂、農業、キノコや山菜の採取、ハーブ生産など料理につながるさまざまなことに取り組んでいる。そして、手に入れた食材をまるで研究者が実験を行うかのように、さまざまな手法で発酵させたり、熟成させたりしながら、豊島シェフにしかできない調理法や料理の開拓に日々、挑んでいる。

画像: ニジマス×キングサーモンのブランド魚「富士の介」の上に紅芯大根とカブのピクルスをのせた「鱒 根菜」

ニジマス×キングサーモンのブランド魚「富士の介」の上に紅芯大根とカブのピクルスをのせた「鱒 根菜」

 料理人目線での西湖周辺の魅力について、豊島シェフはこう語る。
「この地域は料理の世界では未開の地です。山も湖もあり、いろいろな生態が入り混じっているので、その分、食材もありますし、中にはまだ誰も料理に使っていないものもあると思うんです」

画像: 客の目の前でうなぎを焼く豊島シェフ。このライブ感も魅力だ

客の目の前でうなぎを焼く豊島シェフ。このライブ感も魅力だ

 例えば、大人の男性の腕くらい太い野生のうなぎや淡水魚のヒメマス、食材として知られていないキノコや野草、木々や香木などを積極的に取り入れていくのが“奥・山梨料理”だ

画像: 「鰻 山椒」富士五湖のうなぎは、プリプリとした肉々しさが新鮮。春菊と合わせていただく

「鰻 山椒」富士五湖のうなぎは、プリプリとした肉々しさが新鮮。春菊と合わせていただく

「かつての僕は、いい食材を求めて全国各地に足を運んでいました。どちらかと言えば、上を見て生活していたんです。ところがこの地域で暮らし始めてからは、下を見る、つまりは野草や動物の足跡を見つけるために足元に目を向けるようになりました」

画像: 「新玉葱 豚」低温で4時間ほどオーブンでトロトロになるまで火を入れた、ほぼ新玉葱でできたスープ

「新玉葱 豚」低温で4時間ほどオーブンでトロトロになるまで火を入れた、ほぼ新玉葱でできたスープ

 全国から食材を集めれば、どんな料理でも容易にできるが、ここではあえて食材の調達を標高の高い奥・山梨周辺に限定していると話す豊島シェフ。

「いろいろな食材があったら人は考えなくなりますよね。食材が限られているからこそ、それらをどう使うのかをちゃんと考えるようになります。例えば、塩ひとつとっても、海で獲れたものと海の塩は合いますが、山で採れたものと海の塩は離れすぎてしまう。そこで海水をくみ上げてきて自分で塩を作り、その際に山の木を海水に入れて炊き出すことで香りをつけてみたら山のものに合うのか? そんな風にさまざまな食材に対してつねに仮説を立てながら、未知なる可能性を試しています」

画像: 山梨の甲州軍鶏を使った「軍鶏 編笠茸」。齧ると山椒のような風味がするクロモジの枝をアクセントに

山梨の甲州軍鶏を使った「軍鶏 編笠茸」。齧ると山椒のような風味がするクロモジの枝をアクセントに

 また、豊島シェフはこの地域に代々伝わる伝統食作りにも着目する。

「かつては新しい食材や最新の技術を使って料理を作るキラキラした世界に憧れていました。でも、この地域のおじいちゃん、おばあちゃんたちが行っている梅干や干し柿、こんにゃく、味噌などの作り方を学んだことで考え方が変わり、料理の幅も広がったんです」

画像: 蓬餅とカラスミの「蓬 唐墨」(写真奥)、馬肉をのせたお米のチップ「米 馬」(写真手前)。馬肉はペースト状の梅干で塩味を加えている

蓬餅とカラスミの「蓬 唐墨」(写真奥)、馬肉をのせたお米のチップ「米 馬」(写真手前)。馬肉はペースト状の梅干で塩味を加えている

 これまでに培ってきた技術と経験に伝統的な郷土食の要素を取り入れながら、地元の食材にアプローチすることで、ここでしか食べられない“奥・山梨料理”が続々と生まれている。例えば、馬肉のタルタル。豊島シェフは塩味を加えるために、塩ではなく梅干しを入れている。

「塩には離水作用があるので肉から水分が出ますし、固形物なので粒子によっては肉になじまないこともあります。そこで旨味成分として塩味がある梅干しをペーストにして使えばより絡みやすいと考えて、試しに使ってみたらうまくいきました。ちなみに梅干しは塩分濃度を変えて数パターン仕込んでいて、どれをどんな素材にどう使うとどう合うのか、仮説をもとにひとつひとつ検証を行っています」

画像: 富士山麓で春先に獲れた鹿の肉をパイ包みにした「鹿 白樺 筍」

富士山麓で春先に獲れた鹿の肉をパイ包みにした「鹿 白樺 筍」

 コース料理の内容は日々の仕入れの状況やその日とれたものによって変わるが、シグネチャーメニューをあげるとすれば、ジビエを使った料理だと語る豊島シェフ。中でもパイ包みは、自信のあるひと品だ。

「ジビエの肉は個体によって違うし、部位によって繊維も違います。季節や獲った猟師さん、しめ方によっても変わる。それを昔のフランス人が安定しておいしく食べられるようにと考案したのがパイ包みです。いろいろな技術が詰まっていますし、これを食べてもらえれば、今の自分を知っていただけると思います」

画像: レストランの裏にあるハーブガーデン。ここで栽培されたハーブも料理に使われる

レストランの裏にあるハーブガーデン。ここで栽培されたハーブも料理に使われる

 年間を通してさまざまな知識や情報を吸収し、経験を積み重ねることで、日々変化し、進化していく豊島シェフの料理。その原動力は好奇心であり、どんなことも楽しむ気持ちだ。

「狩猟や養蜂、農業など、いろいろなことをやればやるほど、料理人としての仕事がどんどん楽しくなってきます。例えば、栽培方法を学べば、食材を丁寧に扱うようになるし、お客様にも伝えたいことが増えていく。そして、それを聞きたいと思ってくれるお客様もいっぱいいる。周辺地域でともに頑張っている大切な仲間が作っている大切な食材だから、その素晴らしさをしっかりと伝えたいんです」

画像: 個室は8席。富士吉田のテキスタイルブランド「ワタナベ テキスタイル」による和紙を織り込んだカーテンなど、こだわりのディテールが詰まっている

個室は8席。富士吉田のテキスタイルブランド「ワタナベ テキスタイル」による和紙を織り込んだカーテンなど、こだわりのディテールが詰まっている

 特に都市部の料理人は厨房で同じような作業を繰り返す単調な日々になりがちだ。その点、豊島シェフは、起床や散歩、仕込み、営業時間など日々の時間割は規則正しいが、ひとつひとつの内容はルーティンではない。

画像: アルコールのペアリングは、山梨県産のワインを中心に料理に合わせて数種類が登場する

アルコールのペアリングは、山梨県産のワインを中心に料理に合わせて数種類が登場する

「毎朝、犬の散歩がてら山を歩くと、昨日は小さかったキノコが一日ですごく大きくなっていたり、採ろうとしていた野草が先に動物に食べられていたり。鹿や猪がいきなり飛び出してくることもあります。終始そういう生活なんですよ。生きている手応えを感じられることが楽しくて楽しくて。料理もその日に調達した食材の中でどう構成しようか考えなければならない。僕は飽きっぽくて、毎日同じことができないので、これくらい変化のあるほうが面白いですね」

画像: 左半分がレストラン。いずれは右半分が宿泊施設になる予定

左半分がレストラン。いずれは右半分が宿泊施設になる予定

 日本食は世界的に注目されているにもかかわらず、伝統的な郷土料理がどんどん薄れていってしまっている気がして少し寂しさを感じると話す豊島シェフ。

「だからこそ、レストラン サイでは、地元の食材を使って昔ながらの製法を織り交ぜながら作る“奥・山梨料理”にこだわりたいし、文化としてちゃんと残していきたいんです」

 温故知新とも言える新たな日本料理の物語が、富士山の麓で今、始まろうとしている。

レストラン サイ
住所:山梨県南都留郡富士河口湖町西湖208-1
営業時間:17時30分ドアオープン、18時スタート
定休日:日曜・月曜
完全予約制
公式サイトはこちら

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