ホテルジャーナリスト、せきね きょうこが独自の視点でおすすめの東京ホテルを案内。連載第62回目は、温かな“もてなし”の真髄を極める「山の上ホテル」

BY KYOKO SEKINE

“小さくてもキラリと光るホテル”とは、ここお茶の水の高台に建つ老舗「山の上ホテル」を指しているのではないだろうか。1937年「佐藤新興生活館」として完成し、戦後GHQ陸軍婦人部隊の宿舎となった建物は、接収解除後の1954年1月、ホテル創業者の吉田俊男が建物を譲り受け「山の上ホテル」を創業。長い歴史を経て今に至るホテルは、2019年5月、7カ月間の休業を経て一大リニューアルを終え、本館別館を合わせて75室だったホテルは、旧山の上ホテル別館を解体し、アールデコの面影をとどめる本館のみを残し、わずか全35室という真のスモール・ラグジュアリー・ホテルとして、昨年のリニューアルオープンに至った。全体的に館内には明るさが増し、奇をてらわず、丁寧に改装を試みたモダニズムとクラシカルな融合が自然であり、落ち着きのある空間はとても快適だ。

画像: アールデコの美しい建物は正面ファサード、特に塔屋に特徴がみられる。建築当時(1937年)から今でも古びない建物は、建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計

アールデコの美しい建物は正面ファサード、特に塔屋に特徴がみられる。建築当時(1937年)から今でも古びない建物は、建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計

 創業以来、輝かしいストーリーを幾つも残し今に至るホテルは、多くの文豪たちが執筆の場所として選んだことでも知られている。作家の山口 瞳氏は、「私が山の上ホテルに求めるものも、山の上ホテルが私に与えてくれるものも、“安心感”だ」(『行きつけの店』山口 瞳 著/TBSブリタニカ刊)と、ホテルにとって最高の誉め言葉を綴っている。ゲストにとっては都心の隠れ家として、またスタッフにとってはゲストの顔が見える小規模ホテルとして、互いの距離感をわきまえたスタッフが揃っているのも、山の上ホテル創業以来継承されるもてなしの極意であろう。

画像: 改装後のロビーも明るくより高級感の増した印象で“アンティーク感とモダニズム”が融合。ロビー一角に座ったままチェックイン・アウトのできるロビーデスクを新設

改装後のロビーも明るくより高級感の増した印象で“アンティーク感とモダニズム”が融合。ロビー一角に座ったままチェックイン・アウトのできるロビーデスクを新設

画像: ロビーの一角に作られたベンチシートも建築時からのオリジナル。革張りのベンチは、贅沢なスペースとして多くのセレブリティや著名人にも愛された

ロビーの一角に作られたベンチシートも建築時からのオリジナル。革張りのベンチは、贅沢なスペースとして多くのセレブリティや著名人にも愛された

画像: 「朱階段室」と呼ばれるアールデコ様式の美しい階段は最上階まで見通せ(写真は上から下を見ている)、天井にはステンドグラスが貼られている。御影石と真鍮の手すり、赤絨毯のコントラストが幻想的

「朱階段室」と呼ばれるアールデコ様式の美しい階段は最上階まで見通せ(写真は上から下を見ている)、天井にはステンドグラスが貼られている。御影石と真鍮の手すり、赤絨毯のコントラストが幻想的

 一方、小規模ホテルながら館内には、5カ所のレストランや、2カ所のバー(葡萄酒ぐら モンカーヴ、バー ノンノン)、夏季限定のビアガーデンという、ゲストにとって楽しみな食事の選択肢が揃っている。とりわけ「てんぷらと和食 山の上」は、以前から名店としてファンが通う店だ。昔、山の上ホテルを「ヒルトップ」と呼んでいた文化人たちは、本物の味を求めて先を争うように、いずれのレストランにも足を運んでいたと聞いている。美食家を自負する人々は、時に夜更けまでバーを占領し文化論を戦わせていた良き時代もあった。実は、今回の滞在で思わぬことに遭遇した。エレベーター内でのわずかな時間に、顧客と思われる紳士に自慢された。「ここのレストランはどこも美味しい、特に天ぷらはとてもうまいから、食べてみたら!」と。私も全く同様な思いでいる! と、心にポッと灯がともった。多くの顧客が、時代を問わずにこうしてホテルを愛し、今もなお、このホテルを支えている。スモール・ラグジュアリー・ホテルの草分けである「山の上ホテル」の健在ぶりを肌で感じた嬉しい瞬間だった。

画像: 山の上ホテルのレストランの中でも、とびきり人気の「てんぷらと和食 山の上」の入口。本胡麻油でカラッと揚げた天ぷらは、衣の軽やかさと旬彩や旬魚を江戸前の技で調理

山の上ホテルのレストランの中でも、とびきり人気の「てんぷらと和食 山の上」の入口。本胡麻油でカラッと揚げた天ぷらは、衣の軽やかさと旬彩や旬魚を江戸前の技で調理

 生粋のジャパンメイドの山の上ホテルには、マニュアルには頼らない“旅館”のような細やかなサービス精神を感じるのは贔屓目だろうか。若いホテルマンには一生懸命さがあり、それを見守る厳しくも優しいベテランが後ろに配する構図。最近では、日本資本のホテルでもめっきり減ってきた気がするが、すべてをビジネスライクに済ませることや、AIに頼り時間のロスをなくす機能性の追求など、事務的な完璧性を求めるよりも、ホテル本来の原風景はやはり、“人の手を介する”ことである。小さくて素朴な家族経営のヨーロッパ型ホテルのように、もてなす人がもてなすというシンプルな場であることこそ、ホテルに最も望まれる重要ポイントである。山の上ホテルの醍醐味はまさにここにあり、快適な滞在に繋がる礎となっている。

画像: 403号室「庭付きスイートルーム」<56.1㎡>のリビング 庭がある快適さは他に比べられない。客室はすべてレイアウトが違い、2室のスイートのもう一方(501号室)も異なる仕様

403号室「庭付きスイートルーム」<56.1㎡>のリビング
庭がある快適さは他に比べられない。客室はすべてレイアウトが違い、2室のスイートのもう一方(501号室)も異なる仕様

画像: 格式のある403号室「庭付きスイートルーム」の寝室

格式のある403号室「庭付きスイートルーム」の寝室

 今回は、贅沢にもリビングと寝室に分かれたスイートルームに滞在した。まるで軽井沢にある友人の別荘にでもいるような、温もり感や、落ち着いた雰囲気が感じられた。4階に位置しているにもかかわらず、ベランダやバルコニーではなく、木々の緑と苔むした土の庭がある。早朝目が覚めた時には、その庭に飛んでくる小鳥たちの声と、真夏らしく煩いほどのセミの声の合唱に、都心に居ることを忘れてしまった。以前と何も変わらぬ閑静なヒルトップである。

画像: 「デラックスシングル・ダブル和室」<21㎡> 靴を脱いで過ごす人気の高い客室 PHOTOGRAPHS:COURTESY OF HILLTOP HOTEL

「デラックスシングル・ダブル和室」<21㎡>
靴を脱いで過ごす人気の高い客室
PHOTOGRAPHS:COURTESY OF HILLTOP HOTEL

 また、畳敷きの和室(デラックスシングル・ダブル)は人気が高いと言う。障子、和ダンス、ベッドという自宅のような静寂な空間に長逗留をして、文豪の真似事でもしてみたい気分に駆られながら、再来を胸に、ホテルを後にした一泊の滞在であった。

山の上ホテル(HILLTOP HOTEL)
住所:東京都千代田区神田駿河台1-1
電話:03(3293)2311<代表>
客室数:全35室
料金:スタンダード¥19,000~、デラックスシングル・ダブル¥21,000~、スイート¥45,000~、宿泊プラン有(1泊1室の室料。サービス料・消費税別)
公式サイト

せきね きょうこ
ホテルジャーナリスト。フランスで19世紀教会建築美術史を専攻した後、スイスの山岳リゾート地で観光案内所に勤務。在職中に住居として4ツ星ホテル生活を経験。以来、ホテルの表裏一体の面白さに魅了され、フリー仏語通訳を経て、94年からジャーナリズムの世界へ。「ホテルマン、環境問題、スパ」の3テーマを中心に、世界各国でホテル、リゾート、旅館、および関係者へのインタビューや取材にあたり、ホテル、スパなどの世界会議にも数多く招かれている。雑誌や新聞などで多数連載を持つかたわら、近年はビジネスホテルのプロデュースや旅館のアドバイザー、ホテルのコンサルタントなどにも活動の場を広げている
www.kyokosekine.com

 

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