豊かな風土に彩られた日本には、独自の「地方カルチャー」が存在する。郷土で愛されるソウルフードから、地元に溶け込んだ温かくもハイセンスなスポットまで……その場所を訪れなければ出逢えないニッポンの「ローカルトレジャー」を探す旅へ出かけたい。暦の上で秋を迎えた頃に向かったのは、滋賀県。琵琶湖の恵みを礎とした豊かな風土で出合ったのは、肩肘張らないセンスの良さ。静かに受け継がれてきた伝統の技やアートの素養、滋味溢れる食文化から居心地のよいカフェまで。“急がない生き方”が成せる洗練を感じてほしい

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY MASATOMO MORIYAMA

 滋賀には、独自の視点で作品を見極め、美意識を携えたギャラリーが点在する。暮らしと共に歩む、心地よい表現空間を案内したい

《SEE&BUY》「NOTA_SHOP (ノタ_ショップ)」
モードな感性を軽やかに紡ぐ

画像: 「NOTA&design」オリジナルの「WALL POT」。片面をフラットにした構造がユニークだ

「NOTA&design」オリジナルの「WALL POT」。片面をフラットにした構造がユニークだ

 焼き物の産地で知られる信楽に、世界と繋がりモノづくりを手掛けるプロダクト・スタジオ兼ギャラリーがあると聞き、山間の道を向かう。道すがら大小の“信楽たぬき”の置物と目があいながら、町はずれの小径の奥を進むと、木造平屋の古い建物が姿を見せる。かつて親戚が営んでいたという製陶所を、3年という年月を費やしクリエイティブな空間へと蘇らせた。150坪という広大なスペースは、セレクトされた工芸品やアートを扱うギャラリーショップに、オリジナルの作品を手がけるスタジオ「NOTA & design」も併設されている。「NOTA」という名称は、陶器をつくる際に粘土同士を繋ぐ糊状の接着剤のこと。焼き物というジャンルにとらわれず、さまざまな人や物、情報を繋ぐ“ハイブリッドな存在”でありたいという願いが込められている。

画像: 野山に溶け込む建物は、どこか懐かしさを感じる

野山に溶け込む建物は、どこか懐かしさを感じる

画像: 建物の個性をいかしながらも、ソリッドな演出が冴えた空間が広がる。内装のデザインは「ABOUT」の佛願忠洋氏

建物の個性をいかしながらも、ソリッドな演出が冴えた空間が広がる。内装のデザインは「ABOUT」の佛願忠洋氏

画像: かつての建物の記憶とヴィンテージの家具、アートオブジェが同居するカフェスペース。カウンターは、この場所を改修する際に出てきた陶板を活用

かつての建物の記憶とヴィンテージの家具、アートオブジェが同居するカフェスペース。カウンターは、この場所を改修する際に出てきた陶板を活用

 飾り気のない引き戸を開けると、天井の荒々しいトラス構造の迫力に圧倒される。そうかと思えば、床は左官の研ぎ出しによる仕上げが見事な繊細さを醸している。中央にはホワイトキューブを据え、企画展やインスタレーションを展開。室内を隔てるギャラリースペースは、午前と午後とで光の入り方が異なる建物の特徴を際立たせる効果も生むという。そんなクリエイティブな空間を営むのは加藤駿介さんと佳世子さん、2人のデザイナーだ。「焼き物というジャンルで、機能や価格だけではないエモーショナルバリューを伝えたい」という思いを携え、オリジナル作品はあえて器以外のものも多く作っている。フラワーベースからプランター、スツールをはじめ、自転車スタンドといった暮らしのツールを手がける。さらに、コペンハーゲンにて「NOTA_SHOP」のポップアップイベントを主催するなど、信楽を拠点に世界と直接にコネクトする活躍ぶり。

画像: 窯業の道具を脚に用いたディスプレイテーブルには、加藤さん夫妻が選んだ美しい器が並ぶ。奥の白壁で囲まれた空間がホワイトキューブのギャラリー

窯業の道具を脚に用いたディスプレイテーブルには、加藤さん夫妻が選んだ美しい器が並ぶ。奥の白壁で囲まれた空間がホワイトキューブのギャラリー

画像: 「NOTA&design」オリジナルの「PEACOCK POT」。1960年代の復刻デザインをモダンな色彩で表現

「NOTA&design」オリジナルの「PEACOCK POT」。1960年代の復刻デザインをモダンな色彩で表現

 ショップで扱う商品は、前述のオリジナルの作品から地元の作家の器、ヴィンテージの洋服やガラスのオブジェまで……様々なマテリアルとジャンルがほどよい距離を保ちながら混在。店内を巡ると、加藤さんのセンスの物差しに叶う多彩な価値基準のなかを探検しているような気分になる。初めて訪れる人にとっては高揚感を誘う非日常の空間であり、地元の人にとっては暮らしの美意識を高めるスポットとして何度でも足を運びたくなる場所なのだろう。また、ギャラリーで扱うアートに関しても独特の基準がある。「既に売れている方の作品は敢えて選びません。企画展で扱うものは、まだ注目されていないけれど、自分の表現と闘いながら、道を切り拓きながら歩んでいる気概のあるアーティストの作品です。モノづくりに対する内包したエネルギーにシンパシーを感じます」と加藤さんは語る。今後の夢は、陶芸に親しみながら宿泊できる場を手がけること。建築から家具や小物に至るまで、心地よい刺激に満ちた旅時間を過ごせる日も、そう遠くはないだろう。

画像: 「単にモノを紹介するのではなく、訪れる人の体験価値を大切にしたい」と語る加藤さん

「単にモノを紹介するのではなく、訪れる人の体験価値を大切にしたい」と語る加藤さん

画像: スタジオには、これまでに手がけたアーカイブが並ぶ

スタジオには、これまでに手がけたアーカイブが並ぶ

画像: 大小3台の窯を備えた、「NOTA&design」のダイナミックなスタジオ

大小3台の窯を備えた、「NOTA&design」のダイナミックなスタジオ

住所:滋賀県甲賀市信楽町勅旨2317
電話:0748-60-4714
公式サイトはこちら

《SEE&BUY》「galleryサラ」
自然と共生する異空間と戯れる

画像: 緑のアプローチの先に、格調高い白亜の建物が現れる

緑のアプローチの先に、格調高い白亜の建物が現れる

画像: 上空から見ると、回廊式の構造が一目瞭然

上空から見ると、回廊式の構造が一目瞭然

 琵琶湖の西岸、湖を望む高台に瀟洒な邸宅が林立する北比良エリア。もとは別荘地だったことから今なお豊かな自然に囲まれ、「galleryサラ」はまるで森に抱かれるかのように佇む。約30年前に大津で誕生した「更」は、2010年に北比良へ移転し「galleryサラ」として新たな幕を開けた。リスタートに際してこだわったのが住居とギャラリーを兼ねた空間設計だ。インスピレーションソースは、三国志に登場する諸葛孔明の末裔が暮らす浙江省八卦村の白壁住宅。まずは建築家を伴って現地を徹底的にリサーチした。その村は元の時代から建設が始められ、今なお明朝や清朝の古い建物が数多く残されている。建造物は「徽式」というスタイルで「白い壁」と「灰色の瓦」、「小さな窓」が特徴。こうしたエスプリを注ぎ込み、シノワズリ様式のモダン建築を完成させた。ギャラリー空間の最大の魅力は、中庭に苔山を据えた回廊式にある。四季の移ろいが展示する作品のイメージを干渉しないように敢えて樹木を植えず、その一方で無機質な印象を避けるために自然の姿を抽象的に投影した苔山を生命あるオブジェとして演出。四方のどこからも眺められる、その堂々たる美しさはギャラリーのシンボリックな存在である。

画像: 重厚な木の扉を開くと真っ先に視線に飛び込む苔山は、韓国の古墳をイメージ

重厚な木の扉を開くと真っ先に視線に飛び込む苔山は、韓国の古墳をイメージ

「galleryサラ」は、空間美はもとより扱う作品にも厚みがある。陶器をはじめ、漆やガラスといった工芸作品、写真や版画、日本画からコンテンポラリーアートなど。オーナーの塚原令子さんが30年というキャリアの中で信頼関係を培った、引く手数多の若手作家や大御所のアーティストの作品を月に一度の企画展で披露。塚原さんの審美眼を頼りに、関西一円から感度の高い大人が訪れると聞く。2023年9月30日〜10月15日までは、北海道在住のガラス作家・西山 雪さんの個展「園-その-」を開催。宙吹きからカット、絵付けまで全てを手掛ける事で唯一無二の世界観を確立した西山さん。草花や昆虫、光の煌めき、冬景色を描いたリリカルなガラス器が室内を埋め尽くし、中庭の苔山と交差する神秘的な光景が広がることだろう。作品の世界に陶酔しながら、併設された「カナリア茶家」でいただく中国茶も一興である。

画像: シノワズリ様式がオリエンタルな空気を運ぶ「カナリア茶家」。ギャラリーとご縁のある作家の作品なども展示販売

シノワズリ様式がオリエンタルな空気を運ぶ「カナリア茶家」。ギャラリーとご縁のある作家の作品なども展示販売

画像: 作家ものの貴重な急須や汲出を用い、岩茶や鉄観音、西湖龍井、ジャスミン茶など中国や台湾より取り寄せた茶葉を、小粋なお菓子とともに

作家ものの貴重な急須や汲出を用い、岩茶や鉄観音、西湖龍井、ジャスミン茶など中国や台湾より取り寄せた茶葉を、小粋なお菓子とともに

画像: メインの展示スペースは漆黒に彩られて。オーナーの塚原令子さんと、陶芸家でもあるご主人の塚原興世さん

メインの展示スペースは漆黒に彩られて。オーナーの塚原令子さんと、陶芸家でもあるご主人の塚原興世さん

画像: 敷地内に小川や池まで造作。周囲を散策しても心地よい

敷地内に小川や池まで造作。周囲を散策しても心地よい

住所:滋賀県大津市北比良1043-40
電話:077-532-9020
公式サイトはこちら

《SEE&BUY》「genzai(ゲンザイ)」
手仕事の“今”と和やかに過ごす

画像: 元商家を改装したギャラリー。ここでは流れる時間さえも趣き深い

元商家を改装したギャラリー。ここでは流れる時間さえも趣き深い

 近江商人ゆかりの地として知られ、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている五個荘金堂地区。その風情ある街並みの一角を担う築200年の日本家屋を受け継ぎ、ギャラリー「genzai」を営むのは中山通正さんと浩美さん夫妻。彦根市で8年続いた暮らしの道具を扱う「THE GOODLUCK STORE」をいったん閉じ、2022年の春に五個荘へ移転。これまでは“プロダクト”の面白さを切り口としていたが、ここでは独自の作風を貫く“作家”にフィーチャーし、日本の美意識の宿る“現在”の工芸品を紹介。商家の建物が放つ凛とした品格と、人の手で紡ぎ出される温もりのある作品が不思議と調和し、居心地のよい空気を紡いでいる。

画像: 玄関から上がってすぐの空間には常設の器が並ぶ。テキスタイル作品は、インドの伝統あるブロックプリントの⼯房で、初の外国⼈プリンターとして活動をしている向井詩織さんの作品

玄関から上がってすぐの空間には常設の器が並ぶ。テキスタイル作品は、インドの伝統あるブロックプリントの⼯房で、初の外国⼈プリンターとして活動をしている向井詩織さんの作品

画像: 天井の高い土間の吹き抜け空間では企画展を開催

天井の高い土間の吹き抜け空間では企画展を開催

「工芸を扱うギャラリーだからといって、敷居を高くせず“開かれた”場所でありたい。この建物は空間そのものも芸術のようなもの。ゆったりと過ごしていただくだけで、何かを感じてもらえると思います」と語るのはオーナーの中山さん。妻の浩美さんが作る、もっちりとした無農薬バナナのケーキを食べながら、室内に目を向けると、先ほどの言葉がしっくりと腑に落ちる。長押から繊細な窓の桟、磨かき抜かれた柱まで……目に映るディテールの全てが奇を衒うことなく、奥床しくも美しい姿を留めている。感慨に耽りながらサイフォンで淹れたての珈琲をいただくと、清らかな風味に感じられる。聞けば名水として名高い東近江の御澤神社まで、水を汲みに行っているという。境内の池の地下から引いている神鏡水は、口当たりの柔らかな格別な軟水だとか。アート三昧の旅の1日を終えると、長い映画を観終わって映画館から出てきた時のような充実感に包まれていた。

画像: カフェ空間の主役は、優しい温もりを纏ったダイニングテーブル。いつまでも佇みたくなる空間だ

カフェ空間の主役は、優しい温もりを纏ったダイニングテーブル。いつまでも佇みたくなる空間だ

画像: 優しい光が差し込む窓辺でバナナケーキと清らかな珈琲を味わう

優しい光が差し込む窓辺でバナナケーキと清らかな珈琲を味わう

画像: 廻り廊下を巡らせた商家らしい佇まい。街をそぞろ歩くと舟板塀や白壁を巡らせた蔵屋敷が並ぶ

廻り廊下を巡らせた商家らしい佇まい。街をそぞろ歩くと舟板塀や白壁を巡らせた蔵屋敷が並ぶ

住所:滋賀県東近江市五個荘並町732-1
電話:0748-26-5110
公式インスタグラムはこちら

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

日本のローカルトレジャーを探す旅 記事一覧へ

▼あわせて読みたいおすすめ記事

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.