BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY MASATOMO MORIYAMA
滋賀についてリサーチするなかで知り得たのは、土地の人々は「湖」を「ウミ」と呼ぶということ。なるほど、実際に訪れて納得した。湖岸を走る国道から見え隠れする水面の煌めきは、どこまでも果てしなく続いている。美味しい朝ごはんを目指して、まずは湖西へと向かいたい。
《SEE》「白鬚神社(しらひげじんじゃ)」
湖中に鳥居を構える、近江最古の神社へ
“近江の厳島”とも呼ばれ、創建以来2000余年の歴史を誇る近江最古の大社「白鬚神社」。琵琶湖から浮かび上がる朱塗りの大鳥居を目にしたいと心躍らせ、早朝にホテルを発つ。湖岸沿いの国道を走る車窓から、鳥居の姿が輪郭を表した感動は筆舌に尽くし難い。旅のリサーチをする段で何度も目にしたはずなのに、湖面を渡たる風や空を流れる雲のリアリティを伴い、目の前に広がる情景は圧倒的な存在感を誇っていた。車を駐車場に止めるや否や、その幻想的な光景に眼を奪われ、湖に向かって思わず手を合わせると「神様はこちらですよ」と社務所の方から声がかかる。
湖中の大鳥居から国道161号を挟んで鎮座する現在の社殿は、豊臣秀吉の遺命によって秀頼が片桐且元(かつもと)を奉行として1603年に造営したもの。「明神さん」の名で広く親しまれ、人間のあらゆる営みの“導きの神”とされる猿田彦命(さるたひこのみこと)が祀られ、全国に約300の分霊社がある白鬚神社の大本でもある。あわてて拝殿で正式な参拝を済ませると、「この背後に神社の発祥となったパワースポットがあります」と再び案内を受ける。社殿後方の山の斜面を登ると、石段の先に密やかに古墳群が佇む。その古墳が何を示しているのかは不明とのことで、横穴式石室の一つが岩戸社として祀られている。まるで太古の時空と繋がっているかのような謎めいた岩戸社は、眼を凝らしても奥が見えない。その神秘性に引き込まれそうになった時、「グゥ」と腹時計が鳴り現実に引き戻される。早朝から導かれるままに山を登り、気づけば空腹だった。
石段を降り、山の中腹の境内を見渡たすと、多くの歌碑や句碑に気づく。「みおの海に 網引く民の てまもなく 立ちゐにつけて 都恋しも」と刻まれた和歌は、紫式部の一首。平安時代の長徳2年(996)、国司として赴任する父の藤原為時に従って越前へ向かう航路で、高島の三尾崎の浜辺で漁をする人々の見なれぬ光景に京の都を恋しく思い出して詠まれたという。そのほか、琵琶湖の風景に惹かれて近江で多くの句を詠んだ松尾芭蕉の句碑から、与謝野鉄幹が上の句を晶子が下の句を読んだ共作の歌碑まで。時代を超えて歌人・俳人を魅了した琵琶湖を前に「発句でも!」と思ったところで再び「グゥ」と鳴り、霊験あらたかな社に一礼し別れを告げた。
住所:滋賀県高島市鵜川215
電話:0740-36-1555
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《EAT》「風と湖(うみ)」
立ちのぼる湯気が誘う、幸せな朝ごはん
「冬の朝、白鬚神社の湖岸で見た日の出があまりにも美しくて……」という理由で、この地に移住した店主の石川さん夫妻。朝日を見たあとに美味しい朝ごはんを振る舞う店があったら、たくさんの人に琵琶湖の朝日を楽しんもらえるのではないかと考え、2021年6月に和食店「風と湖」をスタート。京都の老舗料亭で20年以上も板前をしていたというご主人に、朝から腕を振っていただける。舌の肥えた夫妻が「もちもちとした食感に感動!」とレコメンドする、鵜川の棚田で育まれたミルキークィーン米と一緒に、出汁巻か旬の焼き魚のどちらかを主菜に選ぶ定食2種と、「濃厚な黄身のコクがたまらない」と語る地元の美宝卵(びほうらん)を醤油麹で味わうたまごかけご飯定食の計3種類。
朝7時、扉を開けると既に出汁のふくよかな香りで室内が満たされている。利尻島沓形の天然昆布で引いた澄んだ上品な出汁に、季節や天候によって鰹節の量を調整して合わせる。毎朝一番にその日に使う量だけを引くため、香り高い風味は格別だ。その自慢の出汁を使った看板メニューがご主人の名前を冠した「哲央の出汁巻」。なんでも、関西一般では奥から手前に向かって玉子焼きを巻いていくが、京都は逆巻。持ち手の角度が特殊な板前仕様のフライパンをリズミカルに上下させることで、巻の締まりがよくなるという。しっとり滑らかなのに、ぎゅっと凝縮感があり、ふわふわなのに箸で持ち上げても崩れない。焼印は、KIGIの渡邉良重さんがデザインしたイラストのロゴ。料亭級の出汁巻に、ぐっと愛嬌が増すようだ。
取材を終え、「びわこの朝ごはん」と書かれたメニューからリアル朝ごはんを注文する。こだわりを伺うほどに、いずれも魅力的で3種類限りのメニューから選びきれない。迷いに迷い、ファイナルアンサー。旬の焼き魚定食に、単品で「哲央の出汁巻」と美宝卵の生卵を注文。結局は全部盛りということになった。料理は作り置きをしないため、注文を受けてから一品一品を丁寧に仕上げてくれる。手際の良さが伝わる厨房の音をバックミュージックに、琵琶湖をぼんやり眺める。運ばれてきたお盆には、端正な骨董の豆皿が品よく配置され、妻のかおりさんがよそってくれた炊き立てのご飯が食欲をそそる。さらに、前菜や漬物に用いている野菜は、店の隣の畑で自然農によって育てたもの。それぞれが本来の味の個性をしっかりと主張する。あっという間に一膳目をたいらげ、ご飯が余分にあるということだったので、思わずおかわり……旅先では、胃袋が不思議と若返る。
住所:滋賀県高島市鵜川395-1
電話:070-8355-6015
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《BUY》「近江手造り和ろうそく 大與(だいよ)」
揺らめく灯りに心を映す、和ろうそくを求めて
旅に出ると暮らしのスイッチが変わる。発掘したローカルトレジャーを取り込むことで、日常の景色が違って見えてくるのだ。滋賀の旅から戻り新たな習慣に加わったことは、朝目覚めて時折、和ろうそくを灯す時間ができたことだ。陽が落ちた頃に灯すろうそくは温かな優しさに満ちているが、朝に灯すろうそくは、これから始まる1日を照らしてくれる印象だ。糸を芯材とする西洋のキャンドルに比べ、和紙とイグサを芯材とする和ろうそくの灯りは、丹田の座った立ち姿のように凜とした安定感が感じられる。4代目当主の大西さんが「気持ちに呼応するような揺らぎ」と表現する灯りのシルエットを見つめていると、不思議と呼吸が整っていくようだ。
訪れたのは、琵琶湖の北西に位置する高島市で100年以上にわたり、手造りの和ろうそくを生業とする「大與」。人口密度に対して寺の数が全国1位という背景もあり、この地でろうそく造りが栄えた。手間暇を惜しまないろうそく造りは労を多とすることから、古式の製法で和ろうそくを製造する店は、今では全国でも15軒を数えるほどだという。そんななか、「大與」では創業から変わらぬ伝統が受け継がれている。和ろうそくは、芯材を作ることから始まる。筒状の和紙にイグサの古来種である灯芯草を螺旋状に巻き、真綿で固定。ろうそくが太くなるほど灯芯草を幾重にも巻かなければならず、締め具合や均一な仕上がりなど、些細な加減が製品の仕上がりを左右する。また、芯材にかける蝋においても、「大與」では櫨と米糠の2種類の植物蝋だけにこだわる。漆科の櫨の実から搾った蝋は最も伝統的な和ろうそくで、溶かした蝋を手で掬いかけ、乾かしては、また手で掬いかけるという工程を何層にも及び繰り返す。この気の遠くなるような作業を続けている職人は、日本でも10人ほどしかいないという。
手塩にかけたろうそく造りは、それぞれの工程に費やした時間が確実に製品に表れ、いつまでも見つめていたくなるような灯りを生む。手で掬いかけて仕上げられた櫨のろうそくは、蝋に粘りがあり、灯りが縦に揺らぐ独特のしなやかさがあるとか。一方、米糠の蝋は櫨に比べて硬さが特徴で、蝋だれや油煙がほとんど出ないことがメリット。型を用いて西洋キャンドルのような太いサイズの製品も作っている。現代の暮らしのなかでデイリーに和ろうそくを楽しんで欲しいという思いから、4代目の企画でスタイリッシュな真鍮製燭台も揃う。旅から戻り、何気なくはじめた朝の“灯り時間”のおかげで、1日が25時間に感じられるようだ。
住所:滋賀県高島市今津町住吉2-5-8
電話:0740-22-0557
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