豊かな風土に彩られた日本には、独自の「地方カルチャー」が存在する。郷土で愛されるソウルフードから、地元に溶け込んだ温かくもハイセンスなスポットまで……その場所を訪れなければ出逢えないニッポンの「ローカルトレジャー」を探す旅へ出かけたい。季節の彩りを求めて日本海を渡たり辿り着いた先は、新潟県の佐渡島。世界農業遺産にも認定され、海の幸、大地の稔、森の恵みに満ちたこの島では、移住者が紡ぐカルチャーと地場の文化が、互いの個性をリスペクトしながら隣り合っていた

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

 地元でも手に入りにくい幻のバターから、底抜けに明るいショコラティエが手がけるこだわりを極めたチョコレートまで。自称食いしん坊な手仕事案内人が見つけた、ニッチな旅の手土産を紹介する

《BUY》「佐渡乳業直売所 みるく・ぽっと」
幻のバターと芳醇なチーズを求めて

画像: 取材時には「2カ月待ち」と言われたバターも、冬を迎えてようやく安定して供給できるという

取材時には「2カ月待ち」と言われたバターも、冬を迎えてようやく安定して供給できるという

 手に入りにくいと聞くと、どうしても味わいたくなるのが人の心理というもの。「佐渡バターが美味しい」という噂を聞きつけたのは、いつの頃だっただろうか。都内では、めったにお目にかかれないが厳選された食材店で時折出合うと必ず手にする存在であった。火付け役は、佐渡出身で、日本のチーズ文化に多大な貢献をされた「フェルミエ」の創業者・本間るみ子さん。有塩バターにはミネラル豊富な佐渡海洋深層水塩が使用され、塩分が控えめでありながらコクがある。いっぽう無塩バターはクセが無く、さっぱりと爽やかでありながら、ふくよかな風味が醸し出されている。このバターを、佐渡取材の買い物リストの筆頭に置き、意気込んで直販所を訪れると、「猛暑の影響で牛乳が確保できず、今は品切れ」だという。撮影の約束を印籠のように掲げてお願いすると、奥から賞味期限間近な一点を取り出してくれた。それほどまでに、地元でも手にいれるのが困難な、バターのこだわりとはいかに?

画像: 職人のさじ加減で樽を回転させ、生クリームを撹拌することでバターを手作業で製造していたかつての木製チャーン。現在はメタル製のチャーンを使用

職人のさじ加減で樽を回転させ、生クリームを撹拌することでバターを手作業で製造していたかつての木製チャーン。現在はメタル製のチャーンを使用

 佐渡乳業では現在、島内の7軒の酪農家の約120頭の乳牛からもたらされる3tの生乳を、牛乳をはじめ、バターやチーズなどの乳製品に加工している。絞ってから48時間以内の新鮮な生乳にこだわり、佐渡の自然の恵みによって作られるバターは、甘さと香りのバランスが絶妙である。熟練の職人により一個ずつ木型で成形され、優しいミルクの風味に包まれるのだとか。佐渡バターをリピート買いする食通のなかにはパンには有塩バターを、そして熱々のご飯には無塩バターを閉じ込め、醤油を数滴まぜて食べるという方もいると聞く。

 バターが購入できなかったため、ほかの商品へと目を向けるとバリエーション豊富なナチュラルチーズが目に入る。モッツァレラからゴーダ、カマンベールからクリームチーズまで。全国のチーズ工房がしのぎを削る「ALL JAPAN チーズコンテスト」での受賞経験もあるそうだ。目に留まったのは、チーズと味噌の職人が本気で作ったという「チーズ 雪の花みそ漬け」。カマンベールはたまり味噌、ゴーダは白味噌、モッツァレラは吟醸味噌で漬けるなど、それぞれのチーズの風味を引き出す適切な味噌を選び抜いたという。撮影後にカットした一欠片を食べた瞬間、口をついて出た言葉は「ワインなど、ありませんよね……」。残りの欠片をホテルへ持ち帰り、マリアージュを楽しんだことは語るに及ばず。素朴で優しい北国のチーズに心を満たされた宵どきとなった。

画像: 濃厚な風味に、ワイングラスを傾けたくなる「農場カマンベール雪の花みそ漬け」

濃厚な風味に、ワイングラスを傾けたくなる「農場カマンベール雪の花みそ漬け」

画像: お土産に購入した「農場カマンベール」や「農場クリームチーズ」。パッケージには、佐渡に自生する甘草の花をデザイン

お土産に購入した「農場カマンベール」や「農場クリームチーズ」。パッケージには、佐渡に自生する甘草の花をデザイン

住所:佐渡市中興122-1
電話:0259-63-3151
公式サイトはこちら

《BUY》「莚 CACAO CLUB」
佐渡の東海岸へチョコレートの冒険に

画像: 風土の奇祭や伝統芸能、風習を描いたプリミティブなパッケージが目をひく

風土の奇祭や伝統芸能、風習を描いたプリミティブなパッケージが目をひく

 右手に見えていた海がトンネルを抜けると左手へと移り、心細い小道をひたすら車を走らせる。この先に店があるはずがない……そう思いながらもナビゲーションに従って進むと、かつて「ふるさと会館」だったという建物が現れる。オープン前、中から姿を見せたのは佐渡形のモヒカンがトレードマークという勝田 誠さんである。佐渡に生まれ、ミュージシャンを目指して上京するも、人生の寄り道で沖縄を目指して自転車旅へ。その途中で出合った尾道のクラフトチョコレートの名店「USHIO CHOCOLATL 」に、すっかり魅了される。ちょっと立ち寄ったつもりが5年間修行を重ね、その後ショコラティエを目指して南米にカカオ豆の買い付けに向かう。やがて佐渡に根を下ろし、島内でも本人曰く“辺鄙なエリア”である莚場(むしろば)の地に工房を構えた。

画像: 音楽やストリートカルチャーに精通した異色のショコラティエ、勝田 誠さん

音楽やストリートカルチャーに精通した異色のショコラティエ、勝田 誠さん

画像: 単一産地のカカオと砂糖のみで作る、堂々とした「シングルオリジンチョコレート」

単一産地のカカオと砂糖のみで作る、堂々とした「シングルオリジンチョコレート」

 使うカカオは、チャイルドレイバーフリー(児童労働をさせない)の農園や地域のものと決めている。仕入れたカカオは豆の状態に応じて焙煎を施し、その日の気温や湿度に合わせて粉砕。こうして板チョコへと仕上げるまで一貫して行う「ビーン・トゥ・バー」のスタイルを貫くことで、豆の個性を最大限に活かすチョコレートが生まれる。ワインのような豊潤な香りとバニラを思わせる優しい甘さが特徴の「コスタリカ」、ベリーやレーズンのようなフルーティで華やかな酸味が特徴の「ベトナム」、ココナッツやミルクの風味を思わせる「ガーナ」、ヨーグルトやアップルビネガーのような酸味が満ちる「タンザニア」、スモーキーでハーブのような香りに包まれる「トリニダード・トバゴ」、プラムのようなフレッシュさと安納芋のような甘さを併せ持つ「ホンジュラス」。シングルオリジンと呼ばれる単一原産国かつ単一品種の板チョコは、厳選の6種類が揃う。

画像: かつて食堂だった部屋をカフェへと改装

かつて食堂だった部屋をカフェへと改装

画像: 冬の佐渡にて、香り高いホットチョコレートで一息入れて

冬の佐渡にて、香り高いホットチョコレートで一息入れて

 廃墟同然だった公共施設は、土地の伝承をちりばめながら、ポップカルチャーと民芸の要素がミックスした不思議な空気を醸している。不揃いのテーブルと椅子からお気に入りの席を選び、ホットチョコレートと「タンザニア」をオーダーして味わう。ひとかけのチョコレートから広がる世界観は、はじめはほろ苦く、徐々に広がる酸味からワインのような奥深さへと変容。その味わいは、まるで「分子ガストロノミー」のようだ。勝田さんが壁にぶつかりながらも歩んできた人生の軌跡が、チョコレートの風味を一層豊かにしているのだろう。港や人里から離れた場所は、オープンの時間を迎えると同時に地元客と思しき数組の客で賑わった。昨年、期間限定で販売したチョコレートのパッケージには、禅をはじめとする東洋や日本の思想を海外へ伝えた人物として知られる鈴木大拙の言葉がデザインされていた。“偉大な仕事は、人が打算的になっておらず、思考しているときになされる”。その言葉は、勝田さんがチョコレートと向き合う姿勢のように感じられた。

画像: まるで旅館のような入り口。一角には共同浴場の名残もあり、いずれは活用したいという夢を描いているそうだ

まるで旅館のような入り口。一角には共同浴場の名残もあり、いずれは活用したいという夢を描いているそうだ

住所:佐渡市莚場1100
電話:0259-58-9080
公式インスタグラム

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

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