TEXY&PHOTOGRAPGS BY TAKAKO KABASAWA
東京から北陸新幹線「かがやき」で約2時間、到着したJR富山駅からさらにタクシーに乗ること約35分。立山連峰を奥座敷に据えた麓の長閑な田園風景に、ポツン、ポツンと“モダンな小屋”をちりばめたエリアが現れる。地元の製薬会社である前田薬品工業がプロデュースし、2020年にオープンを迎えた「ヘルジアン・ウッド」である。いわゆる複合型リゾート施設とは一線を画し、昔からこの土地が持つ気配を大切に、伝統的な散居村の形式でレストランやアロマ工房、サウナホテルが点在。隣家を訪ねるように、徒歩で巡るそれぞれの心地よい時間を感じていただきたい。
《STAY》「The Hive(ザ・ハイブ)」
土の中で熟成される、一棟貸しのサウナホテル
「富山に、とてつもないサウナがある」――旅慣れた女友達のこんなひと言が、今回の旅のはじまりとなった。この“とてつもないサウナ”こそ、大地とつながるリトリートをコンセプトに,2022年にオープンした、1日1組限定の貸し切りサウナホテル「The Hive」だ。ミツバチの巣をイメージしたコンテンポラリーな建物は、普通なら長閑な田園地帯で異彩を放つ存在となる。ところが、土地の原風景に溶け込ませるために、あえて地面を掘り下げ、屋根には芝を敷き詰め、まるで「建築ごと土壌に没入」するビジュアルを完成させた。ホテルは一棟貸し切り。彩光のとれる片面にリビングダイニングを、土中に埋まった中程に寝室と水回りを、もう片面の採光面にサウナや水風呂、外気浴テラスを配した。
施設を一巡し、静かに深呼吸を繰り返すと飾り気のない空気に包まれる。施設に完備されたサウナガウンとハットに着替え、早速お目当てへと向かう。サウナをプロデュースしたのは、その業界では知られた川田直樹さん。室温を約90度の高温に設定した3段式ベンチタイプの「IRORI」と、室温約80度で緩やかなカーブを描いた縁側のようなスポットを設えた「ENGAWA」の2室を備えた。どちらのタイプにも部屋の中央にサウナストーンが据えられ、湧水を用いた檜とラベンダーウォーターの2種類のセルフロウリュウも堪能できる。建物のフォルムと呼応するようにサウナルームにもハニカムウィンドが配され、昼間は心地よい外光が注ぎほどよく視界が広がる。今回の旅のメンバーは女性5人。瞑想する者、読書を楽しむ者、お喋りに花を咲かせる者……それぞれのスタイルでじっくりと自分と向き合い、汗を絞り出す時間を過ごした。
サウナルームで我慢比べのように汗をかいたあとは、インフィニティプールのような水風呂へ。立山連峰の雪解け水を地下から汲み上げた水風呂は、掛け流しのため透明度が高く、水に浸ると空と大地が溶け合う空間に浮かんでいるような感覚に包まれる。天然の井戸水を全身で体感しながら、一瞬の緊張を見送ると次第に体が温まる。頃合いを見計らってデッキチェアに寝転ぶと、お待ちかねの“整う”時間が訪れる。キッチンの冷蔵庫には「ヘルジアン・ウッド」で栽培されたフレッシュグリーンを用いたハーバルウォーターも常備され、水分補給にも一興の味わいがある。
翌朝、7時前に目覚めてサウナに向かうと、ちょうど朝日が昇る頃だった。ゆっくりと汗をかきながら体を目覚めさせ、水風呂と新鮮な外気を全身に取り込む。このプリミティブな身体の作用を繰り返していると、“今日”という一日、“今”という瞬間に心がフォーカスされる。日常に蓄積していた些細な澱までも、汗に溶かしてすっかり流し切ってしまうと、空腹の虫が騒ぎはじめた。前日から買い込んでおいた、富山の特産品である昆布尽くしの朝食を準備。ここ富山は北前船の拠点となったことから、上質な北海道産の昆布を加工する過程で、巧みが凝縮した外側を削り出した“黒とろろ昆布”が、ソウルフードとして親しまれてきた。酸味の効いた黒とろろ昆布のおにぎりをはじめ、クルマダイや白エビの昆布締めなど……海の恵を存分に味わう。こんな風に、きままな食のセレクトと時間配分が構築できることも、大人のサウナリトリートの魅力といえる。
住所:富山県中新川郡立山町18
電話:070-8813-6905
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《EAT》「The Table」
富山の海と大地に染まる一皿アート
旅から戻ると、記憶の大半が“その土地の食べ物”となる常々。今回はデトックスを目的とした出発だったはずなのに、帰路に着く頃には身体に取り込んだ“美味しかったあれこれ”の残像ばかりが手繰り寄せられる。すっかり陽が落ちた夕刻、レストランに向かう小径をトボトボと歩くこと5分、真っ暗な田園風景を煌々と辺りを照らすのではなく、小声で囁くように光を灯す「The Table」に辿り着く。扉を開けると、天井の高いホールのような空間が広がり、吊るされたハーブのスワッグのせいなの、壁に埋め込まれた藁材の温もりなのか、穏やかな草原のような香りに包まれる。
この日のコースは、料理7品とデザート2品、季節のハーブティで構成。腕をふるうのは、フランスのブルゴーニュやブルターニュ地方の星付きレストランで修行を重ねた、富山県出身の熊野泰博シェフ。2022年2月にUターンし「The Table」のシェフに就任したという。料理に合わせてワインとのペアリングをお願いすると、サービスマネージャーの中谷こと葉さんから「ノンアルコールドリンクのペアリングも楽しいですよ」とレコメンドが。メニューを拝見すると、黒文字とグレープフルーツのスパークリング、蕗の薹とキウイのジュース、八朔とディルの甘酒、金柑蜂蜜と焙茶といった思いもよらない食材が展開されている。「僕自身が、あまりお酒が強くないもので(笑)、“何これ?面白い!”と感じていただける料理とドリンクの融合を目指しています」と熊野シェフ。
主役の料理は、富山在住の作家のプレートで饗される。個性豊かな一皿一皿に負けないような、アート作品を眺めるような美しさを放つ。もちろん、その味も裏切らない。一見ショートポーションに見えながら、7皿を重ねるとほどよくお腹を満たす。「この施設では食後にサウナに入られるお客様もいらっしゃるので、単純に量を減らすのではなく満足感が得られるように“軽さ”と“香り”を大切に、メニューを構築しています」と熊野シェフ。春を告げるグリンピース餡の茶碗蒸しにはじまり、穀物のサラダ、バナナのフリット、あおさ海苔のパスタなど、次の一皿が待ち遠しくなるような独創的な料理が続く。ミントで香り付けした冷たいおしぼりが運ばれたあとは、酒粕のアイスクリームと焼き菓子がフィナーレを飾る。今宵のラインナップを反芻しながらも「明日は何を食べようかな」……と帰路につきながら妄想をしはじめる。この状態こそ、まさに熊野シェフが理想とする“満腹感”なのだろう。
住所:富山県中新川郡立山町日中上野57-1
電話:076-482-2536
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《CAFÉ&BUY》「The Workshop」
富山の大地の健やかさを持ち帰る
「ヘルジアン・ウッド」は、そもそも前田薬品工業の代表を務める前田大介さんが、過労による体調不良をアロマに救われた経験から着想し、誕生した。敷地の多くはラベンダーやローズマリーをはじめ、ニホンハッカなどの和ハーブを栽培するハーブ園「The Garden」が占めている。そのハーブを加工している工房が、ご紹介の「The Workshop」である。毎朝、分子が非常に細やかな超軟水“福若の水”を汲み出し、土地の清水を用いた水蒸気蒸留法によって精油を抽出し、オリジナルアロマブランド「Taroma」を展開。立山の原風景と室内が一体化したようなガラス張りの建物を訪れると、扉を開いた瞬間から優しい香りに包まれ、この土地の植物に歓迎されているような気分に満たされる。
「富山の大自然とハーブの香りで、人間本来の力を呼び覚ます」という思いは、前出の食から人を健康にするレストラン「The Table」や、身体に直接アプローチする「The Spa」や「The Hive」へと構想が広がる。さらに、現在は、近隣で廃校となった小学校をリノベーションし、新たな宿泊施設をオープンする予定もあるそうだ。自然の恵みと人間の営みとをつなぐビレッジは、今なお進化し続けている。絵本の世界を彷彿とさせる「The Spa」に後ろ髪を引かれながら、次にこの地を訪れたときには是非トリートメントを体験したい……と、デトックスで余白のできた心に新たな欲望が加わった。
住所:富山県中新川郡立山町日中上野57-1
電話:info@healthian-wood.jp
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