BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA
《EAT&CAFE》「café la famille(カフェ・ラ・ファミーユ)」
年月を慈しむ幸せが降り注ぐカフェ
この連載で前橋を訪れた際、審美眼に長けた日仏夫妻に「結城へ行くことがあれば、立ち寄るといい」とレコメンドされたのが、「カフェ・ラ・ファミーユ」だ。聞けば住宅街の一角に欧州の田舎町の世界が広がり、カフェ好きの密かな聖地だという。インスタグラムを眺めるだけのバーチャルな旅では満足できず、今回の結城巡りを企画。
曇り空の昼下がり、お目当ての店でまずはお腹を満たそうと約束の時間よりも少し早く向かう。一軒家が連なる細い路地を曲がり、突然現れたのは百聞のごとく北フランスの景色だった。シャビーな門の先には、幾世代にわたり守られてきたような家屋が。入口のデッキには風格ある農具のブロカントが、いかにも現役選手であるかのように居座る。鶏小屋やハーブ園を横目に、樹々のアーチをくぐり抜けると、芝生の庭やガーデンテラス、納屋を模した棟が続く。一朝一夕で作られた劇場型ではない、長い歳月をかけて少しずつ育まれた古きよきフランスの田舎町の風情が広がる。
「きっかけは一冊の雑誌でした」──そう語るのは館のオーナーでありシェフも務める奥澤裕之さんだ。
奥澤さんが、このスタイルに辿り着くまでは少々の寄り道があった。自分専用のコーヒーメーカーを持ち、友人に振る舞うことに喜びを見出したのは、なんと小学6年生の頃。高校時代には喫茶店でエスプレッソの存在に衝撃を受け、東京を訪れては「オーバカナル」をはじめ話題のカフェを訪れるように。漠然と描いていた夢が、フランスのカフェ文化に触れることで確かな輪郭を描いた。
20代後半を迎えた1996年からは、ヴィンテージのワーゲンバスを基地に、全国を巡る移動カフェをスタート。2004年、紬の兼業農家だった両親の元桑畑の中に一軒家の店を建て、伝説のカフェは幕を開けた。
女性に限らずお爺さんでも“ふらり”と立ち寄れる店。美味しいコーヒーやサラダに、お酒も楽しめるようなフランスのカフェのような存在をつくりたい──奥澤さんのそんな思いがはっきりと映像化したのは、フランスの民宿を特集したファッション誌の中だった。北フランスはブルターニュでリンゴ農園や養豚業を営みながら姉妹で営むその宿は、古い製粉所だった母屋と馬小屋を改装。木組みの温かさを活かしながらも、部屋ごとに異なるデザインが施されていた。
誌面からイメージを膨らませ、「カフェ・ラ・ファミーユ」の初めの一歩を建てた翌2005年、雑誌でも目にした理想の宿を訪れた。憧れは確信へと変わり、心地よい空気感を店で働くスタッフとも分かち合いたいという気持ちで、幾度も社員研修を兼ねて訪ねるようになったとか。「実際にその土地を訪れ、空の色や湿り気を感じ、街の音を聞き、人と触れ合い食事をする。それでこそ、自分の中に収穫という財産が残る。雑誌の中の世界は、あくまでもプロローグ。その先の物語をつくるのは自分たち自身だから」(奥澤さん)。
取材前にオーダーしたランチは、イチジクのガレットだ。同席したフォトグラファーは、きのこのクリームタリアテッレを所望。ほかにもオムライスや鶏もも肉のコンフィ、ニース風サラダからキッシュプレートまで、目が迷うバリエーションが書き連なる。料理が運ばれ驚いたのは、そのボリュームだ。洒落たメニューとの心地よいギャップの根底には、「男性にもしっかりお腹を満たしてほしい」という奥澤さんの初心が込められている。
料理を食べ終え、庭を歩き、あちこちの席に座ってみて感じたのは、どこを切り取っても嘘がないということ。古材やブロカントで形だけ整えた空間とは異なり、約20年に及ぶクロニクルのなかで、少しずつ変化を重ね築かれた幸せな気配が漂う。ここで働く人、ここを訪れた人、この場所から生まれたカップルやその先に生まれた命など、たくさんの喜びが綴れ織のように「カフェ・ラ・ファミーユ」の情景を織りなしている。この日の私たちの高揚感も緯糸の一本として加わっただろうか。次に訪れたときに、自分の目で確かめたいと強く願った。
住所:茨城県結城市結城911-4
電話:0296-21-3559
公式インスタグラムはこちら
《CAFE》「cafe robinet(カフェ・ロビネ)」
週2回、美味しい“ホンモノ”を届けて
「安全で安心できる“ホンモノ”だけを届けるカフェを手がけたい」──前出の「カフェ・ラ・ファミーユ」で3年間の薫陶を受け、遠景だった夢が近景となったのは2009年のこと。アトピー体質を改善するために独学でマクロビオティックを学び、白い砂糖を使わない菓子作りを徹底。その焼き菓子に合わせるコーヒーを求め、房総半島まで足を運んだ。セレクトしたのはスペシャリテ珈琲ビーンズを、自家焙煎で仕上げた「KUSA.喫茶」の深煎りブレンド、鋭角な奥深さは「カフェ・ロビネ」のどのスイーツとも好相性を奏でる。
カフェの出発点は、結城の「結の市」をはじめイベントへの出展から。店舗という形こそ整っていないまでも、少しずつバリエーションを増した焼き菓子は、じわりじわりと人気に火を灯しはじめた。
大木 紫さんがカントリーシックな「カフェ・ロビネ」の空間を手にしたのは、独立から約10年を経た2020年のこと。長年の夢だったカフェという箱を持ちながらも、店をオープンするのは週2回、木曜と金曜日だけ。「まずは、家族という小さな単位を大切にすることで、まわりにも優しさを届けられる」と語る。
この日は秋のスペシャリテ、モンブランをいただいた。主役となる栗は、無農薬・無肥料のものを求め、栗拾いするところから始まるこだわりよう。流麗な曲線を描くペーストの豊かな風味、アクセントを添える栗の渋川煮、無糖の生クリーム、そしてキビ糖で仕立てたメレンゲが、舌のうえで軽やかなカルテットを奏でる。
午後の長閑な光に包まれた店内は、落ち着いたウッドテイストとシックなグレーの壁、リネンのカーテンが品よくコーディネートされている。大木さんの謙虚な心から滲み出る透明な温かい空気が、其処ここに宿るよう。週に2日の営業日とあって、取材をしながらも客足が途絶えない。注文が入ると、穏やかな笑顔にプロとしてのスイッチが瞬時に入る。
適度な緊張感に縁取りされながらも大木さんの表情に安心感が漂っているのは、家族という軸があるからだろうか。自分の大切な部分にしっかりと心を寄せ、無理せず急がずに“ホンモノ”を届けている根底には、フランス語で“家族”という邦訳をもつ「カフェ・ラ・ファミーユ」の心意気が受け継がれているのだろうか。取材を終えて空を見上げると、前日の満月が欠けた様子もなく低い空に大きく輝いている。お腹も心も目に映る月さえも完璧に満たされ、結城の旅を締め括った。
住所:茨城県結城市新福寺4-6-7
電話:0296-33-5112
公式インスタグラムはこちら
結城市に続いて次回の連載では、冬の冴えた空気に包まれた、外房総の海辺に点在するローカルトレジャーを巡りたい。
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