鬼怒川の伏流水に恵まれた茨城県結城市で、江戸期から続く味噌店と、感性を研ぎ澄ませる和食店をクリエイティブ・ディレクターの樺澤貴子が訪れた。豊かな風土に彩られた日本に存在する、独自の「地方カルチャー」。そんな“ローカルトレジャー”を探す好評連載。結城エリアにフォーカスした3回目をお届けしたい

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

画像: 夫婦二人三脚、息を合わせて仕込みを行う「秋葉糀味噌醸造」

夫婦二人三脚、息を合わせて仕込みを行う「秋葉糀味噌醸造」

《BUY》「秋葉糀味噌醸造」
“当たり前”の豊かさを再認識する味噌

画像: ひと晩かけて保温した上米を糀板へ。これから二日間かけて菌が花開く

ひと晩かけて保温した上米を糀板へ。これから二日間かけて菌が花開く

 人の手を介して生まれたものは、器であれ料理であれ何であれ──作り手そのものが滲み出る。ここ結城で、体裁よりも人間性がジワリと伝わる味噌と出合った。訪れた先は、見世蔵が連なる通りで、ひときわ趣ある佇まいに惹かれた「秋葉糀味噌醸造」である。
 
 鬼怒川の伏流水に恵まれた茨城県結城市では、江戸期から日本酒や味噌、醤油などの醸造業が営まれ、今もその伝統が息づく。「秋葉糀味噌醸造」もそのひとつ。天保3年(1832)の創業から、室で糀を仕込み木桶で味噌をゆっくりと熟成させる古式の味噌作りを受け継ぐ。

画像: 店の代名詞となる「つむぎみそ」の文字が染め抜かれた暖簾に、代々の当主の矜持が表れている

店の代名詞となる「つむぎみそ」の文字が染め抜かれた暖簾に、代々の当主の矜持が表れている

画像: 広い作業場を忙しく行き来する6代目の秋葉章太郎さん

広い作業場を忙しく行き来する6代目の秋葉章太郎さん

 訪れた日は、ちょうど糀を仕込むタイミング。蒸した米に糀菌をかけ、舟と呼ばれる大きな浴槽でひと晩寝かせた状態のものを、室へと移すまでの工程を見学した。「味噌は生き物なので、ちょっと面倒なんだよね」と愛嬌たっぷりに語りながら、被せた布団を捲る秋葉さん。しっとりと熟睡した米を目覚めさせたところで、奥様の香代さんが登場。
 
 夫婦二人三脚で湿り気を帯びた重い米を、スコップを用いてほぐしていく。取材時は10月中半。それでも外気温は25度を超え、額に汗をにじませながら黙々と作業は続く。ひと区切りがついたところで、香代さんがもてなしてくれたのは同店自慢の甘酒だ。解凍したばかりの冷たい甘酒を口に含むと、米本来のふくよかな甘みが広がった。「時期はずれの夏日も悪くない」と思えたほど、実に美味しかった。

画像: 優しい風を招く中庭には、夏の名残の花がほころんで

優しい風を招く中庭には、夏の名残の花がほころんで

画像: 冷凍で販売されている甘酒は、米の風味を味わい尽くす粒ありと、滑らかな口当たりの粒なしを用意

冷凍で販売されている甘酒は、米の風味を味わい尽くす粒ありと、滑らかな口当たりの粒なしを用意

 ひと息ついたところで、続いて米を糀板に移す工程へと移る。檜の一升枡でたっぷりと2杯、木製の板に注いだ米を広げ、指先を駆使して素早く畝をつくる。この地道な一連の作業は夕暮れまで続き、幾重にも積まれた糀板を室に収めきるのは、夜20時をまわるという。ストーブで30〜35度に温めた室で眠ること二日、柔らかな菌糸をまとった糀が完成する。

画像: ほどよく呼吸する漆喰の蔵を利用した「室(むろ)」

ほどよく呼吸する漆喰の蔵を利用した「室(むろ)」

画像: 袋詰めも手作業で行う。右は「つむぎみそ 純米」(500g¥620)、左は3年熟成した「つむぎみそ 特別醸造」(数量限定、300g¥1,500)

袋詰めも手作業で行う。右は「つむぎみそ 純米」(500g¥620)、左は3年熟成した「つむぎみそ 特別醸造」(数量限定、300g¥1,500)

 この糀と合わせるのは、産地を厳選した大豆を煮て天日塩のみ。大正期から建つ蔵に住み着いた菌も手伝って、桶のなかで熟成された「つむぎみそ」が誕生を迎えるのは約半年後だ。一段と濃い色をした特別醸造は3年もの時を要する。スーツケースがずっしりと重くなるのを覚悟の上で、熟成度合いの異なる味噌を2袋購入。

 旅から戻り、自宅で味わった味噌汁の湯気の向こうには、蔵で過ごした光景が映し出された。手間暇を避けて通り過ぎず、さも“当たり前”であるかのように淡々と営む。その一歩一歩の延長線にだけ、この豊かな味わいが待っているのだろう。

画像: 味噌づくりに優しさを注ぐ秋葉さん夫妻

味噌づくりに優しさを注ぐ秋葉さん夫妻

住所:茨城県結城市結城174
電話:0296-32-3923
公式サイトはこちら

《EAT》「御料理屋kokyu.(コキュウ)」
口福を誘う季節の“百菜”料理

画像: こく深い茄子の田楽に、モロヘイヤが青々とした香りを添えて

こく深い茄子の田楽に、モロヘイヤが青々とした香りを添えて

 威風堂々とした佇まいの古民家は昭和初期の築と聞く。店名を記した文字さえも蔦に覆われ、表通りには入口が見当たらない。食事に訪れたのは夕暮れ時、外壁を照らす灯りがなかったら通り過ぎていたことだろう。結城のリサーチの段で、あちらこちらからレコメンドを受けた「御料理屋kokyu.」。早朝からの取材を終え身体はくたくたなはずだったが、一皿ずつ運ばれる健やかな野菜を味わうと、“ここに居るだけ”で自然と笑みがこぼれた。

画像: 昼間見てもご覧のとおり、目立つ看板はなく目を凝らすと壁に店名が記されている

昼間見てもご覧のとおり、目立つ看板はなく目を凝らすと壁に店名が記されている

画像: 中庭に面した玄関、きっぱり白さが際立つ麻の暖簾から、料理と向き合う店主の心意気が立ち込める

中庭に面した玄関、きっぱり白さが際立つ麻の暖簾から、料理と向き合う店主の心意気が立ち込める

 前夜の余韻に浸りながら、翌日取材に訪れると建物の全貌が見えてきた。玄関のある建物と渡り廊下で繋がるのは、客席を設えた高床の棟。この地で酒蔵を営んでいた名主の別邸で、なんでも筑波山を愛でるために座敷を廻り廊下で囲み、建物の外には濡れ縁を誂えたとか。約100年も前にコンクリートの基礎を組んで高床式に建てた、いかにも贅沢な造りを成す。

 時を超えてなおも美しい古民家に、北條恭司さんと友子さん夫妻が料理店として新たな光を灯したのは2013年のこと。和食店を軸にイタリアンレストランでも経験を重ねた北條恭司さんと、料理宿を営む家に生まれ育った妻の友子さんは、それぞれに食に対する“頑固な愛情”を育んできた。そんな二人が満を持して暖簾を掲げた料理店は、昼は6組、夜はわずか3組だけの完全予約制。野菜を軸としたコース料理を振る舞う。そこには、「真剣に意識を向けないと感じ取ることができないほど、微かな香りや本物の旬を感じていただきたい」という思いが込められている。

画像: 廻り廊下にはめられた硝子戸やディテールの建材をひとつとってもこだわりが感じられる

廻り廊下にはめられた硝子戸やディテールの建材をひとつとってもこだわりが感じられる

画像: 二間続きの座敷を板張りの客席へとリノベーション。床の間の軸だけは、今も家の当主が季節ごとに掛け替えるという

二間続きの座敷を板張りの客席へとリノベーション。床の間の軸だけは、今も家の当主が季節ごとに掛け替えるという

 撮影しながら味わった夜のコースは、先付けとなるホタテの茶碗蒸しと里芋の揚げ出しからはじまり、本日の野菜盛りで土地の滋味を堪能。レンコンのはさみ揚げや、雪塩を添えた銀杏の素揚げが運ばれてくる頃にはお酒を追加でオーダーしたくなる。メインは肉と魚からチョイスでき、この日は南蛮漬け風にアレンジされた秋鮭を“ご指名”。締めにはイクラをのせたきのこの炊き込みご飯と4種類の香のもの、お吸い物が品よく並んだ。

 料理が運ばれるたびに素材や味付けを尋ねると、こちらの高揚する気持ちをいなすようにポツリと言葉が返ってくる。そんな“心地よい不器用さ”も料理を真剣に味わってもらうための、極上の演出なのかもしれない。

画像: 夜のコース料理「百舌(もず)」(¥3,750)。*取材は10月中旬、本来は一品ずつ運ばれる

夜のコース料理「百舌(もず)」(¥3,750)。*取材は10月中旬、本来は一品ずつ運ばれる

画像: 予約席を整えながら「晩秋から冬にかけては、カキフライやロールキャベツも人気です」と語る友子さん

予約席を整えながら「晩秋から冬にかけては、カキフライやロールキャベツも人気です」と語る友子さん

住所:茨城県結城市結城1085
電話:0296-48-8388(完全予約制)
公式サイトはこちら

最終回となるVol.4では、リピートしたくなるモンブランの名店とフランスの田舎町へトリップしたかのような美しいカフェを巡りたい。

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

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