BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

スイーツ片手に海沿いをひと歩きしたい
《BUY》温故を受け継ぐ正統派の和菓子
「新杵菓子舗」

看板商品の「西行まんじゅう」(左)と「虎子饅頭」(右)
大磯に別荘を構えた宰相としてよく知られるのが吉田茂だ。歯に衣着せぬ辛口発言で知られた人物が、相好を崩さずにはいられなかったという和菓子が、ここ「新杵」にある。創業は明治24(1981)年。現在4代目を受け継ぐのは齋藤昌成さん、毎朝3時から粒餡、こし餡、白餡の3種類を仕込んでいる。一方、朝8時30分のオープンから引きも切らない常連客との会話を弾ませるのは、店頭を切り盛りする女将の総子さんだ。
ようやく途切れた客足の合間を縫って、同店の2大名物と謳われている「虎子饅頭」について話を伺う。なんでも、吉田茂が虎子饅頭“1個”を自宅に届けさせたという逸話もあるほど、惚れ込んだ逸品だ。モチーフの虎は、大磯に縁のある鎌倉時代の遊女・虎御前の伝説が礎。もっちりとした薄皮の中にこし餡が凝縮した蒸し饅頭には、皮目に虎の後ろ姿の焼き印が押されている。客に牙を向けないという理由により、あえて後ろ姿をデザインしたエピソードからも、当時の店主の奥ゆかしい心配りが感じられる。

扁額の文字は幕末から明治に活躍した書家・巌谷一六によるもの。繊細な鎌倉彫で表現されている

カウンターの奥にある畳の小上がりには、大磯在住の書家・海老原露巌の作品が飾られて
もう一つの名物は「西行まんじゅう」。全国を吟遊していた西行法師が大磯で詠んだ「心なき身にもあはれは知られけり 鴫立沢の秋の夕暮れ」という和歌から想起し、西行法師へのオマージュとして同店の2代目が考案したという。しっとりと焼き上げられた皮は西行の笠をイメージし、波照間産の黒糖を練り込んだ優しい風味が鼻を抜ける。中は、「虎子饅頭」よりも少しコクを増したこし餡が満たしている。
「毎日食べても飽きのこない味を目指した」という「西行まんじゅう」は、女将曰く“和風カントリーマアム”のような感覚とか。この菓子をこよなく愛した島崎藤村にも教えたいほどだ。

麩焼き煎餅に柔らかな光が差し込んで

国道1号線に建つ古き良き店構え
「新杵菓子舗」
住所:神奈川県大磯町大磯1107
電話:0463-61-0461
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《CAFÉ&BUY》
大磯巡礼の小休止に味わうジェラート
「ATELIER SANTi(アトリエ サンティ)」

ジェラートを盛り付けるのは、オーナーの松本愛子さん
「ローマで食べたジェラートの美味しさが忘れられなくて」――そう語るのは、この店のオーナーである松本愛子さん。結婚を機に会計士の仕事を離れ、約2年をかけて、世界50カ国を巡る旅の途上でのことだった。イタリアを離れ次の国へと移動しながらも、ジェラートの余韻が脳裏から離れない。募る好奇心に従い調べてみると、ジェラートの味の優劣には修行の年月に関わらず、水と素材の配分を完璧なレシピで構築することで誰にでも本場の味が再現できると知る。さらに、ボローニャでジェラートの伝統製法を学べるクラスがあると知り、募集時期に合わせて再びイタリアに戻る。
画して、ジェラート作りへの切符を手にした松本さん。帰国後、機が熟した頃を見計らい、2018年に鎌倉でテイクアウト専門の小さなジェラート店をオープン。店の名前は、「ATELIER SANTi」。世界を旅した際にお守りのように持ち歩いていた、パウロ・コエーリョの小説『アルケミスト 夢を旅した少年』に登場する主人公の少年サンチャゴの愛称を冠した。

少年サンチャゴが、さまざまな旅人との出会いを通し生きる知恵や夢を実現する教訓を学ぶ名著。
(『アルケミスト 夢を旅した少年』 パウロ・コエーリョ著、角川文庫)

大磯に2号店を構えたのは2022年。改築した一軒家の奥にはコーヒーの自家焙煎所もある
イタリアで学んだ伝統の黄金比レシピをブラッシュアップするのは、作り手の顔の見える確かな素材だ。「イタリアを巡った時、どんな町にもジェラート店を見つけました。その日の気分で好きな味を選ぶ感覚は、日本でいうベーカリーのようなもの」と語る松本さん。だからこそ、季節ごとに手に入る、土地に密接した素材を探し求めた。特にジェラートの鉄板ともいえる牛乳は、飼育方法も見学し、健やかな牛から搾られる牛乳にこだわり、数カ所の牧場のものを使用。こうして集められた素材は、手塩にかけてジェラートの礎となる。取材に訪れた時期は暦の上でようやく冬を迎えた晩秋の頃。旬を迎えた栗は、一つ一つ渋皮をむくことから全てアトリエの厨房で行われていた。

一番人気のピスタチオは自家焙煎をすることで香りのインパクトが感じられる

「ATELIER SANTi」オリジナルの自家焙煎のブランド「FIG COFFEE」は、手土産としても人気が高い。商品名の由来も『アルケミスト 夢を旅した少年』の物語に由来するとか
今ではジェラートに加え、自家焙煎のコーヒーや天然酵母のパン、発酵バターを用いたクロワッサン、国産のイタリア小麦のカンパーニュなど、いつの間にか手技の光るラインナップが増えていた。小さなこだわりを積み重ねて、長く愛される味わいへと到達したものばかり。気取らない日常のなかで、ささやかな楽しみを得る気持ちでジェラートを選び、庭先にて、サンチャゴの旅に思いを馳せながら味わった。

庭と繋がる大きな窓が心地よい
「アトリエサンティ」
住所:神奈川県大磯町大磯457
公式インスタグラムはこちら

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。
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