BY HARUMI KONO

別邸 音信のエントランス。山の緑と建物を映す水盤に沿って外廊下を進み、靴を脱いで館内へ
COURTESY OF OTOZURE
現代の湯治をかなえる18室の宿
秋が深まると、湯を目当てに旅したくなる。季節の料理を味わい、部屋で寛ぐ。温泉旅の豊かさを改めて教えてくれたのが、山口県・長門湯本温泉の「別邸 音信(おとずれ)」だった。
「別邸 音信」(以下、音信)は、開湯約600年を数える長門湯本温泉に、1881年創業の大谷山荘が2006年に開いた全18室の別邸。古くからの湯治文化を、現代的な空間と全客室に備えた露天風呂によって受け継いでいる。2016年の日露首脳会談の舞台として知られる本館とは趣を異にし、より静かで私的な滞在を叶える宿だ。また、2024年に始まった日本のミシュランキーホテルセレクションで、2026年まで3年連続で1ミシュランキーに選出されている。

秋が深まるにつれ、宿名の由来でもある音信川沿いの山々が色づいていく。春から夏の新緑、秋の紅葉と、滞在を通して季節の移ろいを身近に感じられる
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まず目を奪われるのは、水盤を囲む外廊下と、視線が遠くまで抜ける開放的な空間。靴を脱いで歩けば、畳や木の感触が足裏に伝わり、湯治宿の静けさとモダンなリゾートの伸びやかさが重なる。ゆったりとしたパブリックスペースもこの宿らしい。ライブラリーには、地元ゆかりの画家・香月泰男の画集や、長門市出身の金子みすゞの書籍が並ぶ。大谷山荘5代目社長の大谷和弘氏によれば、香月は大谷氏の祖父と親交があったという。湯上がりに本を手に取る時間にも、宿と土地のつながりが見えてくる。

ゆったりとしたパブリックスペース。壁一面のライブラリーには、香月泰男の画集や金子みすゞの書籍のほか、客室で鑑賞できるDVDも揃う
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高い天井と間接照明が立体的な広がりを生む、3階のメゾネット客室。テラスには専用の露天風呂を備える
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3階で宿泊したのは、高い天井と間接照明が立体的な広がりを生むメゾネット客室。従来の旅館の枠に収まらない、現代的な寛ぎがあった。館内の細部には、大谷氏の母の美意識が息づく。コロナ禍に消毒液が必要になった際も、プラスチック容器をそのままゲストの目に触れる場所に置きたくないと、地元の陶工に萩焼のカバーの制作を依頼した。「陶工たちとは祖父、父の代から親しく付き合ってきたので、こうしたお願いができるのです」と大谷氏。小さな陶器のカバーには、空間を整える宿の心遣いと、世代を重ねて築いた職人との信頼が表れていた。開業から年月を経ても古びて見えない理由は、こうした美意識が館内の隅々まで貫かれていることにある。

消毒液のプラスチック容器を覆う、特注の萩焼のカバー。コロナ禍を機に大谷氏の母が地元の陶工へ制作を依頼した。ゲストの目に触れる小さなものにも、宿の美意識と陶工との信頼関係が表れる
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器がつなぐ料理と作り手

田原崇雄氏の器で供する「とらふぐ唐揚げ 岩国蓮根煎餅 長門ゆずきち」。料理と器、それぞれの作り手の対話からひとつの膳が生まれる
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夕食の席には、献立とともに、器と作り手を解説する「器書き」が添えられていた。取材では夕食前に、大谷氏の案内で萩焼の田原陶兵衛窯を訪ねた。十三代田原陶兵衛氏と田原崇雄氏に茶を点てていただき、工房で話を聞いた。その夜、「とらふぐ唐揚げ 岩国蓮根煎餅 長門ゆずきち」が盛られていたのは、崇雄氏の「流白釉鉢」だった。工房で会った作り手の器が、料理を盛って食卓に現れる。交わした言葉と作り手の姿が、一皿を味わう喜びに重なった。音信が掲げるのは、土地の食材を土地の料理法で、この土地で味わう「三土料理(さんどりょうり)」。献立は月ごとに替わり、料理長と陶工が話し合って、料理にふさわしい器を作ることもあるという。料理と器の背景には、使う人と作る人が言葉を交わす時間がある。

器の模様が透けて見えるほど薄く引いた「ふく刺し」。別邸 音信では、会席料理にふく料理を組み込んだ「ふく会席」を2026年10月1日から2027年3月15日まで提供する
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「大谷山荘」と「別邸 音信」の食を統括する武田純一総料理長。大谷山荘は市場で直接買い付けができる仲買権を持ち、担当者が仙崎と萩の地方卸売市場で魚介を仕入れる
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萩市の岡崎酒造場が別邸 音信のために醸す純米吟醸「音信」。山口県産の酒造好適米「西都の雫」と「山田錦」を用いる。リング状の萩焼「菌輪酒器(きんりんしゅき)」は金子司氏作
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長門湯本温泉の原点である「恩湯」を守り、次代へ

2017年に公設公営での営業を終え、2020年に新たな姿で再開した恩湯。泉源の真上に建ち、岩盤の割れ目から自然に湧き出す湯を浴場内で見ることができる、全国でも稀有な温泉施設
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音信と土地との関係は、宿の内側にとどまらない。大谷氏は温泉街の再生、とりわけ長門湯本温泉の原点であり、街の象徴でもある「恩湯(おんとう)」の再建に力を注いできた。なぜ宿の枠を越えて取り組んだのか。大谷氏は、共同湯に入り、音信川で泳いだ幼い頃の風景を語ってくれた。かつて当たり前だったその光景が、いつしか失われたという。街を歩く人が減り、恩湯も一度は閉鎖された。それでも、自分たちの手で再開したいという思いがあった。今では再び子供たちが川で泳ぎ、街の人も恩湯を利用するようになった。そのことを語る大谷氏の表情には、静かな誇りがにじんでいた。
今回の滞在では、音信の湯に加え、朝一番の恩湯を貸切で体験する機会に恵まれた。岩盤から自然に湧く湯と、「神授の湯」の伝承が息づく浴場。長い年月にわたり、人々が守ってきた湯に身を浸すと、温泉が土地の暮らしとともにあることを実感する。湯に浸かるという身近な行為を、これほど大切に感じたことがあっただろうか。
長門市で生まれた赤ちゃんに、恩湯の温泉水を用いた「恩湯の産湯(クラフト温泉 恩湯)」を贈る取り組みも始まった。大谷氏が幼い頃に親しんだ湯は今、新しい世代の誕生を祝う贈り物になっている。

長門湯本温泉「恩湯」。1427年、大寧寺三世の定庵禅師が、長門国一宮の住吉大明神のお告げによって発見した「神授の湯」と伝わる。約600年にわたり、土地の温泉信仰を支えてきた
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音信での滞在を振り返ると、湯も、料理も、器も、世代を超えた人の縁に支えられていた。その連なりのなかに身を置くことが、この宿で出会った新しい豊かさだった。

全18室に源泉かけ流しの露天風呂を備える。周囲の緑や紅葉を眺めながら、好きな時間に長門湯本温泉の湯を楽しむことができる
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大谷山荘5代目社長の大谷和弘氏。宿を継ぐ一方、長門湯本温泉の再生や、街の象徴である恩湯の再建にも力を注いできた
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別邸 音信
住所 : 山口県長門市深川湯本2208
電話 : 0837-25-3377
公式サイトはこちら
髙野はるみ(こうの・はるみ)
株式会社クリル・プリヴェ代表
外資系航空会社、オークション会社、現代アートギャラリー勤務を経て現職。国内外のVIPに特化したプライベートコンシェルジュ業務を中心にホスピタリティコンサルティング業務も行う。世界のラグジュアリー・トラベル・コンソーシアム「Virtuoso (ヴァーチュオソ)」に加盟。得意分野はラグジュアリーホテル、現代アート、ワイン。シャンパーニュ騎士団シュヴァリエ。
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